重低音の機械音が、ウォルターの鼓膜を揺らす。
機械音が響くこの場所は、都市の最深部と言っても過言ではない、機関部だ。
都市を動かす中枢となっている機関部。そこの清掃活動をしている。
「よっこぉらせっ」
油分などを含んで汚れたモップを入れたバケツは、水と混ざり合い、重さを増している。
気合いを入れて持ち上げ、水の組み替えへと向かう。
「ルレイスフォーン!」
「あー? どうしたンすか?」
機関部清掃での先輩からの声に、ウォルターは気の抜けた返事を返す。
「この後輩と当たってくれ」
「面倒です」
「そういうな。頼んだぞ!」
投げやりな言葉を返したものの、あちらも投げやりに、しかも押しつけて去っていく。
ウォルターはそれに顔をしかめ、さらに現れた後輩に顔をしかめた。
「……………アルセイフ」
「……………よろしくお願いします」
無言のまま、清掃を進めていく。
話さないと言うかは、話せない、話したくないと言った雰囲気の中、ウォルターとレイフォンは黙々と作業を進めていく。
―――――なンだかねぇ……………
ふぅ、と軽く溜め息をつくと、ズボンに入れ込んだ懐中時計を引っ張り出し、時間を確認する。
丁度食事が取れそうなぐらいの時間はある。ウォルターはレイフォンに声をかけた。
「アルセイフ」
「…………なんですか」
「……なンだよ、その間は。…弁当持ってくるから、お前そのバケツとモップ、洗い場のオレのとこに突っ込んどいてくれ。後でやるから」
「なんで僕が、」
あなたの分まで……と言おうとしたのであろう。しかし、言葉を言い切るよりも先に、レイフォンの腹が声を上げた。
ぐぅぅぅうううぅぅ……………
「……………」
「……………」
やや沈黙の後。
「……………っく」
「っわ、笑わないでください!!」
「いや、は、ぶはっ、何だよ、っく、ははは! 分かった分かった、早く持ってきてやるよ。だからそれもってってくれ」
腹を笑いで痙攣させたまま、ウォルターが歩いて行く。
レイフォンは顔を赤くしたまま、とりあえずとモップをしまいに行った。
「いただき、ます……………」
「いただきまーす」
2人同時に、ぱくりと口へサンドウィッチを運ぶ。そのサンドウィッチに、レイフォンが眼を輝かせる。
「美味しい」
「そりゃあ良かった」
「え?」
「オレのお手製」
「え?!」
「いやほンとに」
ははは、と笑うウォルターに、レイフォンがやや唖然とした顔を向けた。
弁当箱ではなく、市販のプラスチックケースに詰められたそれは、店で売っていたものを購入してきたものだとばかり思っていたと言う顔をレイフォンがした。
それにウォルターは苦笑いを返しつつ、サンドウィッチを食べきり、次のサンドウィッチへ手をつける。
「ま、だからどうってこたぁねぇだろ? 気にすンなよ」
「……………あの」
「あン?」
「……………あなたは、あのときどうして」
レイフォンが口を開いた。あのときとはやはり天剣授受者決定戦の時の話だろう。
ウォルターはそれに渋面を作りつつ、サンドウィッチをくわえ、横に置いておいたドリンクのカップを手に取った。
「答えてください! …確かに、あなたのあのときの判断は正しかったのかも知れない。でも、それでも、あなたの真意が分からない……」
強く意思を持った言葉。それでもウォルターは呆れたような眼でレイフォンを見た。
サンドウィッチを口に入れ、カップに口を付ける。
「あのとき言った通りだ。オレに、アレが必要なくなった」
「その必要なくなったって言うのはなんですか? 天剣授受者として、ではなく、その位置に居ることが必要だったんですか?」
「……まぁ……な。オレがしたいことのために、あの地位が必要だと思っていた。しかし、あの地位はオレに必要なかった。オレは関わる運命に居る。例え、それとして居なくても」
「……………話が、読めません」
「それはそうだろう。別に、お前に分かって欲しいとも、分かって貰おうとも思わねぇ。ンなこた、それに関われなければ知る必要がないしな。……何よりお前は、絶対に知ることになるからだ。いまはまだ時じゃねぇ。それだけだ」
「……………」
ウォルターの言葉に、やはり意味が分からず困惑する。
ウォルターは不敵な笑みを浮かべ、サンドウィッチの最後のひとかけらを口に放り、カップの中身を喉の奥へと流し込むと立ち上がる。だが、立ち上がったウォルターの服の裾をついとレイフォンが引っ張り、上目で見てきた。
「……それは……僕がいずれ、ウォルターの関わっている“運命”に関わることになる、っていうことですか……?」
「………さぁね。実際は知らん。過去を知っていても未来を知ってる訳じゃねぇんだから」
「………………………………ですか」
「ま、急がば回れ。落ち着いていけ。まだ時間はある」
「……………この学園は、6年制ですもんね」
「…………そういう意味じゃあ無いンだが……………まぁ、良いか。面白いから」
「え?」
「ほら、さっさとそれ食え。清掃再開すンぞ」
「あ、はい」
―――――少し反応が素直ンなったか?
レイフォンの反応の変化に、ウォルターは首を傾げたが、まぁいいかと頭の隅へ放った。