フェリの病室を出たウォルターは顎に手を当てて考えていた。
(さて、何処だろうな……ルウ、分かるか)
(端子飛ばした方がウォルターにはわかりやすいんじゃないかな? 別に調べる事は構わないけどね)
(んー……。……って言ってたら目の前に会長さん)
ウォルターの視界の先に生徒会長、カリアンの姿があった。
カリアンはまっすぐウォルターに向かって進んで来て、ウォルターの目の前でその足を止めた。
「ウォルター君」
何処か神妙な顔つきのカリアンに、ウォルターは眉を寄せて彼を見た。
「……どうかしたのか、会長さん」
「レイフォン君の位置は分かっているかね?」
「いや…、これから探しに行こうかと思っていたところだけンども……。なンか?」
―――――アルセイフを探してンのか?
疑問の為にウォルターはやや首を傾げながらカリアンを見、カリアンはウォルターと同じように眉を寄せて、ウォルターを見ている。
特に聞く必要もないとウォルターは思ったが、やはり聞いた。
「アルセイフがどうかしたンですか」
「……ニーナ・アントークが居なくなり、キミが居なくなった。それを境に彼は休むこと無く汚染獣と戦い続け、いまは極度の疲労状態にある。…いわば、暴走しているとも言えるだろう」
「………あのばか………」
ウォルターが眉を寄せる。溜息混じりの舌打ちをすると、額に手を当てた。
そんなウォルターにカリアンは鋭い視線を向けて来て、口を開く。
「…キミは、何故唐突に居なくなった? キミ程の存在が突然消えるということは、キミが自ら消えたとしか思えられない。……どういうつもりだね?」
「オレにはオレのやるべきことがある。…あんたが、なんとしてもこのツェルニを救いたいというように、オレはなんとしてもやらなければならないことがある」
「……それは……、いまのキミの“仲間”とも呼べる人間を、捨てるとしても…かな?」
その眼差しに対して、ウォルターは軽く片眉をあげた。
まるで、カリアンの言っている言葉の意味が分からないというような表情で。
「…………“仲間”? ……捨てるもなにも、オレは拾ったつもりも持ったつもりもない」
「……キミもキミで、困った人だ」
すでに興味が失せた顔でウォルターはカリアンから眼を逸らし、頭を掻きながら面倒くさそうに溜息を吐く。
「キミはそう言いながら、結局はレイフォン君を探しているのだろう? ……つまりはそういうことだ」
「…………かもな? ったく、面倒なヤツだぜ、あいつも」
「そういうキミも同じ分類の人間だろう」
カリアンがそう言って、ウォルターを何処か呆れたような眼を見た。
その言葉にウォルターは少し俯きがちに顔を下げて、カリアンには見えないように自嘲気味な笑みを浮かべ、かすれた声で呟く。
「……人間、か。……そうだな……、オレも“面倒なヤツ”で居られる間は、そうなンだろうな」
「ウォルター君?」
「……いいや、なんでもない。…で? そんな事が聞けて満足か?」
ウォルターはそう言ってカリアンに向けて笑みを浮かべた。たじろぎこそしなかったものの、ややカリアンの笑みが引きつる。
この笑みは、懐かしい笑みだ。カリアンは内心でそう思う。
「キミは変わらないようなふりをして…、わたしが知る中ではおそらく一番変化した人物だろう」
「………いきなり、なんだ? なにが言いたいンだ、あんたは」
「あの時から、ね」
「あぁ、そういえばあんたはオレの入学時からさんざん食って掛かってきたモンな」
ウォルターに浮かぶ笑みが深まった。
その笑みに鮮烈さが増したそれを見、カリアンは軽く瞳を伏せて“あの時”を思い出す。
そう、あれはウォルターがツェルニへ入学してきた時だ。
いきなり上級生数人との喧嘩を始めたウォルターは、平然と武芸科の上級生数人を蹴散らしてしまった。理由はかなりチンケなものだったが、売られた喧嘩は買う主義で動いていたウォルターは容赦無く上級生全員を病院送りにした。
戦いというものは、ただの人間であるカリアンからすれば、それは酷く遠い世界。
一瞬の隙で命の灯火が消える、激烈な世界に身を置く者達。
たとえただの喧嘩であろうと一種の“戦場”に立つ彼の瞳には、隠されもしない程明らかな、鋭く練磨された刃のような光が宿っていた。
いまの彼の瞳には、その光がほんの僅かだがそれを見ることが出来る。
―――――学園都市に居るからといって、その彼の“刃”が錆びたわけでも、なくなったわけでもない……、そういうことか
こうやって彼の瞳をまっすぐ見つめると思う。
彼の刃は、日頃はただ巧妙に隠されていただけなのだと。
隠しきる事の出来ない筈の凶暴な刃は、日常の中に埋没させられるように、息を潜めていただけなのだと。
カリアンはその懐かしい瞳の光に、過去へ思いを馳せさせられた。
あの頃の彼を例えるならば、まさに一振りの剣と言えた。
使い手のいない剣。使い手を持たず、自らの意志のみですべてをこなす剣だ。
決して誰にも屈することの無い、鋼のように鍛えぬかれたその気高き意志と、冷徹とした佇まい、そしてなにより彼で最も印象が強いものは、その瞳だ。
彼の瞳は、いえば彼自身のすべてを写していると言えただろう。
その瞳は誰をも戦慄させるような瞳だ。
酷薄で冷淡な印象のみを受ける彼の瞳は、一瞥で彼の沈みきった感情を察しさせる。
入学時の彼の瞳は、まさにそれだった。
そして、カリアンが生徒会長になり彼を小隊へ呼んだ時も、そうだった。
「やぁ、ウォルター・ルレイスフォーン君」
「……はぁ」
面倒くさい。かったるい。
まさにそういった雰囲気を漂わせる目の前の彼…ウォルターは、カリアンに気の抜けた返事を返した。
「疲れていたりしたかな、ウォルター君」
「…いえ、そういうわけじゃねぇですけど」
「そう。それは良かった。…実は、キミに折り入って相談があるんだ」
「……はぁ」
相変わらず気の抜けた返事を繰り返すウォルターは、カリアンが座るよう促した事に従いソファに腰を下ろすと鋭い眼差しでカリアンを見た。
「で…、オレに何か用ですか」
「あぁ、実はキミに小隊に入ってもらえないかと思っているんだ」
「……それは、全部断っている筈ですけど」
ウォルターは先程より眼を細め、カリアンを見た。
彼が言った事は、カリアンも調査済みだ。いいや、調査せずとも彼について周辺のクラスメートに聞けば、すぐに浮上する事実だった。
彼は、幾度となくされる小隊へのスカウトにすべて断りをしているのだ。
このツェルニにおいて、武芸科に所属する武芸者にとっては小隊への入隊は一種の憧れの対象であり、小隊員という存在はより輝かしい存在とされている。
その中で、現在ある小隊すべてからスカウトをされながら、すべてを断っているというのだから驚きだ。
何度も頼み込む小隊も居るそうだが、彼に一蹴されズタボロに悪態を吐かれ泣きをみる事が多いらしい。
しかし、彼の実力は揺るぎない為に彼の奪取に様々な手が尽くされているとの噂も聞く。
彼の断る主な理由としては、面白味が無い、やる意味を見いだせない、面倒くさいなど。
真面目なのか不真面目なのか、やや判断に悩むような回答が幾つか聞かれるがそれでもカリアンには諦める気は無かった。
「…キミは、小隊に所属することのなにが不満なんだい?」
「あー…? ……小隊が弱い」
「……あぁ、直接的な問題、ってことかな?」
「そういう事もあるし…、面倒。放課後毎日練習あるとか、面倒。そんな余裕無い」
「…だがキミは確か、奨学金Aだったと思うが?」
そう言いながらカリアンは1枚の紙をウォルターに見せた。
それは、ウォルターの入学届け。
ウォルターの入学届けは、ほぼ空白で特に目立った功績というものは無い。
しかし実際彼は成績優秀、武芸者としても最高峰、やや生活態度に難はあるものの、それは前者ですべて解決され、奨学金Aを獲得している。
簡単なバイトをしていても日々の生活には困らない程の余裕はあるだろうし、金銭の余裕もある筈だった。
「奨学金Aだろうとなンだろうと関係ない。オレは機関掃除やってるから、そンなモンやる気無い」
「そうか…。こう言っては悪いかもしれないが、キミより劣悪な状況で両方共こなしている生徒も居るが?」
「知らないね。オレにはオレのやる事がある。いちいちそンな事に構ってられるか」
大きな溜息を吐いたウォルターは、ちらとカリアンに視線を向け、にやりとした笑みを浮かべる。
「なに? オレに『ツェルニを救ってください』って言いたいわけ」
「……端的に言うと、そうだね」
「セルニウム鉱山は余裕無いしな。次の武芸大会で負ければツェルニから全員退避することになるだろう」
「…………………それを、防ぎたいのだよ。わたしは」
「ふぅん? …ま、あんたがこの都市に対してどう思ってるかなンて興味ねぇし、知らねぇよ」
ウォルターがそう言って再び溜息を吐いた。
そんなウォルターに、カリアンはふと思い出した事を口にする。
「そういえば、キミを何度もスカウトするべく居る小隊があるそうだね」
「……あぁ、誰だっけ……。十七小隊?」
「隊長、ニーナ・アントークだね。狙撃手シャーニッド・エリプトン、そして念威操者フェリ・ロス」
「あんたの妹か。……確か、転科させたンだっけ? 自分の為なら妹も使うってか」
けらけらと笑い、カリアンを見るウォルターにはカリアンを見下すような雰囲気は見られない。
ただ、事実を笑っているだけのようだった。
「…外道だというかな」
「いいや? オレの方がきっと酷ぇ事をしてきただろうし。オレにはあんたを罵るような権利は無い。…ただ、哀れだなぁと思う程度だ」
「……少し、昔話に付き合ってくれないかな」
カリアンは小さな声で語る。
自身がこのツェルニへ来る事になった理由。
会いたかった人物。
その人物が愛したこの都市。
共に居た存在たち。
「…………………あんたさ」
話を聞いていたウォルターは、カリアンの口から発せられた名前に一瞬片眉をあげたが、それでも平然と口を開く。
「あんたがこの都市を好きなのは、あんたの好きな人が好きだったからじゃねぇのか」
「……そうだね。言われればそうなんだろう。だけれど、わたしはそれを恥じる気はない。この都市は、ここの生徒誰もが必要とするものであるには違いないのだから」
「…ふん、そこまで真顔で言えりゃあ大したモンだ」
呆れ、諦めたような、そんな表情でウォルターは言うとまた溜息を吐く。
カリアンはそんなウォルターをじっと見据えて居た。
「……先の話に戻るが…、キミは十七小隊の何処が気に入らないんだい? 何度もスカウトされているなら、折れてもいいんじゃないかい?」
「面倒なンだよ、人と関わるのは。大体、誰だ…、ニーナ・アントーク? はさ、ただ単に熱血―ってだけで突っ走るタイプだからな。あぁいうのは相手するのが面倒なタイプだ」
「…ふむ…。ところでウォルター君。キミは集団戦の利は?」
「無いね。オレは一対一の戦いや一人対複数っていうのに慣れてるだけで、集団戦は嫌いだ」
言い切るウォルターに、ある意味清々しささえ感じる。
だが、それでもカリアンは「ふむ」と呟くのみで、特に引く気も無いようだった。
「……なら、こう考えてみてはどうかな?」
「……あ?」
「キミは集団戦に対しての利が無いのだろう、なら小隊に参加し、キミがしたいという事の為に集団戦の練習と考えては、」
「……お前は……、誰に向かって言ってるんだ?」
冷えきった声音と、冷酷な瞳がカリアンを射抜いた。
その視線にカリアンは言葉を詰まらせ、ウォルターは見下すようにカリアンを見る。
「残念だが、オレのしたいことに集団戦が必要になることは無い。それと、所詮学園都市の武芸者程度と小隊を組んで集団戦をした所で、オレの集団戦練習になる筈も無い」
「……………………」
カリアンは一理あるなと納得しつつ、それでいて困ったという表情を浮かべた。
確かにウォルターにとってはそうだろう。彼は圧倒的な実力を持っている為、共に戦う仲間を必要としない。
集団戦など、彼の実力を考えれば必要無いだろう。
「だが、わたしはキミにやってほしいんだよ」
「……分かンねぇな。なんでそこまでオレにご執心なンだよ」
「…わたしは独自の調べでキミがグレンダンで最強の地位を持っていたと知っている。……そのちからを、この都市の為に使って欲しい」
「……………………そんなことをするメリットがオレには無い。そう言われようと無駄だと、さっきからの話続きで分からなかったのか?」
「……キミがそこまで頑なに拒む理由の方が、わからないけれどね」
「やる意味がない。それで終わりだ」
ウォルターは話にならない、と頭を振りソファから立ち上がる。
制止しようとするカリアンの声も気に止めず、踵を返して生徒会室を出た。