ウォルターは空を見ていた。
それは窓から空を見ているのではなく、寝そべって空を見ていた。
「…やあ、ウォルター」
「ルッケンス。どうした?」
「いえ、キミには今回の僕の事情を説明しておこうかと思ってね。……敵方に回られても怖いし」
「っは」
ウォルターは鼻で笑うと、サヴァリスに不敵な笑みを向けた。
サヴァリスの方も口ではそういうものの、表情からはそれほど脅威に感じているような雰囲気は感じられない。
寧ろ、そうなることを楽しみにしているような雰囲気さえうかがえる。
「……ま、おおよそ予想はついてンだけどな。廃貴族だろ?」
「あぁ、覚えていたんだね。…キミが言ってくれたお陰もあって、こうして僕が来ることが出来たよ」
「へー、そりゃあ良かったー」
「酷い棒読みだね。……それにしても、2日経ったけれど、何か気付いた変化は?」
「いいや、無い」
ウォルターもさすがにお手上げ状態だと言いたげに肩を竦めて言った。
そうですか、と小さく呟いてサヴァリスは都市の足に目線を向けると、ウォルターもそちらへと視線を投げた。
「……気づいているか?」
「もちろん。…あの音が無いのをごまかすのには、逆に骨が折れるよ」
「だなぁ」
身動ぎひとつしないその鉄の脚部を少し見つめると、ウォルターは眼を伏せた。
昼になり、ウォルター、リーリン、サヴァリスは食堂に来ていた。
食堂はビュッフェ形式で多くの皿や料理が用意されていて、なかなか豪華だ。
「おや、小食ですね。リーリンさん」
「え? ……あぁ、あまり食欲無いんです」
「そうですか。ですが、食べないといざという時動けませんよ」
ふと気付いた様子でサヴァリスがリーリンに声をかけた。
ほんの少しだけ困ったような様子が見て取れたサヴァリスを珍しいとリーリンは思いつつも、素直にサヴァリスの意見を正しいと思った。
その為、もう少しだけ増やそうと皿をとって、気づいた。
「……あの、ウォルターさん……」
「どうした?」
「少なすぎや、しませんか……?」
「…そうか?」
ウォルターはきょとんとした様子で、片手に持った本当に小皿を見つめた。
小皿の上には少量のサラダと薄切りベーコンが二枚ほど乗っていて、その上にドレッシングがかかってるのだが、それだけ。
自分よりはるかに多く動く筈のウォルターが、自分のとった量より少ない事に眼を丸くしたリーリンは、さり気なくサヴァリスに視線を送った。
その視線に気付いたらしいサヴァリスもウォルターの皿を見て、眼を丸くしていた。
「…ウォルター、少なすぎるよ。ただでさえキミは戦いもするんだ、それじゃあもたないだろう」
「……ビュッフェ、嫌いなンだよ昔から…。なにをどうしてやればここのヤツらは満足なのかオレには不明解だ」
「そこまで深読みする必要あるかな、ビュッフェ程度で」
「…知らん…。知らんが、どうもビュッフェは気に食わない」
「ビュッフェに何か嫌な思い出でもあるのかい、キミは」
そう言いながらウォルターが眉を寄せると、さすがにサヴァリスも苦笑するしか無い。
溜息を吐いて、何気なくサヴァリスが自分の皿を見ながら言う。
「しょうがないね。僕の少し食べるかい?」
「…いらん。お前がとったのをオレが食べる訳にはいかねぇだろ。……正直、オレお前のその気遣いがすげぇ気持ち悪いンだが」
「いや、構わないけど…。というか、後半余計だよね」
「いや、オレからしたら重要問題。最重要。だってオレがヤだから」
「……そう。…じゃあ…、とってあげようか?」
「それもいらん」
ウォルターは眉を寄せてつっけんどんに言い返す。
というより、と言ってウォルターが更に眉をきつく寄せた。
「なんでそんなによそよそしいンだよ」
「え? …あぁ、あわよくばキミと戦えたらいいなっておも、」
「じゃあオレさっさと食べきるわ」
「酷いなぁ」
苦笑して素っ気ないウォルターを見るサヴァリスだが、ウォルターは立ったまま小皿のサラダを平らげてさっさと片付けを済ませてしまう。
そんなウォルターにサヴァリスが何処か訝しげな視線を送った。
「…ウォルター、どこか行くのかい?」
「……部屋。先戻る。人多すぎて落ち着かねぇ」
「そう。……お腹すいても知らないよ」
「はいはい、気遣いどーも」
ひらりと手を振ってウォルターは踵を返すとそのまま食堂を出た。
―――――さてと
ウォルターは部屋に入って扉をしめると精神を集中させ、縁空間へ飛び込んだ。
食堂でニーナと知り合ったリーリンは、同席を取り食事をしながら話をしていた。
「あの人は武芸者っぽくないかな?」
リーリンは何気なく呟き、ニーナは頭を振った。
あの人、というのは先程まで居たサヴァリスのことだった。
なんとなく軽薄な印象を受けるサヴァリスに対しては仕方のない事かとも思えるが、ニーナは小さく首を振る。
「いいや、本当に強い武芸者というのは、なかなかそうは見えない者の方が多いのかもしれない。わたしはその例として2人ほど知っている。普段は誰より頼りなくてなよなよしているのだが、いざというときは頼りになってしまうんだ。……もうひとりはもっと酷いぞ。武芸者だと名乗らなければ武芸者には到底見えないような間抜け顔を常にしているうえ、不真面目不誠実、本当に困ったヤツだ…」
ニーナはつらつらと話し、ころころと表情を変えながらパンを口に運ぶ。
その話を聞きながら、リーリンはなんだかついさっきまでそんな雰囲気の人と話していたような気がすると思いながらサラダに手を付けた。
「……しかし、不真面目不誠実だがなんだかんだといい人への気遣いがうまくてな…。こちらはいつもヤツがなにを抱え込んでいるのか把握させてもらえない。こちらは気遣われてばかりなのにな……」
―――――ニーナ、その人…というか、その人達の事どう思ってるのかな?
なんとなく、そちらが気になった。
表情をころころと変えながらしゃべるニーナだが、本人は随分と立腹している様子ではあるものの、随分と楽しそうであるとも思う。
それと何処と無く、後半に話してくれた武芸者は、ウォルターのようだとも思いながらなにも言わないでおいた。