明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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違和感を持つ男

 

 移動した先であってもウォルター達が都市警察に囲まれる事は変わらず、強張った筋肉に支えられている錬金鋼を向けられながらウォルターは溜息を吐き、隣のサヴァリスからも溜息が聞こえた。

 

「……それにしても……」

「どうした、ルッケンス」

「このザル警備はなんとかならないのかな」

「…お前、ザル警備とか知ってたンだな」

「そこまで疎い気は無いんだけど……。まぁ、うん、知ってた」

 

 サヴァリスはウォルターを見やりながら、少し肩を竦めた。

 同様にしてウォルターも少し肩を竦め、苦笑気味にサヴァリスに言う。

 

「…まぁ…しょうがねぇさ、ここは学園都市だぜ? このタイプの都市は他都市に比べて圧倒的に汚染獣との接触率が低い。つまり、実戦の感覚や本当の戦場って言う事を知らないから危機感も薄い。そうなれば、必然と実力も低い」

「……まぁ、そう言われればそうなんだけどねぇ……」

「ま、オレやお前ならこの都市潰せるけどな」

「そうだね…。する気は無いけど、しようと思えばあっという間だね」

 

 話をしていると、戦闘服を着ているうちのひとりが前へ進み出てきた。

 かぶっていたヘルメットを外し、その素顔を晒す。

 

―――――……なんだ……? この男、違和感がある

 

 ウォルターは眉を寄せて鋭く男を見据えた。

 男は視線に気付いていないらしく、ロビーにいる人間に向かって話をしていた。

 どうやら重要情報が盗まれた為、その検査をしているとのこと。

 その関係でひとりひとりへの取り調べ、及び荷物の確認ということらしい。

 気だるげにウォルターは溜息を吐き、呆れた顔で遠くを見た。

 

「ウォルターさん。しっかりしていないと怪しまれますよ」

 

 小さな声で耳打ちをしてきたリーリンに、ウォルターはやや眉を寄せて答える。

 

「平気だって。寧ろ動きが固い方が変だろ。それに、その程度じゃ死なないし、オレ」

「そういうことじゃないですよ」

「まぁまぁ、リーリンさん、落ち着いて。…ウォルターも、とりあえず形だけでもきちんとしておいたほうがいいんじゃないかい? 波風立てるのは後々面倒だろう」

「……はぁ……。別に。学園都市がどういう経緯で調べたりすンのかって言うのはある程度把握してる。一応、どのくらいが大丈夫かどうかもわきまえてやってンよ」

 

 ため息混じりにそう言うと、若干納得がいっていない様子のリーリンが回りにいる学生達を見て、言った。

 

「…でもなんだか…、やっぱり凄く緊張しているように思います。どうしてでしょうか…」

「リーリンさんも気付いているんですか? ……ふむ」

「よっぽどやばいモンが盗まれたのかねぇ」

「……ウォルターさんは分かるんですか?」

 

 リーリンが少し驚いた様子でウォルターを見つめた。

 確かにサヴァリスと同じ……もしくはそれ以上の力量を有するウォルターならば、サヴァリスのように“この程度の緊張感”に対して、鈍感であってもおかしくはない。

 だが、ウォルターはリーリンの疑問にすぐさま納得した。

 それはウォルターからすれば当然なのだが、やはりサヴァリスを見るリーリンからすれば当然でも無いのであろうと少し困った顔をして口を噤んだ。

 

―――――まぁ、オレは純粋な武芸者じゃねぇし……

 

 しょうがない、とは思う。

 常に警戒をして居なくては咄嗟の時に反応出来ないのがウォルターの欠点だ。

 それは後付である能力の為に身体がそれに馴染んでいないという欠点があるからこそであり、反射神経はすべて“元々の”ウォルターの技量や異界法則のみに頼られている。

 さすがに睡眠時などはウォルターの“能力”も休眠してしまうので、特に神経を削ぐ時とも言える。

 

―――――……オレは…ルウが居るし……

 

 大きな事を成さなくてはならないというのに、睡眠不足で倒れるなどあまりにも間抜けすぎるので、ウォルターとルウは相談してウォルター睡眠時はルウが周囲の警戒をするという事になっている。

 その為ウォルターが仮眠している時や、眠っている時はルウの領域があたりに展開され、ある一定の距離に何かが入ると感知するようになっている。

 

 起きているときはそれなりに周囲の状況に過敏な方であるウォルターからすれば、起きてさえいればある程度気付く事は当然なのだ。

 

「……まぁ……、いいけど…」

「つぎだ。入って来い」

「……面倒くさい…」

 

 呼ばれたウォルターは、仕方なく都市警察の後をついて歩き、ある一室に辿り着く。

 部屋に通されたウォルターは、椅子に座る男に眼を向けた。

 部屋で先に座っていた男は先程ロビーで話をしていた男であり、ウォルターが何か違和感を覚えた男だった。

 

「……あんた……」

「はじめまして。ロイ・エントリオと言います」

 

 にこやかに笑みを浮かべた男……ロイを見据え、やはり若干の違和感を抱えたままウォルターはロイと机を挟んだ向かいの椅子に腰を下ろした。

 

「あなたの名前を教えていただけますか?」

「……ウォルター・ルレイスフォーン」

「成程、…ウォルターさん、ですか。あなたにいくつか質問をしたいのです。面倒だとは思いますが諦めて応じていただきたい」

 

 ロイは1枚の紙切れ、おそらくウォルターの荷物を検査して出た結果をまとめた資料だろう。

 それを見てロイはやや困惑したような表情を浮かべ、それから怪訝な顔でウォルターを見てきた。

 

「えぇと……、あなたの荷物には、殆どなにも入っていませんでしたね」

「あぁ、そうですねぇ」

「……素性がはっきりしませんので、あなたの身分を証明するものがある場合、それを提出していただけませんか?」

「…身分証明書か。……んー……」

 

 そういえば、とここで気付いた。制服はツェルニに置いてきてしまったのだ。

 つまり、ツェルニの生徒であるという身分証明書はツェルニだ。

 

―――――しくじった。…あ、でもツェルニの身分証明書出しても無駄か

 

 どちらにせよ、ツェルニとは別の学園都市であり、学園都市の在学書を持っているということは学生という事になる。

 学生がこんな所でふらふらと放浪している方が不自然だとも考えられる。

 そう考えるとどうするべきか、とウォルターは思考をフル回転させる。

 

(…ウォルター、僕が検査したってことにしようか?)

(……いや、まぁ……、それはそれでありがたいが…悪いけど、いいよ)

(うーん、そっかぁ、残念…。…僕なら完璧にしてあげるんだけど…)

 

 ルウがやや拗ねた声音で言ってくる。ウォルターは内心で苦笑してルウをなだめた。

 

「ウォルターさん、なにも提出することは出来ませんか? そうなりますと、あなたの身柄を拘束させていただくことになるのですが」

「……あ、ちょっと待ってくれ」

 

 ウォルターはジャケットのポケットに手を突っ込んで、適当にあさった。

 

―――――確か、4年前のだけどグレンダンの身分証が入っているような……あった

 

 物持ちいいなぁと言うか、たまにはジャケットのポケット掃除しようぜオレとやや複雑な気持ちにはなるが、これでなんとかなるかな、とロイに差し出す。

 4年前の身分証ではあるが、まだ住居の方は引き払っていないうえ、登録も解除していない。

 更新していないのでこのだましが効くかどうかは賭けだ。

 

「……グレンダンの方、ですか」

「あぁ、そう。住所は……」

 

 いきなり渡しても信憑性が無いかと住所も口にする。

 ロイは何やら頷きながら資料に書き込んでいき、「ふむ」と声をもらす。

 

「ですが、あなたはいまここにいらっしゃいますね。どうしてですか?」

「傭兵なんです」

「ほう。グレンダンの出身の方が傭兵を。成程…。……では、錬金鋼が入っていないのは何故ですか?」

「あぁ、壊れてしまいまして」

「…………………傭兵の方の命とも言える錬金鋼が、ですか?」

「はい。オレ、素手で戦うのが最近の個人的流行りでして」

 

 ウォルターは胡散臭い笑みを浮かべて頷いた。

 実際、錬金鋼は持ってきていないので無いことは偽りようのないことだ。

 ツェルニで渡されている黒鋼錬金鋼は置いてきている、重晶錬金鋼はこっそり忍ばせている。

 と言うよりも、こういうタイプの武芸者は念威が使えると言っても特に脅威と感じない部類の武芸者が多い。

 ウォルターがあまりにもあっけらかんとして言う為、ロイも呆れていたようだったが構わなかった。

 

「……あなたは本当に現在、錬金鋼を所持していませんね? それがたとえ……そう、重晶錬金鋼であっても。持ち物があまりに少なすぎますので、身体チェックをさせていただいても結構ですか?」

「……えぇ、構いませんが」

 

 ウォルターは軽く笑みを浮かべて爽やかな声音で言った。

 ロイ以外に2人ほどの警察がウォルターに近寄ってくる。ウォルターはおもむろに立ち上がり、手を上へとあげた。

 ジャケットのポケット、ズボンのポケットを手でまさぐっていく。

 

「……これは?」

 

 ロイがふとウォルターのズボンの後ろポケットに入っていたものを取り出した。

 それ自体にそれほど高さは無く、薄くて、円形の鉄の塊だった。

 

「あぁ、懐中時計です。開けていただいても結構ですよ」

 

 ロイがチェーンと繋がっている接合部のボタンを押すと、鉄はかちりと音をたててその中身を見せた。

 懐中時計は静かに時を刻んでいる。

 ロイはじろじろと懐中時計を物珍しそうに見つめていたが、やがて蓋を閉じ、先程渡した紙を添えてウォルターに返してくる。

 

「ありがとうございました。もう結構ですよ。それとこの紙もお返ししますね。…それにしても」

「なんです?」

「なかなかの骨董品ですね」

「あぁ、ありがとうございます」

 

 開放されたウォルターは懐中時計を握ったまま部屋を出てロビーを過ぎていき、割り当てられた部屋へ歩いて行く。

 

「……っは」

 

 口角をあげ、こらえていた笑みを零す。

 ウォルターの手にあるものは、懐中時計、ではない。

 

「ばーか」

 

(……うまくいった?)

(あぁ、さすがだな、ルウ)

 

 普段はルウの“誤認操作”により懐中時計に見せかけられているが、この“懐中時計”こそがウォルターの重晶錬金鋼だ。

 レイフォン達にもはっきりと伝えた事は無いが、重晶錬金鋼である以上展開も出来る。

 が、ウォルターとルウ以外の“他人”にはただの懐中時計にしか見えないようにルウがしている。

 

(……それにしても、さっきのロイ・エントリオだっけ? 笑っちゃうね)

(まぁ、異界法則は絶対のモンなンだし、そう言われてもしょうがねぇって)

 

 ロイを嘲笑するルウは楽しそうで、珍しくよく笑っている。

 ウォルターも結構笑いを堪えて必死だったので、つい先程吹き出したけれど。

 

「さてと、ここか」

 

 ウォルターが部屋を一応ノックして、重晶錬金鋼、もとい懐中時計をポケットにしまうと中にいた人物に声をかけた。

 

「よ」

「ウォルター。取り調べ、終わったのかい?」

「あぁ。もう笑っちゃうぜ」

「それにしても、ウォルターなんて荷物全然ないのに調べて意味あったのかな?」

 

 部屋に居た2人の人物のうち、銀の長髪を揺らす青年……サヴァリスはくつくつと笑いながらウォルターを見た。

 ウォルターも、先程のロイの反応を思い出して薄く笑いながら答える。

 

「いやいや、オレに言われても。けど実際困ってたみたいだぜ。身分証明書の提出しろって言われたからな」

「そうなのか。じゃあ、なにだしたんだい?」

「これ」

 

 ウォルターは先程ロイにも見せた紙切れを見せる。

 紙切れを見せられたサヴァリスはやや頬をひきつらせたような顔でウォルターに視線を向けた。

 

「これ、前のじゃ…」

「おう。だが通ったぜ。ま、それ、あながち間違いでもねぇし」

「そうだけどね……。ま、ウォルターらしいか」

「そうそう。ってことで、の~んびりしようぜ。焦ってもしょうがねぇし」

 

 そう言ってウォルターは大きく伸びをして、目の前にあった椅子に腰掛けた。

 リーリンは呆れた顔をしていたが、それでもすることがないということもありなにかを言うつもりもないらしい。

 サヴァリスといえば窓の縁に腰掛けて、やや苦笑していた。

 

 


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