明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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自戒する少年、熟慮する青年

 

 フェリから、次の反応は1週間ほど先だとの報告を受け、補給と整備の為一旦ツェルニへと引き返す事にしたレイフォンはランドローラーへと乗り込む。

 

―――――僕の、せいだ……

 

 ふたりとも。

 ニーナは、自分が機関部へ行けといったから。

 ウォルターは、自分があんなふうに言ってしまったから。

 もちろんウォルターは男なのだし、そんなやわな人物ではないとわかりきっている。

 だが、もしも……、

 だがもしも、レイフォンがあの時なにも言わずに焦燥感をすべて押し込んで八つ当たりをしなければ、もっと違う消え方をしてくれたのではないかとも思う。

 わざわざレイフォンと仲の悪いハイアに腕輪を渡して、届けさせるという手間もしなかっただろう。

 

―――――あの人は、いつも変なところでやさしい

 

 レイフォンがニーナの事を気負っているとわかって居たからこそ、レイフォンの八つ当たりにもなにも言い返さなかったのだろうと、ほんの少しだけ頭の冷えたいまなら思う。

 フェリやシャーニッドに「腕輪を渡してくれ」、と言わなかった事も、十七小隊がニーナ不在で何処か緊迫した雰囲気を漂わせていた事を彼はきっと誰よりも敏感に察知していたのだろう。

 だからこそハイアに腕輪は渡された。

 ハイアはウォルターの頼みならば、自分が嫌いな相手に会えと言われたとしても律儀にこなしてくれる、その事実をわかりきった上でそうしたのだろう。

 そしてさらに、レイフォンとハイアは仲が悪くお互い意地の張り合いになりがちだ。

 実際、現時点最も嫌っている相手であるハイアに渡されれば、普段は受け取らないであろうレイフォンも、“ウォルターから”と言われればなんだかんだと言っても受け取る。

 そういう算段もあったのだろう。

 レイフォンが酷く気負っていて、という状況下でのあの言葉だったからこそ、その憤りを引きずって素直に受け取らないであろうとでも考えたのだろう。

 そう考えるとなんだか信用されていないような気がして、こんなふうにウォルターの事を心配しているのがばかばかしく思えてくる。

 

「……こういう時くらい、一言言ってくださいよ……!」

 

 ニーナが居なくなって、不安なのだ。

 ようやく確立してきた自分の動くべき道筋、見えてきていた筈の道がすべて消えてしまったような思いにかられている中、素直に認められないとはいえウォルターという手厳しいながらも道の教えを説いてくれる人物がもうひとり居なくなってしまったこの現状。

 

 一体、これからどうすればいいのか。

 

 なにもわからない。

 

 レイフォンはただランドローラーを走らせ、自分の目の前に突きつけられた事を必死にすることしか出来ない。

 

「……先輩と……、ウォルターは、見つかりましたか」

 

 長いフェリの沈黙が見つかっていないという事を肯定する。

 レイフォンはその事に吐き気にも似た何かが腹にのさばり、重くのしかかるものを胸に抱えた気になりながらランドローラーのグリップを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 レイフォンがそんな焦燥感に襲われている中、ひとり縁空間を流れてグレンダンの放浪バスにたどり着きサヴァリス、リーリンと共に放浪の旅……と言ってもツェルニを目指す旅に出たウォルターは、途中でいきなり放浪バスを包囲され、止まることを余儀なくされてしまった都市、マイアスで道草を食っていた。

 ウォルターの背中の傷は、結局手術をせずに内力系活剄とルウの拒絶により強制的に完治させたが、特に目立つ支障は無い。

 ルウには随分と叱られたのだが、最終的にはしてくれた為ありがたいという一言に尽きる訳だが。

 

「僕って本当ウォルターに甘いよねぇ……、たまには厳しくしたほうがいいかな」

 

 ルウが小さく呟いていた事は、軽くスルーしたけれども。

 

 現在はロビーに集められ、周りを都市警察に包囲されたまま腕を頭部後ろで組んで待機していた。

 のほほんとした声音で呟く長い銀髪を揺らす青年、そして幾分か年下に見える黒髪の青年は呆れた顔で首を鳴らして居た。

 

「やぁ、早速おかしなことに巻き込まれましたねぇ」

「あーあ、厄介事はよそでやって欲しいモンだぜ」

「……平然としてますね……」

 

 危機感のなさでは代表を勤められると言っても過言ではないウォルター・ルレイスフォーン。

 彼は隣に立つ青年と共に両手を頭の後ろにまわしてけらけらと笑っていた。

 

「それにしても、面倒なこって。大体、来たばっかりのヤツらを片っ端からとっ捕まえてなにをしようってンだ? 意味ねぇだろうに。ひとりひとり取り調べするって言うのも、非効率だねぇ」

 

 リーリンは、溜息をつきながら言うウォルターを静かに観察する。彼がこの程度で動搖する人ではないとわかりきっている。

 なにせ彼はもう天剣ではないとはいえ、平然と、女王を除く最高権力者であり、名門武芸一家の時期当主でもある元同僚の背骨に膝蹴りをクリティカルヒットさせるような人なのだ。

 

「……あれ?」

 

 ふと気づいたという様子でサヴァリスがウォルターの左手首を凝視した。

 その視線に気付いたウォルターは気味が悪いとでも言いたそうにしながら、サヴァリスの視線から左手首をずらす。

 

「ウォルター、いつも左手首につけている腕輪はどうしたんだい? いつも肌身離さずつけているのに」

「…あぁ、ちょいと色々あって」

「……なくした?」

「なくす訳ねぇだろ。……お守り代わりに預けてきただけだよ」

 

 ウォルターが肩を竦めてそう言い、その言葉に、サヴァリスが珍しく眼を丸くした。

 

「……キミが腕輪を……と言うか、何かを預けるなんて、明日は世界が滅びるかなぁ」

「あン? 喧嘩なら買うぞ」

「あぁ、違うよ。ただ、よっぽど信頼している人なんだね、って思っただけだよ。キミにもそんな人が出来たんだねぇ、少し吃驚」

「はぁ…? お前はなにを勘違いしてンだ……?」

「勘違い? ……随分的を射た言葉だったと思うんだけど。だって、キミいつも貸してくれるどころか、触らせてよって言っても触らせてくれなかったじゃないか」

「…………そう……だっけ?」

 

 ぽりぽりと頭を掻いてウォルターが視線を逸らした。

 そういえば天剣時代、腕輪を刀に変化させて使っていたため、それに興味を持ったサヴァリスがしばらくしつこかったような覚えがうっすらとある。

 

 腕輪を渡したことに、特に深い理由は無い。

 ただ必要ならばと思って渡しただけなのだが、自分を知る他人から見れば信頼しているようにみえるのだろうか。

 

―――――……オレが? アルセイフを?

 

 ない、ないだろう、そんなことはありえない。

 最も、この世界に来てから信頼しているということ自体珍しい……というより、思いもしなかった。

 確かに来た当初は特にそうでもなかった。

 初代のグレンダン王に仕えていた時期、同僚だった天剣授受者とは割と砕けていたような気もする。

 しかし運命が回り出したと察した現在、それではいけないと直感的に感じた。

 自分に踏み入られないように、他人に踏み入らないように、そうしなければならないと。

 付かず離れず、距離を保ちつつ過ごしてすべきことを行う、それが自分のいまの状況。

 そしてツェルニを離れなければならない状態で、なにも防護策を引かない訳にはいかない。

 だからこそレイフォンに渡した。

 レイフォンがいま使う事が出来るとして持っている錬金鋼では、レイフォンの剄に耐え切る事は出来ない。

 自身こそが“武器”であるウォルターは、その為にレイフォンに渡した。

 ただ、使うか使わないかはレイフォン任せで。

 

―――――…確かにあれ大事だけど…、渡しただけで信頼してるって取られるのか?

 

 まあレイフォンならば粗雑に扱わないと思っているが、つまりそういう事なのだろうか。

 首をひねりながら考えていたウォルターだが、答えが出そうになかった為思考を放棄した。

 思考によりひとり百面相をしていたウォルターに、苦笑したサヴァリスがくつくつと笑いを零す。

 リーリンは何故この状況でそんな平然と話を進められるのか理解できなかった。

 

「はー…ぁ…。だるい」

 

 いかにも面倒くさいといった雰囲気がウォルターの言動にも態度にもにじみ出ていた。

 溜息を吐きながらウォルターは頭を掻き、内心で悪態を吐く。

 

―――――まったく…、オレはこンなことをしに来た訳じゃねぇンだが

 

 どういうことなのか、リーリンの旅に同行したら何故かニーナが飛ばされたと思しき都市である、学園都市マイアスで足止めを食らってしまった。

 盛大な溜息を吐いて、ウォルターはあたりを見渡す。当たり前だが周りは学生ばかり。

 それも、ただただ怯えた様子で放浪バスの客に錬金鋼を突きつけるしか脳のないヤツらばかり。

 

―――――こう考えると、まだツェルニのヤツらはマシになった方か……

 

 未だに幼生体1匹倒すのにもしどろもどろしているものの、それでもがちがちに身体の筋肉をこわばらせて戦うこのマイアスの生徒よりはマシなのか、とつくづく学園都市の汚染獣への抵抗力の低さに呆れる。

 それに再び溜息を吐いてウォルターはサヴァリスに視線を投げた。

 

「どうしようもねぇな、この怯え様は」

「……怯え? そんなものあるのかい? 僕には特にわからないんだけど」

「……………あぁ……、そうかお前そういうところ鈍感だったもんな」

「そうかな。僕は割と鋭敏な方だと思うんだけど……」

 

 ウォルターはその発言に肩を竦めて嘲笑うような顔をした。

 

「えぇ~……、嘘だー」

「酷いな」

「いや、だって本当だろ? 確かにお前戦いに関してはすげぇ鋭敏だけど、人の心とか心情に関しては鈍感だろ」

「ん~…そうかもしれない。まぁ、これこそ無関心っていうのかもね」

「…………………あぁ…………………」

「……ウォルター? どうかした?」

「…あ、いいや……」

 

 ウォルターは“無関心”という言葉に少し胸の中にもやを感じた。

 

―――――無関心……か

 

 グレンダンの放浪バスに乗るために時間を飛び越える前、レイフォンに鋭い眼差しで睨め付けられながら言われた言葉。

 あの時のレイフォンは、ニーナ・アントークの消失により気負っていた状態で、気が立っていたのだろう。

 だが、どういう点でレイフォンの気に障ったのか、ウォルターにはいまいち分からなかった。

 そういう事を考えるとウォルターもまた、サヴァリスの事を言えはしないのだろう。

 ウォルターも人の心情というものに酷く鈍感であり、他人の悲しみや情緒というものを理解しようとしない。

 理解できない。

 昔からそうだったのだ。

 興味はあったが、最終的に理解できた事は一度としてなかった。

 ただほんの少しだけ、感じたことはあった、それでも結局は自分の納得するような感触を得られはしなかったけれど。

 だから全て割り切っている。

 その事象が自らに関係があるか、それともこの“世界”の事に関係があるか。

 それが、それだけが、ウォルター・ルレイスフォーンという存在が“他人”を気にすべき観点だと。

 ただし、後者の方が圧倒的に強いが。

 自らのことは、あまり気にすることはない。

 

―――――…アルセイフは、なにが言いたかったンだろ

 

『……あなたは、人に無関心だからそう言えるんですよ』

 

 だが、人から言わせれば冷淡なウォルターは、その言葉に関してもなにも感じることは無かった。

 レイフォンが何故か驚いた顔で硬直してしまい、何かぎこちなかったかと“いつもの笑み”を浮かべたのだが、結局レイフォンはなにも喋らないままだった。

 ウォルターもしなければならない事があったため、本当はその時に渡そうと思っていた腕輪を必ず渡してくれると確信のあったハイアに預け、渡してくれとだけ頼んで縁空間へと飛び込んだ。

 正直、十七小隊の誰か……フェリやシャーニッドに預けても特に問題は無かったのだが、フェリにそんなことを頼めば変に勘ぐられたであろうし、シャーニッドはシャーニッドで“気を使って”自分で渡せとでも言われただろう。

 そう考えるとやはりこの場ではハイアに渡すことが一番得策のように思われ、ウォルターは渡した。

 

―――――あれ、でもなンで思ったンだったか

 

 少し前までそのことを考えていて、結論が出た筈だったのだがすっかり忘れてしまった。

 ウォルターは少し頭を掻き、まぁいいかと放る。

 別に忘れたからと言って命に関わるような事は無いし、運命に関わることこそ無い。

 

「おーい、ウォルター?」

「…んあ」

「移動するよ」

 

 少し歩き始めていたらしいサヴァリスとリーリンがウォルターを見て首を傾げていた。

 苦笑しつつウォルターは一言「悪い」と言うと2人の後についていく。

 

 


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