ウォルターは刀に付着した体液を振り払う、後ろの汚染獣の絶命する音がして、大地を揺さぶりながら崩れた。
「…っち…」
ウォルターは肩で息をしつつ、大きな舌打ちをこぼした。
せき止められていたものが一気に溢れだしたような感覚に襲われ、ウォルターは吐き気に似た何かを腹に感じた。
再び大きな舌打ちをすると、今にも座り込もうとする身体を奮い立たせレイフォンとハイアの方を見た。
さすがにこちらを見ている様子は無い。それも当たり前だろう。
一瞬の油断が命取りのこの世界の中で、むざむざ死を迎えようとする輩はこの場に居ない。
「……あぁ、だるい」
先程までの激烈な白の世界からいきなり現実世界へと引き戻された意識は、何処か朦朧としていた。
(言ってる場合じゃねぇわ、アントークの方の確認するか)
レイフォンにフェリが言っていない様子であった為、状況を知っているウォルターもなにも言わなかったが、忍び込ませた念威端子がニーナの反応消失と共に消失した。
それに縁空間を通じて念威を送り込み、起動させる。
(……この感じは……? 他の都市…か。映像は取れるか…)
念威端子から伝わる情報を処理しつつ、ウォルターはあたりを見渡し、汚染獣が居ない事を改めて確認する。
(都市は……学園都市? ……マイアス、か)
一度だけ赴いた事がある。
とは言っても、このツェルニに来る為に3年前に停留で寄っただけだが。
(……アントークがマイアスへ行ったことには、何か関係があるのか?)
元々、シュナイバルからの情報、そして自身で調べた情報からニーナ・アントークという存在がどういう存在なのかはある程度把握している。
武芸者の中でも稀有な存在であり、レイフォンや、あの獣、闇とはまた違った意味での運命の紡ぎ手。
電子精霊と融合し、その身体に電子精霊の特質を宿す存在。
(ルウ)
(……どうかしたの?)
しばしの沈黙の後、ウォルターは“中”のルウに話しかけた。
(グレンダンで、何か動きはないか?)
グレンダンにはウォルターの念威端子が配備されている。
念威、そして念威端子を使い、縁空間を通じてルウが領域を広げる事によってグレンダンの状況を把握できるよう配慮してグレンダン時代にウォルターが構築したネットワークだ。
縁空間を通して領域を使ったルウが、小さく「あ」と呟いた。
(…………リーリン・マーフェスが、ツェルニに来るみたい)
(……それ、いいのか?)
(さぁ……それも運命のひとつなんじゃないかな? ……でも、道中死ぬことは無さそうだよ。なにせ、なんだかんだ言って律儀な戦闘狂が護衛につくみたいだから)
ルウの軽く嘲笑うような言葉にウォルターは内心肩を竦めた。
(さすがシノーラ・アレイスラ……もとい、アルシェイラ・アルモニス)
(そうだね。まさか天剣を護衛につけるなんて。……その間にグレンダンが滅ばなければいいけどねっ?)
(……そこまでやわじゃないだろ、グレンダン…。…それは、いいンだが……)
(だが?)
ルウが首を傾げ、ウォルターの濁しに問うた。
(これと、後の事にキリがついたらグレンダン……と言うより、リーリン・マーフェスとサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスのとこに飛ぶ)
(えぇ、本気? ヤだなぁ、またあれに振り回されるのかー)
(……いやいや、あれって言ったって“あいつ”じゃないんだぞ?)
(……むぅ、納得出来ない。ヤだ、断固ハンターイ)
(言われても、行くから。決定事項だから)
(ちぇっ……。…しょうがないなぁ…、無茶をしないって言うなら、いまは譲歩してあげる…)
(悪いな)
ウォルターは柔らかくそう言い、ルウをなだめた。
視線をレイフォン達の方へ投げると、レイフォンとハイアの方も終了していた。
「さて、帰還か」
(そうだね。……レイフォン・アルセイフ、ニーナ・アントークが行方不明だって言ったら、どうなるかな?)
(なんか、狂ったように汚染獣の群れの中へ突っ込みそうだから想像したくない)
(あっは、言えてる。じゃあ、そんな暴走少年のセーブ、頑張ってね)
(そう言われるとすっげぇやりたくねー……)
意気消沈してしまったウォルターはやや虚ろにルウに言いながら、レイフォン達の方へと歩いて行った。
「……ウォルター……、どうして居るんだい?」
「いちゃ悪いか、いちゃあ」
「いや……居たら悪いとかじゃあ、なくて……ね」
苦笑した会話が隣で行なわれている事に、リーリン・マーフェスは自分が場違いな気分になる。
現在はつい先程グレンダンを出発したばかりの放浪バスの中、隣でグレンダン屈指の天剣授受者と、その元天剣授受者がなにやら話をしているのだ。
元とは言え武芸者の中でも女王に匹敵すると言われる人がいきなり現れて、あたかもそれが当然というような顔で話を進められて居ては、こちらが困惑するというもの。
―――――でも、本当にどうしているんだろう……
ウォルター・ルレイスフォーン。
レイフォンに天剣を与え、天剣授受者の地位を与えた張本人。
だが彼はその後姿を消し、度々グレンダンに現れては不可解な行動で周りを困惑させていく。
いや、本人は確かな意志を持って行なっているのだろうけれど、その事情を知らないリーリンやいま隣で話をしている天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスはただその行動を不思議に思うだけだ。
リーリンがウォルターときちんとあったのは、これで2回目。
そして1度目は、ガハルドの事の忠告を受けた際。
正確には、ガハルドがデルクと衝突した時も助けに来てくれていたので3回といえるのだが、あの時はリーリンが意識を失ってしまった為話が出来るどころかなにもできていない。
そう考えると、やはりその後にグレンダン王宮で会った事で2回目と考えるのが妥当だろう。
―――――うーん……、でもやっぱり、考えれば考える程、不思議な人だなぁ……
隣で七歳ほど年上の相手を前に、へらへらとつかみどころのない笑みを浮かべて話すウォルターに横目で視線を向けつつリーリンは思考する。
実力が超えているからなのか、それとも元同僚ということで馴染んでいるのか、2人はすっかり話し込んでしまっている。
先程から何故か「効率的な汚染獣の駆逐」について話し合っているけれど、一般人のリーリンからすれば超次元の話をされているも同然、軽く聞き流す事に徹した。
「んー……、オレはやっぱ斬り裂く方が性に合ってるな。いや、薙ぎ払うって感じか」
「…それはやはり使っている武器や攻撃手段の相違かな? いや、だけどそれでは説明が付かない点がいくつかあるような…」
「あぁ、…それはそうだな。…だけど……」
物騒な話をしながら花でも飛ぶかという和やかさ。
この2人、きっと王宮とかだったら中庭で優雅にお茶とかお菓子とか食べながらこういう生々しい話をしていそうだとリーリンは頭痛がした気がしてこめかみを押さえた。
武芸者と一般人では、やはり感覚が違うようだとその理解に苦しむ。
「あぁ、成程……。じゃあ今度試してみるわ」
「それは素敵だね。僕もぜひやりたいよ。んん、それにしても少し身体を動かしたい気にもなるなぁ。はは、困ったね」
「このバスが汚染獣にでも襲われりゃいいことだ」
「それは僕が戦えないよ」
「緊急時用のくらいあンだろ。そういう“制約”がつくことも、お前には刺激的なンじゃねぇの?」
「……成程。ものは考えよう、とはよく言ったものだね」
「悪戯にそういう言葉ができてる訳じゃないって実感出来るなぁ」
本当にねぇ、とサヴァリスが笑い、ウォルターもけらけらと笑った。
一般人からすれば笑い事では無いうえ、本当に起きてしまったら恐怖で塗り固められることだというのに、なんてことを楽しそうに話しているのか。
―――――……次の都市につくまで、ずっとこの2人の話聞いてないとだめなのかな…
さすがに真隣の為嫌でも話が聞こえる。
リーリンは盛大に溜息を吐いて仕方なく、持ってきた本に集中しようと思った。