明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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茫漠の白に飲まれる

 

 ハイアの声に合わせて戦闘は始まる。

 サリンバン教導傭兵団の団員達は地を這うようにして進み、レイフォンも旋剄によって飛び出した。もちろんそれに遅れないよう、ウォルターも同時に走り出している。

 

―――――さて、どうすっかね

 

 サリンバン教導傭兵団が受け持つのは半数の6体、ウォルターとレイフォンはその半数である6体を分けた3体。

 現在、ウォルターの進行方向には4体の汚染獣。

 

―――――これって前払いかな。それとも後払いかな

 

 なんとなくそう思いながら、両手で柄をきっちりと握り、構えた。

 外力系衝剄を変化、朧霞(おぼろがすみ)

 ウォルターは目の前に居た汚染獣4体のうち2体に向かって刀を横薙ぎに振るった。

 振るわれた刀はただそこを通り過ぎるようにあり、数瞬、薙ぎ切ったその型でウォルターの動きは停止する。

 2体の汚染獣の身体は二つに裂け、切り裂かれた上部は下部からずり落ちて地面に大きな体液の溜まりを作る。

 刀についた体液を振り払いつつ、汚染獣独特のその体液の質がありありと分かる状況にウォルターは内心で溜息を吐いた。

 

―――――オレの担当は後一体……か

 

 だが、目の前に襲い来る汚染獣は2体。

 

「…なら…、斬る」

 

 再び刀を構え直し、足裏に剄を凝縮させて、前方へ。

 爆音のような音を響かせながらウォルターの足が地面を蹴りつけ、そのまま汚染獣に向かって直線的な走りをする。

 

「!」

 

 そのまま剄を込めてすれ違えばいいところを、ウォルターはあえて大きな跳躍をして汚染獣の牙を避けた。

 戦場では凶暴な笑みへとしか普段は変貌を遂げない表情が、今回ばかりは苦痛に歪んでいた。

 

「っち、」

 

―――――傷、開きやがったか。ついでに頭が痛い

 

 背中を駆け抜け、脊髄の神経を刺激する痛み、そして脳みそを揺さぶるまでの頭痛にウォルターは舌打ちをすると、近くにあった岩場に着地、再び刀を構え汚染獣を見据える。

 世界の覇者はその獰猛な瞳に飢餓の意志を備え、がちがちと牙を鳴らす。

 ウォルターへとまっすぐに走り来る汚染獣。

 いまウォルターが居る位置は、汚染獣の一噛みでウォルターを飲み込む事ができる位置だ。

 ハイア、レイフォンは共に遠い。

 何よりもこの孤独な死が蔓延する世界では、ただひとりで戦い続けるのみ。

 他者の干渉を一切受ける事無く、ただひとりで敵を屠り、死の世界に自らが存在することを否定されながら生きなければならない。

 

 それはまるで、あの空間に似ている、と頭痛が反響する思考でウォルターは考える。

 

 ゼロ領域は人間の侵入を頑なに拒み、ただひとりで生き残らせ、気を抜けば死をもたらす。

 自らを暴き立て、すべてを曝け出させる。

 そんな死の世界を生き抜くものは、自らが“生きる”という意志のもと、“世界”への変貌を余儀なくされる。

 

 他者の干渉を許さず、すべてを否定し死をもたらす世界。

 すべてを暴き立て、死を超える為に“世界”へ変わる空間。

 

 ウォルターは瞳を伏せる。

 目の前に、死の脅威が迫る中で、呼吸を落ち着かせる。

 一度大きく息を吐くと、先程まで暴れていた思考は酷く静かになった。

 思考のすべてにノイズをもたらしていた頭痛も何処かへ除外された。

 聞こえる筈の外の音は、ウォルターの聴覚を刺激しない。

 する筈の死の世界独特のにおいは、ウォルターの嗅覚を刺激しない。

 噛み付いている筈の足は、死の大地である荒れた地面の感覚を伝えてこない。

 

 まるで、世界と自分が切り離されたように。

 

 ただ、この両手が掴む柄の感覚と刀の重さのみが、この体が重力の支配下にあるのだと、大地に足をつけているのだと、死の世界を生きているのだと知らせる。

 覇者を屠るこの武器が、自らがここに存在すると知らせる。

 

 ただ、目の前に居る“筈の”敵を屠ることだけを身体に伝えろ

 

 そうだ、動く

 

 ウォルターの身体は、ゆっくりと重心を落としていく。

 上段に構え、切っ先をやや右よりに固定する。

 

 一瞬だ  一瞬

 

 呼吸が身体に響く。

 音は無い。すべてが切り取られている。

 

 そうだ、込めろ

 

 剄を

 

 すべてを

 

 この一瞬に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターがゆっくりと瞳を開いた。

 だがしかし、その瞳は“目の前を捉えていない”。

 

 ただ、振り切れ。

 

 斜め左から右下への、袈裟斬り。

 その動きは時間がゆっくり流れているように感じた。

 ウォルターの腕に唯一感覚を伝えてくる刀から、汚染獣の甲殻を砕き、肉を裂き、その命を断っていく感覚が伝わってくる。

 一体目、切り抜けた。

 目の前には獰猛な飢餓の瞳を光らせ、唾液が糸引く牙を見せつける汚染獣の口腔が迫る。

 背後で飛沫が上がり、上部下部が別れ地面に崩れ落ちる。

 光すら宿さないウォルターの瞳が鋭く汚染獣の方へ向けられた。

 

 振り切った勢いのまま右足を軸に回転、瞬間に刀を持ち直し、下段からの切り上げ。

 ウォルターの身体は汚染獣とすれ違う、汚染獣はその口腔を晒しながら微動せず過ぎていく。

 甲殻を刀で切り裂きながら振り抜ききる。

 刀は斬線のまま、切っ先と刃は斜め右上を向いていた。

 振り切った型のままウォルターは止めていた呼吸を吐き出す。

 

 呼気を吐き出すと同時、“止まっていた”すべてが動き出した。

 

 


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