―――――……ちくしょう……
ハイアは見晴らしのいい場所で汚染獣を監視しながら片膝を抱えて内心悪態をついていた。
悪態をついていた理由は簡単で、先程のウォルターとレイフォンのやり取りだ。
―――――おれっちが知らねぇ事があるのは、しょうがない
だがそれでも、内緒話のようにされては苛立ちを隠せなくなる。
自分がウォルターに関してあまり知識がない事はしかたのないことだ。
彼はあまり自分のことを語ろうとはしないし、自分の決めた線より向こう側、ウォルター自身というものへの侵入を許さない。
そんな彼だからこそ、ほんの些細な事でも知っているのと知っていないというのでは大きな差が出来るのだ。
認めてもらいたい。
その一心で居るハイアとしては、それが出来なければ彼と居る意味が無い、そう考えている。
しかし、どうやら彼と共にいるレイフォンの方が認められつつあるようだ。
推測に過ぎないとはいえ、もしかして、と思えてしまう、そんなレイフォンと自分の“差”が、悔しい。
「……ちくしょ……」
「どうしたンだ、ライア」
ぽん、とヘルメットに手を当てられた。
上から降り注いだ声にハイアはぱっと顔をあげ、声の人物を見る。
「ウォ、ウォルター?!」
「……? なンだよ。お前がぽつねんと座ってたから来ただけだろ?」
きょときょととした様子でウォルターが首を傾げ、ハイアを見る。
どうやら先程の呟きは聞かれなかったようではあったが、ついさっきまで考えていた中心の人物が目の前に居ることにハイアは挙動不審にわたわたと言葉を紡ぐ。
「あ、いいや……、えっと、別にっ、……なんでも、ねぇさ……」
「…あり、そうなの? なンかあるような気がしたンだが」
「……………………………………ある、けど……さ」
言い難いといった顔でハイアが言うと、ウォルターはけらけらと笑っていた。
「なンだよ、そのガキみたいな顔」
「ガキじゃないさ~。それに、おれっちは一応ウォルターとは同い年さ」
「はいはい、そだね。一応って言う時点でアウトな気はしないでもないけど」
「……む…、その余裕が羨ましい」
「ライアも三十路くらいになれば余裕出るンじゃねぇの? まだまだ若いからなー」
「……そういうウォルターは、完全におっさんの発言さ……」
大体三十路って。
ハイアが呆れたような、困ったような表情で、複雑そうにヘルメットの奥で頬をひきつらせた。
しかし、対してウォルターはそれに何か感じている様子もなくやはりけらけらと笑っている。
「まぁまぁ。精神年齢的には確かにおっさんくさいかもなー」
「くさい、っていうかは、ほぼそのものになっちまってるさ~」
「ありり、それは大変」
口でそう言いながら、特に重大な問題として捉えているような雰囲気はウォルターに無い。
やはり、こういった性格だからこそウォルターなのだろうと何気なくハイアは思った。
「ところで、ヴォルフシュテインの方…に、居なくていいのかさ?」
「いやぁ……、なんかフォーアと話すみたいでなぁ。オレが居てもしょうがねぇよなと思ってこっち来たンだけど」
「フェルマウスが? ……ふぅん……。まぁ、別にどうでもいいさ…」
「そうだなぁ。別に死にゃしねぇモンな」
ウォルターはあっさりとそう言い、ハイアが座って居る場所の近くに腰を下ろした。
そういえば、とハイアが先程聞くことが出来なかった事を聞くため口を開いた。
「ウォルター。あの、さ……、さっきの、念威の事、なんだけど……さ」
「あ? ……あぁ、それがどうした?」
「…ウォルターって、やっぱ重晶錬金鋼が使えるって事は……念威操者でもあるのかさ?」
「……ん~、いや…あ、でもそうなるか? …まぁ、念威もひと通り使えるし、重晶錬金鋼の復元も出来るなぁ」
「昔から?」
「んー…、そうだな、昔から」
「ふぅん……」
ハイアは曖昧に頷いて、再び片膝を抱えた。
―――――まぁ、“嘘は言ってない”
ウォルターは内心で呟いた。
どの時点からの昔、によって回答が変わってしまっていたのだが、ウォルターからすれば昔でなくとも“人間”からすれば昔であるということは多々ある。
剄に伴い念威は、このレギオスの世界に来た時に得たものではある為、ウォルターからすれば特に昔でも無い。だが、それはつまりこの世界の創世時期に手に入れた事になり、それは人間感覚で遥か昔のことだ。
それならば、昔と言っても違っていない。
「…あいつが知ったのは、いつぐらいなんさ?」
ハイアが口を開いた。
あいつ、というのはレイフォンのことだろうと見解をつけ、そうだなぁとウォルターは思考を巡らせる。
「一ヶ月半……か、二ヶ月くらい前って感じじゃないかな。ツェルニに老生体が来た時のことだし」
「ツェルニに、老生体が?」
「あぁ、そうそう。それでオレとアルセイフがかりだされて老生体退治に出てた。まぁ、オレってほら、フェイススコープつけないだろ? それで念威使ったンだよね。そン時に知られたなぁ」
「……ふぅ、ん……」
ぎこちなくハイアが返事を返し、ウォルターは軽く頷いて眼を合わせないハイアを見た。
そのウォルターの視線を感じていたハイアはやはり視線を泳がせる。
「……なンで?」
「ちょっと…、気になっただけさ。特に深い意味は無いさ~」
「……ふぅん……?」
「……………………あ、いや…………あ……る、けど……さ~……」
ハイアが、うぅ、と両膝を抱えた。
あっさりと返事を返してくれたウォルターだったが、逆にその返事が、何処と無くハイアにとって恐怖だった。
何故か、なんて事はハイア自身分かるはずもなく。
首を傾げたウォルターがハイアを見るが、ハイアはこちらを見ない。
―――――だから…、ずるいんさ、あんたは
隠しておきたい事なのに、ウォルターにちょっと低い声音で問われるだけでハイアは嘘をつけなくなる。というよりも、言われた瞬間に体の底から震えというか、言わない自分に対して酷い嫌悪感を抱くというか、言い難いなにかが込み上がってくるのだ。
別にウォルターは他人に問うたとしても、相手がはぐらかした場合はそのまま放置するタイプの人の為、別に本音を言わなくてもなにも問題は無いといえば、無い。
先程のウォルターからの「本当に?」という問いも、適当にハイアがはぐらかしてしまえばそれで終わりだった。
ウォルターは他人に対する興味というものが本当に無い。
教えてくれるなら聞く、教えてくれないなら聞かない。
本当にそういうところははっきりしていて、こちらからは言い難いから、少し深く聞いて欲しいところでも聞いてもらえなくて、こちらがじれったい思いをすることも多々あるような人だ。
―――――あぁもう……どうしてこっちがこんなにももやもやしないとだめなんさ……
ハイアはここが都市外でなければ、おもいっきり自分で自分の頭を強打していたところだ。
少しじとっとした眼でウォルターを見やり、ハイアは不機嫌な声音で口を開く。
「………ウォルターって、ものすごく他人の事気にしない人さね」
「あぁ、よく言われる」
あっけらかんとした様子でウォルターが言い放った。
そう言われたハイアは、脱力して大きなため息を吐く。
「……ほんと……、あんたって罪作りな人さー……」
「…………それは自覚無いな」
ハイアはそっぽを向いて、不機嫌な顔をしていた。
ヘルメットをかぶっているハイアの表情は見えず、ウォルターは首を傾げたまま汚染獣へその視線を投げた。