ニーナが怒っている。
そんなことは、この野戦グラウンドにたちこめる空気だけでウォルターには充分だった。
木に隠れるようにして、戦いの状況を見守る。
「……」
ふぅ、と呼吸を乱さない程度の溜め息が聞こえた。レイフォンの溜め息だ。
レイフォンの手にはハーレイが作った新しい練金鋼、青石練金鋼が握られていて、この緑と茶色ばかりの世界では、ひとつの宝石のように輝くため凄く目立つ。
本人もそれに若干溜め息をついているようだった。だが、おそらく溜め息の大きな原因はそれではないだろう。
―――――戦況がうまく進まない、そんなところだろうな
ウォルター自身もそれは経験したことだ。グレンダンでは集団戦線などする必要もなく、たったひとりで汚染獣討伐に出た。
その為、戦況は自分の動かしたい放題、好きなように戦えば良かったのだ。
とにかく、倒すことが出来るのならば。
集団戦線に不慣れなうえ、自分が好きなように動けないのはレイフォンにとっては初の事だろう。
幼少期から、ほぼ個人戦をやっていたに近い。
幼性体や雄性体程度ではグレンダンはどよめきひとつ見られない。そして、十代前半というレイフォンでさえも戦場に出してもらっていた。
汚染獣との戦いは、グレンダンではほぼ一匹に対してひとりという感覚で行われていた。
いま戦っている機械に対しても、おそらくレイフォンはそういう心持ちなのだろう。
「だが、あまいな」
ウォルターは呟く。ここはグレンダンではないのだ。
学生は敵一体でさえひとりで倒すなど不可能。そんなところで、敵一体に対しひとり感覚で戦っていてはいけないのだ。
そうなれば、明らかに死者が出る。そんなことは目に見えている。
それは初心だ。それを忘れている。いや、もしくは知らないのかもしれない。
あの激烈な世界でしか生きてきていないのだから。
ウォルターは隠れていた木から飛び出し、一番近くにいた自動機械に蹴りかかる。
自動機械に蹴りは直撃し、横転した。
横転したのを確認すると、ウォルターは即座に飛び退いた。
そこへシャーニッドの遠距離射撃が着弾し、ウォルターの目の前の自動機械は活動を停止した。
「次」
きゅ、と足を軸に回転すると、丁度後ろにいた自動機械の斧を模した武器が背を掠めていく。
しかし、それもウォルターには分かり切ったこと。横転を確認した時点で、後ろにもう一体いることには気がついていた。
そして、それを迎撃出来るだけの時間はあった。それをあえてなげうったのは…
「アルセイフ!」
「っ、はい!」
ウォルターのかけ声にレイフォンが応え、自動機械に切り込む。その姿を見て、ウォルターは顔をしかめた。
剄の色が恐ろしく悪い。あの時は咄嗟だったせいか割と澄んでいたが、いまは大講堂で見た時よりも悪い。
斬線に残った剄の煌めきが淀んでいる。そして何より……
「切り込みが浅い!」
ウォルターは舌打ちをしながら蹴りを放ち、自動機械を完全停止させる。
レイフォンはややしまったという顔をしたが、それには目もくれず、ウォルターは自身の黒鋼練金鋼の刀を地面に突き刺した。
外力系衝剄を化練変化、
野戦グラウンドを光が満たす。点々と仕掛けたウォルターの伏剄が、ここで威力を発揮する。
ウォルターの伏剄は無秩序に光を放たず、一点の方向に向かってのみ照射された。
自動機械の目眩まし目的と、あとは熱による機器の破損が目的。
ここから出来るならばニーナが鉄鞭で完全に停止させてくれれば良いのだが、そうもいかない。
ニーナは一歩踏み出そうとするものの、気力のみで戦っている疲労状態だった。
―――――あぁ……もう
ウォルターは呆れて化練剄を放つ事をやめた。その瞬間、勝敗は決した。
野戦グラウンド近くの休憩所に入った十七小隊は、みながそれぞれの休み方で疲れ切った身体を休めようとしていた。
ウォルターは例外で、誰よりも動いていたにもかかわらず相変わらずの平然顔で鞄に荷物をしまい、てきぱきと片付けをしていた。
ニーナはというと仲間達の前に立ち、顔には沸点間近の怒りがあった。
「急造チームだ。連携がとれないのは分かっている。分かっていたことだ」
ニーナはそう言いつつ、仲間達に自分が思うよくなかった所を指摘し始め、それでも適当に言葉が流されていく事にニーナが苛立ちを持ち始めた最後に、ウォルターへ話がふられた。
「ウォルター、お前もそうだ。最後の前のシャーニッドへの射撃配慮は良いと思ったが、最後が駄目だ。何故あそこで化練剄を放つのをやめた? 化練剄を放つことをやめなければ、レイフォンやわたし、またはシャーニッドの射撃があっただろう」
「…馬鹿言え。そんな無駄な事するかよ。ばかばかしい」
ウォルターがバッサリとそう言い返す。ニーナが眉をつり上げ、何かを言いたげに口を開こうとしたが、それより先にウォルターは口を開いた。
「なにより、こういっちゃ悪ぃが今回はアントークの体力不足と作戦の立て方に問題があった」
「わたしに、だと?!」
「そうだろうが。最後に一番近かったのはお前だ。その場合、他がフォローに走るよりもお前が走った方が確実に、的確に仕留められただろう。だけど、今回は相手に振り回されすぎだったせいで全員の体力配慮が足らなかった。そう言うことだ」
「…し、しかし…!」
「オレが行けば良かったってか? 馬鹿たれ、さすがに衝剄使っていようと活剄使っていようと素手で機械殴るとかオレどンだけチャレンジャーだよ。確実に拳痛むからね。治療費請求するぞ」
ウォルターが冗談を含めながら話す。ニーナは少し頭が冷えてきたようだったが、やはり不服そうな顔で俯いた。
「ってことで。オレ、バイトあるから行くぞ。アントークも急げよ。お前もあっただろ?」
「あ、あぁ……………そうだが」
「んじゃ。時間には遅れるなよ」
ウォルターは自分の荷物を持ち上げ、さっさと退室していった。