「何故、レイフォンとウォルターをそんな危険に巻き込む?」
場所は控え室。
第一小隊との試合で敗北してしまった十七小隊であったが、試合後メイシェン・トリンデンによって伝えられた事。
“生徒会長の話を聞いた後、ツェルニに向かえ”という、ひとつの伝言。
レイフォンが事前にメイシェンに頼んでいたことであり、それを実行したメイシェンから伝えられたその事に、ニーナは動き出していた。
レイフォンとウォルターが戦いに行ったというその事実。
また、黙って勝手に2人だけで汚染獣に向かっていってしまう。
怒鳴ったニーナに、しかしカリアンは落ち着きをはらんだ声で言う。
「わたしも、彼らには武芸大会に集中して欲しいと思っている。だが、事態はそれを許してはくれない。……これは、彼らでなくては解決出来ない事態だ」
確かに、そうだ。
極端な言い方をすれば、いま程度の実力しか無いニーナ達が倒せる相手に、わざわざレイフォン、ましてやウォルターが向かう必要など無いのだ。
2人がなにも言わず、しかも機密事項として動くのは、やはり彼らでなくてはならないからなのだ。
それにニーナは唇を噛む。
最もな事実に口をつぐんでしまったニーナに、カリアンが言葉をかけた。
「…だが…、実は、キミ達が行く事を望むのならば行けるようサポートをしてくれ、…とウォルター君に頼まれていてね」
「え? ……あのウォルターが?」
「そうだ」
ニーナが眼を丸くして言い、カリアンも何処か不思議そうな声で言う。
ウォルターと言えば、自分の戦場には他人を一切寄せ付けたがらず、敵という敵はすべてたったひとりで殲滅する。
それがウォルターのはずだ。
しかし今回はどういう訳か、来ても良いと言う。
―――――どういうことだ……?
ニーナが首を傾げたと同時、新たな声が響いた。
(……おっ。ようやく届いたか)
「っ……、……ウォルター?!」
新たな念威端子が届き、銀朱色に輝くその端子は落ち着きと若干の疲れをはらんだ声音を響かせた。
聞き馴染みのある声……ウォルターの声に、ニーナは困惑の声をあげた。
(よう、やっとこさ届いたぜ。…5分もかかるとは、情けねぇわーオレ)
「5分……? あなたの位置から5分でここまで辿りつけたというのですか?」
現在のウォルターとレイフォンの位置を把握しているフェリは驚きの声もらし、ウォルターの使っている念威端子を凝視した。
その視線にウォルターが答えることはなく、ニーナが口を開く。
「ウォルター、いまは何処にいる? …何故いいと…」
(サリンバン教導傭兵団の集団戦術、それを見れりゃあちっと勉強になるかと思ってな)
ニーナはウォルターの言葉を聞いて、確かに、と思う反面、珍しい事を言うと思った。
「……お前、そんな事も思うんだな」
(うわ、傷つくー)
「棒読みで言うくせに、お前がそこまで繊細な人間だとは思えないんだが?」
(…酷い。酷すぎる。オレはものすごーく繊細なンだぜ?)
「そうか。それでウォルターはいったいどうしろと言うんだ?」
ニーナが清々しいまでにウォルターの言葉を無視する。
珍しく強気な様子で話しをすすめるニーナに対し、ウォルターは少し不機嫌な声音で溜息を吐いてから言う。
(……まぁ、そんな細かいことは考えてねぇが、本物の集団戦術なンてそうそう見れるモンじゃあないし。ちょいと来て見るくらいしておいても損にはならないと思うぜ、ってこった)
ニーナはそうか、と一言呟き、頷いた。
頷いたニーナに、ウォルターは話を切り出す。
(で、お前はどうするンだ? アルセイフの言うとおり、“ツェルニに向かう”のか?)
「……あぁ、わたしはそうしようと思う」
(そ。じゃあ他のヤツらはどうするか考えて決めてくれ。あとは任せる)
端的に話を終わらせ、ウォルターの念威端子は宙を漂い去っていく。
ニーナが動こうと踵を返した時、ふと気付いた。
「フェリ? どうした?」
先程から静かであったフェリは、生徒会室ではない何処かに念威端子を飛ばしていた。
ニーナの問いにフェリがらしくない、盛大な舌打ちをした。
「……本当にばかです」
フェリが鋭い眼差しで踵を返す。
踵を返したフェリの周りにはいくつかの端子が浮遊している。
先程までは存在しなかった端子があることにシャーニッドは気付き、何処から着たのかを聞くよりも先に、機嫌の悪いフェリにシャーニッドが慌てて問うた。
「どうしたんだ、フェリちゃん」
「…………あの不治のばかを患っているばかのところへ早く行きましょう。急がないと、またやらかしてくれます」
「…………………?」
フェリの言葉が焦りを含んでいるように感じ、シャーニッドは用意を急ぎ、ニーナは再び踵を返す。そんなニーナの服のポケットに、誰にも気付かれない内にウォルターの念威端子が忍び込まされた。
ウォルターが念威に集中している間に、ハイアは少し場所を離れていた。
隣に居るレイフォンは不安げな表情でウォルターを見る。
「ウォルター、あの……?」
「あン?」
手袋越しにだが、レイフォンが手を額に当ててようとしてきた。
ウォルターはそれに一瞬虚を突かれた顔をしてレイフォンを見、当てらかけた手を即座叩き落とす。
「痛いです」
「……触ろうとすンな、なンだよいきなり」
「…ウォルター、あの…」
「言いたいことは、なンとなく分かる。……だが、オレはオレのすべきことはやり切る。分かってるだろう」
「……でも、あの……」
「…………黙れ。でも、もなにもない。やると言ったらやるンだ」
不機嫌にウォルターはレイフォンをあしらい、溜息を吐いた。
―――――……余計な所で余計な感を働かせやがって
ウォルターは内心で盛大に舌打ちをした。
変なところで感の鋭いレイフォンに内心で悪態を吐いていると、ひとつの念威端子がこちらへ来る。
フェルマウスの念威端子だ。
(少し、話をさせて頂いてもよろしいですか?)
念威端子から、そう機械音声が伝えてきた。
その言葉にウォルターはちらとレイフォンを見やり、自身は踵を返してハイアの方へと移動していく。
「…あ…、ウォルター……」
(……すみません、ウォルター殿を避けさせる気は無かったのですが)
「……構いませんよ。…それで、話…とは?」
レイフォンはフェルマウスの端子に向き直った。