ウォルターはランドローラーの助手席でぼうっと外を見つめていた。
珍しくレイフォンが運転すると言い張り、譲ってくれなかったのだ。
だがまぁ、そういう自分の手間が省ける事はありがたいと思って運転席を譲った。
レイフォンは何処か眉を寄せた様子でウォルターとレイフォンを乗せるランドローラーの前を走るハイア達のランドローラーを見つめていた。
「……アルセイフ、どうした?」
運転は安定しているのだが、何処か遠い目をしているレイフォンにウォルターは声をかける。
しかしレイフォンからの返答は無く、もう一度声をかけた。
「……アルセイフ?」
「…えっ? あ、あぁ……すみません、なに言いましたか?」
「……いや、どうしたンだ? って聞いたンだ」
ウォルターが眉を少し寄せて問う。そんな様子のウォルターに対し、レイフォンはやはり目線を逸らした。
「…いえ、なんでも、無い…です」
「…それなら、いいけどな」
レイフォンは明らかに疑われているとわかっていたようではあったものの、それでもそれ以上何かを言おうとはせず、そのまま口を噤んだ。
「…………………ウォルター、ウォルターは…、いつもそうですよね」
「あン?」
「……あの、…えっと…、その。……ウォルターはいつも誰にでもつかず離れずで…。それでいて、誰にでもいつも……」
「………悪いンだが……、なにが言いたいのかさっぱりだ」
ウォルターが助手席で首を傾げる。
首を傾げたウォルターをレイフォンは先程より鋭い目つきで見た。
「…………………なにがいいたいンだ? 睨まれても分からねぇモンは分からねぇぞ」
「…いえ、いいです、別に」
「あ、そ…」
「…………だから、そういうところが…」
「……ん? 何か言ったか?」
「いえ…、なにも言っていないです」
「……あ、そう」
レイフォンは小さな声で呟いた為、ウォルターにその声は聞こえなかったらしい。
それほんの少し安堵しつつ、聞かないでくれて嬉しいという思いと、聞こえて欲しかったという思いが自分の中でぶつかり合ってレイフォンはもやもやとする感情に気分を悪くした。
ヘルメットで元々息が詰まる思いになっているというのに、余計にこんな思いになるとは思わずレイフォンは大きな溜息を吐いた。
―――――どうして、ウォルターの為なんかにこんな事で……
レイフォンは顔をしかめ、隣の助手席に座るウォルターをちらと見た。
助手席のウォルターはレイフォンとは逆の方を見ている。
“いつも通り”、ヘルメットも汚染物質遮断スーツも着ていない普段着の姿で助手席に乗るウォルターを見て、ウォルターらしいと思いつつ、それでいてやはり“常識”と照らしあわせて心配になる。
―――――……ウォルターは、僕に隠し事をしているんだよな…、やっぱり
自分にも、他の誰にも言っていないこと、誰にも言えないとしていること。
だがもしも、ハイアには言っている事があって、自分には言ってくれていないことがあるのでは、とか思ったりすると凄く嫌になる。
何よりも、ウォルターの隠し事を明かせないくらい僕は頼りないのだろうか、などとレイフォンはなんとなくぐるぐると渦巻く思考に、はっ、と唐突に気付いた。
―――――な、なんで僕こんなにウォルターのことでセンチメンタルになってるんだ?!
はっ、と我に返ったレイフォンの脳内に走った衝撃は、現在のレイフォンからすれば激震だった。
そのおかげでグリップを強く握り過ぎ、うっかりアクセルを掴んだ。
つまるところ、ランドローラーを爆走させた。
「ぅおあッ」
「…………………ッ!!」
「…っちょ、……おい……、アルセ…ッ、ちょい……まっ、」
ウォルターはいきなりレイフォンにアクセルを回され、思わず反射で助手席の壁に掴まった。
荒れた大地でタイヤは勢い良くバウンドするわ、その衝撃が五臓六腑にまで響き渡るわで、ウォルターは柄にもなくランドローラーで酔う。
レイフォンに制止の声をかけようとするが、酔ったせいで呂律もあまりうまく回らずただ呻き声と制止の声が交錯した。
「…ぅあああああ……、酔…う、…酔った…、やめろ、痛い、尻が痛い、がたがた、やめっ」
声をかけ続けてウォルターはなんとかレイフォンを落ち着かせるが、それでもレイフォンは変な呼吸をしつつグリップは強く握ったままだった。
それからやっとランドローラーをおとなしく走らせはじめ、数分して目的地に到着する。
ウォルターはようやく地獄のがたがたから開放されたとランドローラーから降りて安堵の息を吐いていた。
「……あぁ、尻が痛い……」
今度からは絶対レイフォンには操縦させない。
そう決め込んでウォルターは目線をあげつつ、レイフォンに問うた。
「…そういや、ライアは? 向こうか?」
「……そうですけど…、どうかしましたか」
「いや、別に…」
ウォルターがふぅと息を吐いて遠く……汚染獣の居る方へ視線をやった。
えぐられたように沈降した大地のその場所に、居る。
この世界の覇者、汚染獣。
それが幼生体であろうと、脅威であることにはなんら遜色ない。まだ休眠中の汚染獣を見据え、ウォルターは自然と眼差しを鋭いものにする。
それを感じ取ったらしく、遠くからこちらへやってきていたハイアは、ひょいとウォルターの方へ寄ってくる。
何気なく、ウォルターが汚染獣の観察をしているとレイフォンが隣でウォルターの服の裾を引っ張った。
「……まだ、眼は覚めてない…、今のうちじゃないんですか?」
「……おい、ヴォルフシュテイン。もうちょい待つさ~。寝てる時よりも寝起きの殻の方がやわいさ」
「だったら…ウォルターと一緒に待っていればいいじゃないですか。僕は先に……」
やはりハイアと馬が合わないらしいレイフォンは不機嫌な声音でそう言い放つ。
ウォルターは肩を竦めてレイフォンに声をかけた。
「……いいから落ち着けって。オレ、ちょいとしたい事もあるし……、まだ汚染獣が目覚めるまでは少しあるだろう。焦っても集中と精神を欠くだけだ」
「……………………………………す…、みません」
ウォルターはレイフォンのヘルメットをぱしっと一叩きし、にやりと笑う。
それと一緒にいつもポケットに忍ばせている重晶錬金鋼を取り出して、展開した。
展開された念威端子は宙を漂い、周囲に散らばっていく。
「……さて。いくつか中継すれば……いや、届くか」
「ちょっと、ウォルター……」
「ンだよ」
「ハイアに、“この事”言ってあるんですか?」
「…………………あっ」
「……だめだ、この人」
ウォルターが「いっけね」と軽く言って頭を掻いた。
いつも通り平常運行、レイフォンはウォルターに呆れた目線を向ける。
そんなやり取りをしているなか、当たり前ではあるのだがハイア達は驚いていた。
「ウォルター、それ、念威……?」
「ん、あぁ、そうだぜ。わり、言いそびれてた」
「……構わ、ねぇけど…さ」
ハイアが少しむくれた顔でそっぽを向いた。
何故ハイアがそんな表情をするのか分からず、ウォルターは首を傾げてハイアの顔を覗きこんだ。
「っちょ、近い、近いさ」
「いや、だってなんかいきなり拗ねてっから。…どうかしたか?」
「……なんでもないさ~」
「…そうか」
ハイアの言葉にウォルターは体勢を戻し、念威に集中した。
ツェルニへ向けて、念威端子は動く。
レイフォンの胸には、まだモヤが残っていた。
どうすれば消えるのか。そんなことは分からない。
どうすればいいのか、聞こうと思っても聞けない、こんな事。
溜息を吐いて、汚染獣の休眠がとける事と、ウォルターの用事が終わるのを待つしか無い。
消えないモヤは、また新たなモヤをよぶ
初めて伝えられた事実に、ヘルメットの奥で眉を寄せながらハイアは小さく溜息を吐いていた。
どうしようもない事実だと言われても、そんな事は認めたくない。
近づいて、認めてもらう。
もう居ないけれど、リュホウに認めてもらいたいという思いと同じくらい、彼にもと思っているのだ。
だったら、迷う必要は無い筈だ
そう思いながら気にしてしまう自分と、まったくそういうことを気にしない彼に溜息を吐いて、どうするかなぁとひとりまた溜息を吐いた。