明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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病院にて

 

「…すみません、ウォルター」

「…………あぁん?」

 

 病院のある一室。

 “崩落事故により”怪我を負ったウォルターはレイフォンとニーナもよく世話になっている病院に担ぎ込まれていた。

 眼を覚ました時にいきなり見えた顔がレイフォンだったことに数秒驚いていたウォルターだったが、それでも暗い表情にウォルターは首をかしげる。

 実際ウォルターの怪我は手術を必要とするらしく、しばらく無茶な運動や武芸は禁止と言われた上、現在は点滴が腕に刺さっており、腕を動かすことは出来ない。

 だが、それでも目の前でしゅん、と俯く鳶色の髪の少年……レイフォンを見、ウォルターは腕を伸ばそうとして動かせない腕にやや苛立ちを覚えながら軽く眉を寄せた。

 

「……すみませ、」

「…………いい加減しつこいぞ」

「…ぅ、すみません…」

「え? あぁ、いや、怒ってンじゃねぇンだが…」

 

 ウォルターは珍しくバツが悪そうな顔をして、僅かに動かすことの出来る方の腕で頭を掻く。

 腕をあげた時痛みがはしったのか、顔を薄らかにしかめて。

 

「気にすンな、オレが勝手にやったことだ。お前に非はない」

「……でも…」

「でも、も、それでも、もねぇぞ。いい、つったらいいンだ」

「……だ、だからって」

「アルセイフ」

「…………………ッ、…ぅ…」

 

 鋭い眼差しでウォルターがレイフォンを見た。

 すごすごと、不服そうにレイフォンが口を噤む。

 

「……痛みとか、あります?」

「…聞かれると、痛い」

「す、すみません!」

「あぁ、いや、思い出し痛み」

「…………………話中だが、いいか?」

「あ、ティアリス」

 

 部屋の扉をノックして入ってきた医師の名前を呼び、レイフォンに向けていた視線をウォルターは向けた。

 医師、ティアリスは手にウォルターの診察カルテを持ち、ぴらぴらとそれをめくりつつ言葉を紡ぐ。

 

「まったく……お前もお前でここの使用回数が多いな」

「いやぁ、わざとじゃあない」

「わざとだったらここから放り出してる」

「なにそれこわい」

「……ともかくだ。お前の怪我は右肩、背中の裂傷。ったく、しっかりしろよ。お前のせいでお前の人体図全部揃っちまっただろうが」

「っは、なンだっけ、両腕両足はもうあるもンな? 今回で胴体と頭コンプリートしちゃったなー」

「笑うところじゃない」

 

 ティアリスに咎められウォルターは笑みを苦笑に変える。レイフォンも少し眉を寄せてウォルターを見ていた。

 

「まったく…、まぁそれはいいとして、だ。今回は回復に少し時間がかかるぞ。背骨の一部が割れて脊髄に侵入している」

「あら、じゃあ取り除くのか。それって面倒くさくないか?」

「まぁな。気分的には脊髄総取り替えのほうが楽だ。だが、それじゃあリハビリが長い。お前はいますぐにでも戦いたいんだろう」

「人を戦闘狂みたいに言うな」

 

 ウォルターが肩を竦めつつ苦笑した、ティアリスは「どうだか」と小さく呟いた。

 

「まぁ、お前の戦闘狂説は置いておいて…」

「置いておくな。そこ大事」

「いまの状況にはかなわんな。ともかくだ。今度、対抗戦があるだろう、お前。それは出場禁止。医師として許可できん」

「あらー。…まぁまぁ、大丈夫、オレが居なくてもアルセイフもアントークも居る。十七小隊はへいきだな」

 

 へらり、と笑ってウォルターが言うと、レイフォンが何処か驚いた様子でウォルターを見た。

 

「……なんだよ、その反応」

「…いえ、その……」

「ンだ、お前のことだから『そんな事当たり前です』とか言われると思った」

 

 レイフォンは気まずいという顔をしてウォルターから眼を逸らした。

 

「……アルセイフ?」

「…いえ、すみません…。気にしないでください」

 

 明らかに様子のおかしいレイフォンを止めようとするが、レイフォンは呼びかけに応じず部屋を出て行ってしまう。

 ウォルターが首を傾げてティアリスに声をかけた。

 

「……なぁ、オレなんか悪いことしたっけ」

「いつもしてるだろ」

「酷い」

「酷くない。元々お前が怪我しなければよかっただろう」

「……そういえば今日って…」

「お前が担ぎ込まれてから2日…ほぼ3日か、そんくらい経ってる。1日半寝てたからな。……その間ずっといたぞ、あいつ」

「えっ」

 

 ティアリスの言葉にウォルターがきょとんとした顔を向けた。

 その顔に対してティアリスは「なに変な顔してるんだ」と頭を軽く叩かれる。

 

「痛い、痛いー。酷い。オレ怪我人なのに」

「そうだな。患者は早く元気になることが仕事だな」

「それを邪魔する医師ってどうよ」

「邪魔はしとらん。怪我してないところを叩いたからな」

「酷い。こめかみも痛いのに」

「知らん」

 

 ウォルターはティアリスに肩を竦め、苦笑する。

 ともかくと溜息を吐いたティアリスはもう一度注意を促すと、部屋から去っていった。

 急に誰も居なくなってがらんとしてしまった病室で何処か空虚な感覚に襲われたが、その感覚を紛らわすように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 1週間が経った。

 1週間も経てば、はじめの3日程放課後毎日来ていたレイフォンだったが、さすがに来なくなった。

 暇を紛らわすにはまあいい話し相手だったのだが、それでもテンションが低いレイフォンの相手はさすがにしがたいということが今回のことでわかった。

 ので、ちょっと来てくれないっていうのがありがたいような、複雑なような、微妙な心境。

 

―――――どうしてくれよう、本当……

 

 ウォルターは病室ベッドに寝そべり、枕に頭を沈める。

 さすがにもう点滴は外されたが、それでも背骨の治療がまだの為、病室のベッドに縛り付けられているということだ。

 はじめあたりにちょくちょく抜けだそうかとしたりした為現在は自動販売機への買い出しまでもにティアリスが付いて来るようになってしまった。

 その度にウォルターは

 

「…お前暇なの?」

「お前のせいで暇じゃない」

 

 とても素敵な笑顔で言い返される。

 ウォルターはふぅ、と溜息を吐く。

 

「よし、自動販売機に行こう」

 

 ウォルターは近くの車椅子を引き寄せて乗り込んだ。

 

 一応歩く事は出来るのだが、背骨の怪我のせいでいちいち歩く度に背中に激痛が走るうえ、歩くなとこれまたティアリスに言われた。

 これだけティアリスが、ティアリスが、というけれど、まぁ彼が主治医なのだから彼の名前が出てくるのも当たり前ということだ。

 

「あー、なに飲もう」

「おや、ウォルター君」

「あ? ……あぁ、生徒会長さん」

「少し、話があるんだが、いまいいかな」

「……いいですけど」

 

 がこん、とウォルターは適当に缶ジュースを選ぶとプルタブを開けた。

 

 


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