明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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“ただの人間”、そんな平凡なものに

 

 ウォルターは自嘲気味に笑みを浮かべ、レイフォンの胸の上で手を重ねた。

 

(……ウォルター、本気なの?)

(あぁ。どうしてしようと思ったのか、分かったから)

(…………そう。別に、ウォルターの決めたことに反論はしないよ。だけど、やっぱり僕は、レイフォン・アルセイフ……うぅん、他のヤツらは嫌いだな)

(ルウ?)

 

 ウォルターは異界法則を使用する準備をしながらルウに問うた。

 

(…なんでも守っている気になって、結局ウォルターに守られてる……、これじゃウォルターの負担が増えるばかりじゃないか)

(…あぁ、そういう事。平気だよ、むかしからこうだっただろう)

(だから余計に納得したくないんだよ)

(仕方ないさ。オレもわかりきったことだ)

 

 ルウは少し不満そうな顔で、首を傾げた。

 そんなルウに、やはりウォルターは自嘲気味な笑みで異界法則を発動した。

 

(…こいつらとオレにできることには差がありすぎる。…だけど、きっとこれは……)

 

 

 光が、レイフォンに収束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の眩しさに驚いたらしいメイシェンが眼を開き、ウォルターにこわごわと問うてきた。

 

「あ、あの……」

「……平気だ。なにも無いよ」

「そう、ですか…」

「あぁ。とりあえず、移動しよう。ここじゃ見つけてもらってもどうしようもない」

 

 ウォルターはメイシェンに手を差し出しつつレイフォンを抱える。メイシェンの片手をとるとウォルターは歩き出した。

 

「…………………あの、レイと……、レイフォンは……」

「大丈夫だよ。ちょっと気を失ってるだけ。……アルセイフにおおきな怪我はない」

「そうですか、良かった……」

 

(……嘘つき)

 

 “中”で小さくルウが呟いた。

 ウォルターはその言葉を無視してメイシェンに目をやる。メイシェンが安堵した様子で息を吐いていた。手を握っていたこわばりが解けたのを感じ、ウォルターは笑みを浮かべる。

 

「……………………………………」

「……あぁ、もしかしてさっきの話の続き?」

 

 メイシェンが何処か探るような目線を向けてきていた為ウォルターが問う。

 静かに頷いたメイシェンに、ウォルターは口を開いた。

 

「…と…、確か『勘違いしてほしくないのは』まで話したンだっけ? ……勘違いして欲しくないのは、オレはお前らの事はいままで会ったヤツらよりは大事にしてるつもりだ。…オレはどうやったらいいのかよく分かンないから、ゲルニとか、あんま関わらないヤツにはあまりわかってもらえないってこた分かってる」

「………ウォルター先輩」

「だけど、それでもお前ら……このツェルニにはそれなりに思い入れもある。だから、危ない眼にあってるヤツをそうそう放って置く気もない。…まぁそりゃ、オレだって選り好みはするかもだけど…、少なくとも、十七小隊とか、お前らとかは助けるつもりだ。……えっと、その……、なんて言やぁいいのかな……」

 

 ウォルターは、どう言えばメイシェンに的確に伝わるのかと思考を巡らせ、首をひねる。

 そんなウォルターに、メイシェンはここが暗く怖いと感じる場所であるとほんの少し忘れ、くすりと小さく笑いをこぼした。

 逆にウォルターは更に首を傾げ、メイシェンに困ったように聞く。

 

「……なんかオレ、変な事言ったか?」

「…いえ、ウォルター先輩のイメージ、思っていたのと違ったので」

「オレのイメージ?」

「もっと厳しくて、怖いようなイメージがあって、…その…」

 

 メイシェンが口ごもった。

 口ごもるメイシェンにウォルターはほんの少しだけ肩を竦め、続きを言うよう促す。

 

「……人を突き放しているような感じがしていました。…えっと、自分の世界に踏み入らせないような、感じ……で」

 

 メイシェンの言葉にウォルターは確かにな、と内心頷いた。

 簡単に関わってこないよう、そういう対応をしているというのもあるが、七割程はそういう性格だからだ。

 

「でも、本当は凄く優しい人ですね」

「…優しくなんてねぇさ、オレは」

「優しいですよ。…だって、わたしの作った料理を褒めてくれました。それに、手、握ってくれているから」

「………………」

 

 メイシェンなりの気を紛らわせようという配慮だったようだ。

 要らない気遣いをさせてしまったな、とウォルターは自らに苦笑した。

 

(……ウォルター)

(ん?)

(さっきの話だけど)

(あぁ、うん、なンだっけ)

 

 歩きながらルウが声をかけてきた、ウォルターはなるべく表情に出ないようルウと会話する。

 

(さっきの、「差がありすぎる、だけどきっとこれは」のつづき、だよ)

(あぁ、それね。…きっとさ、これは埋まらなくていい差なンだよ)

 

 ウォルターが納得して、そうルウに“言った”。

 それでもルウは納得がいかないという雰囲気で眉を寄せた。

 

(また、どうして? 埋まっていった方が、ウォルターにとっては楽でしょ?)

(楽か、と言われれば、そうでもないンだよな、これが)

(どういうこと?)

(オレ以上のヤツが現れられると、いざそいつが敵になった時に殺せない)

(……まあ、もっともらしいといえばそうだけど。…でも、例えばレイフォン・アルセイフが敵になることはそれこそ無いと思うんだけど)

(言いきれはしない。なによりアルセイフはオレを嫌ってる)

(それ、そう言うのはウォルターとニーナ・アントークだけだと思うよ)

 

 ウォルターはルウの言葉に内心で首を傾げた。

 だがそこに関してはもうなにも言う気は無いらしく、話を切り替えてルウはウォルターに鋭い声音で言って来た。

 

(……あのさ、嘘つくのやめようよ)

(嘘じゃない。オレは言っただろ? “アルセイフに大きな怪我はねぇ”って)

(うん、そだね。……レイフォン・アルセイフには、ね)

(そういうなって。……せっかく堪えてンのに)

(僕が一旦でも消そうか?)

(いや、いい。別に…な。死なないし)

(……やっぱり、嫌いだ)

 

 唇を噛み締め、ルウが低くそう呟いた。

 

(…ルウ…)

(そうやって何でもかんでも背負い込むウォルターも、それに気づかずにのんきにしてるヤツらも。…言わないからわからないってのはあるかもしれないけど…。……やっぱり、殺したい。ふざけるなって感じ)

(…お前がオレを思ってくれてるのはわかってるから。頼むから実行するなよ)

 

 ルウの不機嫌な声にウォルターは苦笑して言葉を返す。

 

(でもオレはそうは思わないな。実行してるのがオレだからってのもあるかもだけど)

(嘘つき)

(嘘じゃないさ。ただ、人間適材適所があるってことだよ)

(……僕もだけど、ウォルター人間じゃないもん)

(揚げ足をとらない。それとあっさり言ってくれるな、結構ぐさっとくる)

(今更じゃないか。わかってるでしょ?)

(わかってるって、だからだろ?)

 

 はぁ、と小さく溜息を吐き、ウォルターは視界に闇を映す。

 

(ところで、結局なにが分かったの? さっき)

(ん? …………………悪い、なんの話だ?)

(差がありすぎる、の前にわかったって言ってたこと。どうしてしようと思ったのかって話)

(ん……、あぁ……それか)

 

 ルウの問いに答えようとしたと同時、ニーナ、シャーニッドが姿を現した。

 

「ウォルター、メイシェン、レイフォン、無事か?!」

「あぁ、アントーク。平気だ。ふたりとも無事だよ」

「お前は平気なのか?」

 

 ニーナが訝しげにウォルターの顔を見た。

 

「へいきだよ、へいき」

 

 そういうと、一旦は安心した様子でニーナがメイシェンの方を気にかけ始める。

 少し間が出来たウォルターはルウに声をかけた。

 

(…ルウ、さっきの…、分かった事っていうのは……)

(ウォルター? ちょっと、どうしたの?)

 

「ウォルター、おい、平気か?」

 

 シャーニッドの声が鼓膜をゆすった。

 自分でも分かる。

 息が荒い、身体が熱い、頭痛がする

 身体が痛い、軋む、辛い、苦しい

 激痛が頭を焼く、思考を焼く、視界を黒が埋めていく

 

 それでもルウに言葉を紡ぐ。

 

(…それは…オレがきっと……、……“----------”に……、憧れてるからだろうな…って、思ったんだ)

 

「ウォルター!!」

 

 そうだ。きっとそうなのだ。

 元々純粋に“人間でない”からこそ、そう思うのだ。

 気の迷いなどでではない、純粋な思い。

 

 シャーニッドの焦った声が響く、ウォルターの身体は傾ぎ、シャーニッドに対して倒れこむように抱きかかえられる。

 ウォルターを抱えたシャーニッドが狼狽した声で腕の中で力なく瞼を落としていくウォルターに声をかける。

 シャーニッドの声にきづいて、ニーナが駆け寄って来た。

 

「どうしたんだ、ウォルター?!」

「おいウォルター、しっかりしろって!」

 

 新たに来たニーナも、シャーニッドの声もやはり焦りをはらんでいる。

 ウォルターがらしくないと思いつつ、“中”で心配しているルウに声をかけた。

 

(……ルウ……、やっぱり…オレらは、きっと……)

 

(……ウォルター……ッ!!)

 

 ルウの声が脳内にこだまし、ウォルターの意識は完全に落ちた。

 

 


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