「な……っ?!」
ウォルターは眼を瞠った。
外縁部とは言え仮にもここは自立型移動都市の中だ。
それなのに、何故か崩落を始める。
―――――脆くなっていた……? いや、それにしては…
崩落は的確にウォルター達が居る場所のみで起こっている。崩落の限界はすでに決まっていて、その範囲は自然崩落にしては狭すぎた。
「どういうことだ…!?」
ウォルターがそう眼を逸らした一瞬に、レイフォンが横を通り抜け、落下するメイシェンへと向かう。
レイフォンがメイシェンを抱えた瞬間、足場が消失した。重力に従い下降する中、レイフォンがナルキの名を呼ぶ、しかし手は届かない。
レイフォンは届かないと気付いていた瞬間、ウォルターに視線を向けていた。
「ウォルター……!」
遠い声が、ウォルターを呼んだ。
「アルセイフ、トリンデン!!」
呼び、手を伸ばす。しかし当たり前ながら手は届かない。
瓦礫に囲まれたウォルターは、強く舌打ちをした。
(ルウ!)
咄嗟に呼びかけた。
ルウの答は応と来る。
即座に領域が展開され、あたりの瓦礫を消し去っていく。
―――――もう、つべこべ考えている暇は無い!
ウォルターは瓦礫が消えた事により開いた穴に飛び込む、そしてそのまま一気に下降した。
随分と先に落ちたか、レイフォンとメイシェンの姿を見つける事は出来ない。
ウォルターはらしく無い焦りに急かされる。
―――――くっそ……!
ウォルターは金の腕輪を叩いて刀を復元すると、目の前や前方、両サイドから飛び交う石つぶて、鞭のようにしなる配線コードを切り刻み進む。
さばききれないものはすべてルウが“拒絶”していく。
そして数分落ちた頃、ようやくウォルターの視界がレイフォンとメイシェンを捉えた。
「アルセイフ、トリンデン! 無事か?」
後ろからレイフォンの服を掴んで引き寄せる。
レイフォンはしっかりとメイシェンを抱えて守っていたものの意識がやや朦朧としていて、どうしたのかと見ると額から血が流れていた。
どこかでぶつけたのだろうと思うのだが、ウォルターはそれ以上に深刻な状況に気がつく。
―――――こいつ……!!
「あ、ウォルター、先輩……!」
「…っち、トリンデン、舌を噛むと危ないから口と、ついでに眼も閉じてろ!」
ウォルターは刀を元に戻し、即座にレイフォンを抱え直してメイシェンもあいた腕で抱える。
空気を肺にとりこんで、そして息を止める。そして足に剄を収束、そして、自身と同じように下降していく瓦礫を踏みつけ、蹴りだす。
「…………………!」
メイシェンが眼を瞠り、眼をつむった。
こんな速度で移動するのは当たり前に初めてだろう。
武芸者でも、普通は一般人を抱えてこの速度で移動することはない。
何故ならばこの速度で行動すれば普通の人間は死んでしまうからだ。
ただ、ウォルターはルウの領域によりその空気抵抗……身体に掛かる負荷、圧力をすべて“拒絶”している。ウォルターを中心として半径3メートルは完全に“拒絶”されているのだ。
その為、その内部に居るメイシェンに負荷がかかることは絶対に無い。
それは、この領域内という“世界”の決まりだ。
―――――このまま、行く!
目の前に開いた裂け目……通れるか通れないかというその小さな亀裂。
メイシェンは眼を閉じている。
レイフォンに関しては特に現在注意する必要もない。
ならば、行ける。
ウォルターは2人を抱え直して刀を復元する。
―――――壊せ
ウォルターがただ、上から下へ刀を振り下ろす。ただ、それだけの行動。
まるでそれは一瞬を切り取ったかのように、静謐な動きのみがその場に残り、ウォルターはそこへと突き進む。
瞬間、亀裂が“砕ける”。
ウォルターの「己に仇為すものすべてを破壊する」という異界法則。
それは、“ウォルターという存在”の“世界”が持つ“完全なる法則”が影響を及ぼした結果だ。
雨のように降り注ぐ瓦礫の群を抜けきり、一旦砂地に着地する。
メイシェンは少し身体をこわばらせていまだ眼をつむったまま。レイフォンは虚ろにこちらを見ているが、やはり動けるような気配は無い。
それを少し心配しながら、ウォルターは体勢を低くして砂地を進む。目の前に突き刺さる瓦礫をすり抜けながら進むと、少し先に穴が見えた。
「行くか」
上方から降る瓦礫を避け、身を翻して穴に滑りこむ。
地下の機関部の端らしき場所であった穴の中で、ウォルターはレイフォンとメイシェンを下ろした。地面に足がついた事でメイシェンも少し落ち着いたようで、ウォルターは静かに声をかける。
「平気か?」
「は、はい…。なん、とか」
「……少し眼でも瞑っとけ。ここに居るから」
メイシェンはほんの少しだけ眼を逸らして、背を壁に預けてこわごわと眼を閉じた、片手はウォルターの服の裾を掴んだまま。
それに少し苦笑したウォルターは、地面に下ろしたレイフォンの額に触れる。
―――――やっぱり血が足りてないか…。それにこいつ…
背中の骨、おそらくそれに異常がある。
抱えた時からわかっていたことだった。
背に手を回した瞬間、それこそ僅かな変化ではあったけれど顔を歪ませていたのをウォルターは見ていた。
(しょうがねぇな)
(待って、ウォルター)
(ルウ?)
自分が行おうとしたことに対して制止がかかり、ウォルターは首を傾げた。
(“願い”を使うつもり? だめだよ、そんな事。レイフォン・アルセイフだって子供じゃないんだし、自分で治せるよ)
ルウの言葉にウォルターは沈黙を返す。
その沈黙を戸惑いととったのか、ルウは厳しい声音で言う。
(ウォルター、行き過ぎはだめだよ。干渉は最小限に、そうでしょ。それにせっかくウォルターだけが使えることを、他人の為に使うなんて)
ルウの言葉にウォルターは一瞬思いとどまる。
現在数少ない現存する異民―――といってもこのレギオス世界に“形を持って存在して居る”異民は闇と少女、ウォルターそしてルウの4人だ―――の中でもウォルターだけが使える、「願いを叶える」という異界法則。
それは上限付きであり、もうそれは残り少ない。
もとよりウォルターは、この世界に来た時点で2つ消費している。
これはもう残りが少なくて、厳選した願いのみに使うべき。
それはよくよくウォルターもわかっている。
分かっているのだ。
だが……
―――――それで、いいのか
ウォルターは自らの両手を見た。
かねてよりウォルターは“人を救う”なんて事はして来なかった。間接的に救うことはあっても、それでも“救った”と言い切れる事はしていない。
別にいまさら、かつての行いを払拭する為に誰かを救いたいなどとは微塵も思っていないが、それでもひっかかる。
―――――オレは、どうするべきなんだろうか
きっと、迷わず救う。
それが“正しい筈”の判断だ。だが、方法が方法である事と、レイフォンももう転んで泣き叫ぶような子供ではないのだ、自分の怪我は自分の責任、そういう事であるとわかりきっている。
では、何故迷っているのか。
時間がないとわかりつつ、ウォルターは自らに問いを落とした。
いままでの自らの行い
世界の成り立ち
柄にもない約束
変わらない日々
変わる世界
変わる自分自身
変化を求める世界
変化を求める精神
守る意志を持つ若き命達
―――――あぁ、そうか……、
ニーナ達、十七小隊。
ツェルニを守るべく懸命に走る若き命
そんな命に歩み寄りを見せる自分の精神
らしくもない問い、思い、思考、そしてすべての根源である約束。
―――――……そうか、そういうことだったのか