明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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模擬小隊戦、開始

 

「……ほっ、と」

 

 訓練はすぐにはじまった。

 ウォルターは右から来たレイフォンの剣を錬金鋼で受け流して、上半身をひねりつつレイフォンの襟首を引き掴む、そのまま勢いに任せてレイフォンを投げ飛ばす。

 一瞬息が詰まったのを見逃さず、容赦なく蹴りを放った。

 

「がっ」

 

 後方にレイフォンが飛んだのを視認すると、左、正面からフラッグへと走るニーナ、ナルキの前に移動して剄を練る。

 外力系衝剄を変化、夜叉。

 錬金鋼に凝縮された剄を、そのまま振る勢いに乗せて霰弾として放つ技だ。

 中距離、遠距離に適しているこの剄技は、事実あまり攻撃としては向いていない。

 これは錬金鋼の性能が直に反映される技でもあり、錬金鋼はツェルニ製の為あまり威力は期待できない。

 

「っく…!」

「あまいな」

 

 ウォルターがニーナとの間合いを詰める。左の鉄鞭は錬金鋼で、右の鉄鞭は素手で掴み、そのままニーナの手をひねらせて錬金鋼を手放させた。

 

「なにっ!?」

 

 ついでにナルキの錬金鋼を足で蹴り上げ、そのまま足でナルキの腕を絡めると全身を捻ってナルキの体勢を崩させる。

 崩した勢いのまま、ニーナのまだ握られている錬金鋼に蹴りを放ち、衝撃で後方に飛ばす。

 ナルキは体勢が崩れた事に伴い片膝をついた。

 

 後方に接近、1 射撃弾数、5  到達まで、2.6

 後方よりレイフォン・アルセイフ、到達まで、0.63

 

―――――2秒あればアルセイフは潰せるな

 

 ウォルターは復活したレイフォンの錬金鋼素手で掴む。

 

「なっ?!」

 

 気付いていた事だけでなく、どちらかと言うと錬金鋼を素手で掴んだことに驚いたらしい。

 ツェルニの錬金鋼は安全装置がかかっている為刃引きがされている。棒状の錬金鋼……ニーナの鉄鞭のような錬金鋼を掴むならばいいが、ましてや剣を掴むとは思っていなかったようで、レイフォンの身体がこわばる。

 だがそれに動じること無く、ウォルターはレイフォンに向かって錬金鋼を突き出す。

 

「っ!」

「あまいぞ」

 

 すんでのところで躱したレイフォンの錬金鋼を捻り、そのまま手の握りを緩ませるとウォルターは開いた手で掌底を放った。

 

「ぐっ」

 

 それはレイフォンの顎を直撃し、レイフォンが後方に傾ぐ。

 

―――――あと、0.6秒……

 

 ウォルターの眼は飛来する弾丸すら捉える。

 錬金鋼で弾丸を叩き落とし、そのうちのひとつを発射源に弾き返した。

 

「うわっ」

 

 遠方からそんな声が聞こえて、狙いは確かだったとウォルターは確信する。

 

「あー、あまいねぇ……、甘い……もの食べたい」

「訳がわかりません」

 

 再び錬金鋼を構えるレイフォンと対峙する。

 ウォルターは呆れた顔をしてレイフォンと鍔迫り合いをする。

 

「……甘いって、言ってるだろ?」

 

 後方よりニーナ・アントーク さらに後方、ナルキ・ゲルニ

 

 鍔迫り合いから剄を発してレイフォンをはじくと、その余波でニーナ、そしてその後ろから追撃のため来ていたナルキまでも弾き飛ばす。

 後方の2人にはそれだけで充分、ウォルターはレイフォンの足元に向けて左への蹴りを放つ、レイフォンは跳躍してそれを避ける。

 だが、そこまでもウォルターの計算。そのまま右手で裏拳に剄を乗せて放つ。

 外力系衝剄を変化、鋼拳・龍突。

 活剄衝剄混合変化、金剛剄。

 

「あっ」

 

 レイフォンが咄嗟に金剛剄を使った為、ウォルターの剄技が防がれる。

 

「ちょこざいな」

 

 レイフォンがにやりと口角をあげ、ウォルターはそれに対して楽しそうに笑みを浮かべる。

 

―――――ふぅん、生意気

 

 ウォルターが内心でそう呟き、レイフォンに向かって剄技を放つ。

 外力系衝剄を変化、喰剣。

 外力系衝剄の変化、閃断。

 ウォルターの錬金鋼から放たれる斬線型の剄と、レイフォンの錬金鋼から放たれる斬線型の剄がぶつかり合い、喰い合う。

 それが一瞬剄と剄の衝突という衝撃波を作り出し、2人を後方に引かせる。

 

―――――踏み込む……!

 

 レイフォンがそう思い一歩を踏み出そうとした瞬間、それは目の前にいた。

 

「もらいっ」

 

 鮮烈な笑みを湛えて。

 ウォルターが突き出した右腕はレイフォンの腹を捉え、レイフォンをさらに後方へと弾く。

 ぱたぱたと服についた埃を払いつつ、ウォルターは呟く。

 

「んー、あれはあれで強いンだがねぇ」

 

 大きく伸びをしたウォルターは、再び向かってくるニーナとナルキの相手に専念した。

 

 

 訓練が終わった頃には、ウォルター以外は動けない程疲労していた。

 シャーニッドは後方援護しかしていなかったが、それでも定期的にウォルターの攻撃の餌食になっていた為、なにげに体力を削られていたらしい。

 

「ふー…。あ、そうだ、ウォルター」

「んー?」

「悪かった点と、良かった点を言ってくれないか?」

「え、めんどい」

 

 さらりと流そうとしたらしく、ウォルターが変なところで真顔になって言う。しかしニーナに睨まれ、しょうがないと言わんばかりに溜息をついて各自にアドバイスを始めた。

 そんな様子を横から見つめるナルキは、ウォルター・ルレイスフォーンという存在について、酷く傲慢なイメージを抱き始めていた。

 

―――――この人は、武芸に対してどう思っているんだろう?

 

 ナルキにとって、武芸とは他の人を守るものであり、自らを高める存在であるといっていいだろう。しかし、それが必ずしも誰にでも適応される訳ではないと分かっている。

 だがそれでも、ウォルター・ルレイスフォーンという人物にとっての“武芸”とは、あまりにも軽すぎるような気がするのだ。

 

「えーっと、ゲルニは……、」

 

 名前を呼ばれたことで、ナルキは考えをうちきった。

 

「足に剄が足らないかってとこ。まぁ内力系活剄は割といい筋いってると思うし、意識すれば出来るようになると思うが……、まぁ、そこはおいおいやっていけばいいだろ」

 

 ウォルターはひとつあくびをして話を切った。

 それをニーナに咎められて苦笑する、そんなことはこの小隊では日常茶飯事のようで、ナルキはその事に何処か納得のいかない気分になる。

 もちろんナルキは自分の立場というものはわかりきっている。

 自分は入ったばかりで小隊のことに対してまだあまり理解をすることができていない。

 しかし、それでもどこかひっかかるのだ。だがそれは、きっとこの小隊の人間に言っても誰ひとり真面目にとりあってはくれないのだろう、と何気なく思った。

 何故ならウォルター・ルレイスフォーンという存在は、周りの許容によって本人も気付かない程大きく擁護されている。

 いいや、擁護、という言い方は正しくない。

 周りの人間が、ウォルター・ルレイスフォーンという存在はそれでいいと、認めてしまっているのだ。

 

―――――だからだろうか

 

 ウォルター・ルレイスフォーンが、あそこまで武芸に無関心であっても誰ひとりそれを問おうとしないのは。

 胸にもやもやとしてはっきりしないものが居座り続けることに対して気持ちの悪さを感じながら、ナルキはもう一度十七小隊の面々を見つめた。

 

 

 


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