明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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新たなる決意と、思考

 

 レイフォンとハイアはお互いにすれ違い、レイフォンの右頬には切り傷ができた。

 ハイアが切り返しを行おうとした瞬間、レイフォンの青石錬金鋼に触れた鋼鉄錬金鋼が崩れ落ちていく。

 外力系衝剄の変化、蝕壊。

 レイフォンが、ハイアに初めて会った時に使った剄技。

 それを今度はレイフォンがハイアに放ったのだ。

 

「……くそぅ……」

 

 ハイアが地面に伏した。レイフォンは鋭い眼差しで傭兵団を威圧し、その場に縛り付ける。

 血を吐いて倒れたハイアだが、レイフォンの錬金鋼は安全装置がかかっており、刃引きされている。その為肉を断つ事は出来ないが、衝撃はハイアの内蔵にまで届いた。肋骨は折れているだろうし、内臓器にも随分なダメージがいっていることだろう。

 レイフォンはハイアに目もくれず、ただ傭兵団を威圧する。

 

「…………………」

 

 静かに成り行きを見届けていたウォルターは、ゆっくりとレイフォンに歩み寄り、頭を撫でた。

 

「もういいぜ、アルセイフ」

「…ウォルター…」

「ん?」

「……………………僕、」

「もういい、そう言ったぜ」

 

 ぐいっと頭を抱き寄せ、抱え込むようにして髪をかき混ぜる。

 いつもなら反抗してくるのだが、いまはそうもいかないらしい。

 ぎゅ、と小さく服が握られ、レイフォンの身体は小刻みに震える。

 悔しいのか、情けないのか。それとも、他の念がなにかあるのか。

 なにで泣いているのかは、ウォルターにはわからない。

 それをウォルターは知ろうともしないし、知ろうとも思わない。

 だが、いまはただ、落ち着くまで居て欲しいのだろうと察するのみだ。

 

「よくやったよ。頑張った。お前は頑張ったよ」

 

 背後で、廃貴族の気配が消え、風にのって声が聞こえた気がした。

 

 

「愛していた。そして、さようならだ」

 

 

 それは、ひとつの物語の終わりを知らせる言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 少し落ち着いたらしいレイフォンはそそくさとウォルターから離れていった。

 ウォルターはそれを苦笑交じりに見送り、ハイアの方へと歩み寄る。

 

(……ウォルター・ルレイスフォーン)

 

「よう、フォーア」

 

 ハイアの近くにいた念威端子から聞こえる機械質の声が、ウォルターの名を呼んだ。

 ウォルターは気軽に機械質の声……フェルマウス・フォーアに答えた。

 

(お久しぶりですね)

 

「あぁ。ところで、うちのモンが悪かったな。だからって訳じゃねぇが、オレがハイアをそっちの放浪バスまで運ぼうと思うンだが」

 

(それは助かります。すみません、迷惑をかけてしまって)

 

「いいや、うちもうちだったしな。おあいこってことで」

 

(そうですね)

 

 ウォルターはハイアを担いで歩き出す。

 

「……ウォル、ター……?」

 

 気付いたらしいハイアが、小さく口を開いた。

 小さく開かれた口からは、切れ切れの声が紡がれる。

 

「しゃべんな。きついだろ、いま」

「…………………負け、ちまったさ」

「…その割に楽しそうだな」

 

 ウォルターが苦笑して言うと、ハイアが眉を潜めて、言った。

 

「弱いヤツは、要らない……さ?」

「ンなこたぁねぇよ」

 

 ウォルターは一瞬苦笑を渋面に変えたが、すぐに苦笑した。

 

「ごめん、さ~……負けて」

「別に。…と言うか、お前ら嫁姑みたいな言い合い人の前で……ってか、本人の前ですンのやめてよな」

「あれは重要だったんさ~……。……絶対、譲りたくない」

「あー、そうですか」

「…そうさ」

 

 ハイアの力強い肯定に、ウォルターは溜息をこぼした。

 正直、「恥ずかしい」の一言に尽きる。あの言い合いは。

 なに人の前でくそ真面目に恥ずかしい言い合い繰り広げてくれてンだ、と叫びたくなった。

 言わなかったけど。言えなかったけど。あんまりにも2人が真剣すぎて。

 

「……今回は、負け…たけど。次は、勝つ。強くなる」

「……あぁ」

「天剣授受者にだって、なる。なってやるさ」

「楽しみにしてるよ」

「…………………うん」

 

 ハイアは、ウォルターの雑だけれど柔らかな優しさを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

「ディン・ディー」

 

 帰ってきた部屋で、ウォルターはベッドに寝そべりながら呟いた。

 シャーニッド・エリプトンに関係する、“ディン・ディー”の記録は一旦終了した。ウォルターはディン・ディーについて得ている知識を思考でまとめる。

 

(今回のことは、どうだったンだろうな?)

 

 ウォルターが何気なくルウに声をかけた。中のルウが首を傾げ、ウォルターに問う。

 

(どういうこと?)

(アルセイフにとっても、うちの十七小隊にとっても。微妙じゃないか? 今回)

(……うん、そうだね。でも、今回の事はきっと成長につながったと思うけど)

(なら、いいンだが……)

(うん、大丈夫だよ)

 

 今回のことは、おそらくいろいろな意味で辛いことだっただろう。

 ニーナもニーナで自分の“正義”を通すために行動を起こした。

 しかし、ナルキにとってそれは不必要な“正義”ととれただろう。

 2人だけではない。

 今回の一番の当事者であるシャーニッド、そして、ハイアのこと。

 シャーニッドは、ディン・ディーについて、そしてダルシェナ・シェ・マテルナについても。

 レイフォンについては、ハイア都の対人関係についてもだったが、刀という自らが封じたものを強制されて使うという、苦渋の決断をしていた。

 

(まぁ、レイフォン・アルセイフが辛い状況に居ることはいつものことだし…、しょうがないことといえばしょうがないことなんじゃないかな?)

(そう、かもな)

(だったら、ともかく今日は寝たらどうかな。今日は疲れたでしょ?)

(……そうだなぁ……、寝るか)

(そうそう、寝よう)

 

 ルウが軽くあくびをして言う。

 ウォルターとしては、ルウは“この中”で眠くなる事があるのかどうなのかわからないので、そのあくびが、“人間としての名残”なのだろうかと何気なく考えつつ、眼を閉じた。

 

 

 


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