「…………………」
(イオ先輩、ハイアが野戦グラウンドに…!)
「あぁ、気付いてる」
フェリの焦ったような声が念威端子から聞こえる。だが、ウォルターは至って平常運行。のんびりとした声音で対応したのだが、それが癪に障ったらしい。
(何故行かないのです!)
「アルセイフが居るからだよ。あいつが居ンなら、オレが出る幕じゃあねぇだろう」
(……そうも、言っていられないのでは?)
「かねぇ? そうなったらそうなっただ。ま、観戦には行ってやろうかな」
ウォルターはそう言ってその場から姿を消した。
レイフォンとハイアの剄があたりに撒き散らされる。
野戦グラウンドに飽和していく剄は、時に衝剄となりあたりを無差別に破壊していく。
レイフォンを止めようとしたナルキをニーナが止め、言葉をかける。
「レイフォンなら大丈夫だ」
「けどっ、相手はあのサリンバン教導傭兵団ですよ? 勝てる訳が無い」
ナルキが言い放った言葉。
ニーナは少し苦笑交じりに言葉を繰り返し、後ろから声がかかる。
「平気だってー。アルセイフだし」
「ウォルター、先輩……。……あなたは、心配という言葉を知らないんですか?」
「ん~? 心配で人間が死ななけりゃいいンだけどな。とはいえ、アルセイフだってもう誰かに何かをやってもらわないと死ぬようなガキじゃないンだ、放っとけ」
「…………………あたしには、あなたの言い分はわかりません」
ナルキは鋭い眼差しでウォルターを見た。
しかしウォルターは相変わらずの笑み。
「ま、お前基準で言われてもな」
「な……っ」
「ってことで、おとなしく待っとけ」
ウォルターはそう言って両腕を頭の後ろで組む。
茫然としたナルキに、ニーナは呆れた顔をして告げた。
「まぁ……、安心しろ。あいつがあぁ言っているということは、あいつが信頼している証拠でもあるんだ」
「……そう……なんですか…?」
「なんだかんだ言って、心配性だからな。レイフォンを信頼していなかったら、ハイアと対面すらさせないだろう」
―――――それなんて過保護
ナルキが内心で結構な衝撃を受けた。ニーナはある種の自信を持って言い、レイフォンを見ている。
「それに、レイフォンも強い。なにより、ウォルターもな。……上には上が居る。2人を見ていると、痛感させられるよ」
ウォルターは、静かに構えたまま動きを起こさないレイフォンとハイアを見つめていた。
ディンの元にミュンファ・ルファが居る事もすでに把握済みだ。それでもそちらはシャーニッドと第十小隊ダルシェナ・シェ・マテルナに任せた。
ウォルターは自らの出る幕では無いといったん眼を伏せる。
先程ニーナがそちらへやや遅れて走っていった事も知っている。
だが、それでもいいと思った。
―――――あんたは分かるべきだ
シャーニッドは少し昔よがりになる時がある。
もう、いまのシャーニッドの居場所は“ここ”なのだと、わかってもらうには良い場所だろうとウォルターは何気なく思う。
きっとそれはウォルターも同じなのだろうけれど。何かにつけ、過去を思い出すのはそういうことなのだろう。
自嘲気味に笑みを浮かべ、再びレイフォンとハイアへと視線を戻した。
ハイアが警戒は解かないまま、口を開いた。
「……お前はあの人を嫌ってる」
「…………………」
「あの夜、お前と会った時にお前の態度で分かった。……なのに、どうして一緒に…同じ所に居るさ」
「……成り行きだ」
感情は沈殿させたまま、レイフォンが答える。
「お前、あの人の事憎んでるんじゃなかったんかさ」
「…そうだよ。ウォルターの事は、いまでも時々腹が煮える気になる」
ハイアが、“ウォルター”とレイフォンが呼び捨てにする事に顔をしかめた。
―――――あぁ、腹が立つ
ハイアが初めてウォルターという存在に出会ったのは、ウォルターが天剣授受者の時だった。
あの頃はそれなりに技術も見についてきていて、少し気分が高かった時だ。
初めて会った時の彼の瞳は、いまでも覚えている。
酷く冷め切った瞳をしていて、酷薄な眼をしていた。そして勝負を挑んだハイアを手酷く潰してきた。自信もプライドも何もかもを叩き潰すだけ叩き潰して、去っていった。
あの時は本当にどんなヤツだと思いもしたけれど、後に知り合ううちに段々とウォルターという人間に“尊敬”と“憧れ”を持った。
絶対という強さを持って、それでいて誰かと近くなるわけでもないその強く輝く存在に。
このひとを、もっと知りたいと思った。
このひとに、もっと近づきたいと思った。
だからこそ、気に入らない。
皆に同じ思いを抱けと言いたい訳ではない。
ただ、“レイフォン”だから気に入らないということもあると、分かっている。
しかし、譲る気もない。
―――――譲ら、ない
ハイアは眼差しをきつくしてレイフォンを見据えた。
「お前みたいなのが、ウォルターの事を呼び捨てにしてんじゃないさ」
「…………………」
「同じ所になんて、居たくないんじゃないのかさ? お前は。ウォルターの事手酷く嫌ってるお前は」
「…少し前まではね」
「……?」
ハイアが怪訝に眉を寄せた。
レイフォンの、沈殿された筈の感情が浮上してきている。
「少し前まではそうだった。ウォルターとなんて一切関わりたくなかったし、思い出すことも嫌だった。でも……、でも、ウォルターが僕のことをあんなに考えてくれているなんて思ってなかった。僕はまだ子供だったんだ。ウォルターは、僕を支えてくれると、僕の力になってくれるといった」
ハイアの表情が変わった。
「前までの僕だったら、そんな事信じなかっただろうと思うよ。でも、いまは……いまの僕は……」
そうだ。
ウォルターの思いを知った。知らなかったウォルターを知った。
だからこそ、いまだからこそ言える。
「……僕は、ウォルターと居たいと思ってる。ウォルターが僕を支えてくれるなら、僕もウォルターを支えたいと思った……! 僕も、ウォルターと一緒に……、邪魔だと言われるかもしれない。来るなと、関わるなと、関係ないといわれるかもしれない。それでも僕は、ウォルターと共に戦いたいと思った…! それが…、それが、いまの僕の答だ!!」
感情に反応し、剄があふれだす。
ハイアは唇をかみしめて、レイフォンを睨みつける。
レイフォンは強い激情から、ハイアは強い憤慨から、剄を膨大に放出する。
「お前にゃ、譲れねぇさ」
ハイアがそう言い放ち、動くべく機を待つ。
放出された互いの剄が剄を食い、いなし、叩き付け、切り崩す。あらゆる斬線が思考上で、視線上で絡み合う中で、ハイアが叫ぶように言い放つ。
「……お前みたいに、身勝手な思いだけで本領を隠すヤツなんて、あの人の隣にふさわしくねぇさ!!」
「っ……! 身勝手なんかじゃ、ない!!」
ハイアが言い放った言葉に、レイフォンが怒気をあらわにして、動いた。