明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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“ハイア・ライア”と“レイフォン・アルセイフ”

 

 結局詳しい話はレイフォン達も交えてすることとなり、生徒会室で解散した。

 アパートに帰るウォルターの半歩後ろをついて歩くハイアにウォルターは眉を寄せる。

 

「どうした?」

「……ウォルター…。その…」

「なンだよ」

 

 ウォルターが問い返すがハイアは渋った様子でなかなか言葉に出そうとしない。

 仕方無いと思いながら、ウォルターは足を止めてハイアの方を見た。振り向かれたハイアはウォルターから顔を背け、視線を合わそうとしない。

 

「……ウォルターは……あいつの事、どう思ってるんさ……?」

「あいつ……? あぁ、アルセイフの事か?」

 

 ウォルターが問うと、ハイアはゆっくりと頷いた。

 その問いに、ウォルターはどう答えようかと首をひねる。

 レイフォンを“支える”と言ったことに対して、偽りは無い。何故ならば、これからの事に必要だからだ。それだけを言うと何処か利己的な事のようにも感じるが、そうはいっても必要な事は必要なことだ。

 それがなければ世界が滅ぶかもしれない。だが、そんなことはハイアに言っても通じる筈も無いし、レイフォンに言ってもこれは同様のことなのだ。

 

「…いまは、オレはあいつの先輩だからな。出来るなら、助けになってやらないとだめだなぁって思ってるよ」

「……そう……、かさ」

「ん、」

「その事……あいつはどうなんさ? あいつは…そういう風なのかさ?」

「…どうだろうな。あいつはオレを嫌ってるし、あいつ自身、あんまりオレに関わりたくねぇンじゃねぇのかな」

 

 ハイアはウォルターの言葉に沈黙した。

 その沈黙はウォルターにとって「そうだろうな」という肯定のように取られたらしく、やや肩を竦めてウォルターは苦笑していた。

 だがハイアからすれば、それは違った。

 

―――――そんな訳無いさ

 

 何故なら、あの時のレイフォンの態度がそれを物語っていたから。

 ウォルターは基本対人関係に対してあまり興味を持たない。感心を持たない。だからこそ、ああして鈍感でいられる。

 だが、ハイアはそうはいかなかった。

 それでもその否定の言葉は飲み込んで、ウォルターには微笑んだ。

 

「ま、そういう点じゃあ、当たり前におれっちが勝ってるさ~」

「っは、そうかもな。お前は犬っぽいし」

「え、犬?」

「犬っぽいよ、お前」

「わー、凄まじいさ、それ」

「そうかぁ?」

 

 ハイアが苦笑いしながら「そうさ~」というと、ウォルターはまた笑って手を振ってきた。

 

「さて。もう帰るよ。じゃ、な」

「そか。じゃあ」

 

 ハイアも手を振り返し、ウォルターの背が消えるまでそちらを見続ける。

 その背が消えた頃、ハイアの思考はすでにツェルニへ来た夜へと飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうさ~、三代目さ」

 

 ハイアは不敵に笑った。

 目の前に居るのはレイフォン・アルセイフ。

 かつて、天剣授受者だった男。

 かつて、ハイアの親とも呼べる男に褒められていた男。

 そして、それを愚かな行為ですべてをなくした男。

 

「……………………」

 

 目の前の男……レイフォンは、ハイアを見て酷く嫌そうな顔をしていた。

 

「サリンバン教導傭兵団が違法酒に関わっているなんて、初めて知ったよ」

「悪いがあれはここに来るのに利用させてもらっただけさ~。おれっち達は特に関係無いのさ」

「……………………」

 

 ハイアは挑発的に笑う。

 その笑みに対してレイフォンは酷く嫌そうだったが、それでも視線は外さなかった。

 

「……まったく、お前はせっかくあの人から直接天剣をもらえたっていうのに、だらしのないヤツさ~」

「……あの人……?」

「おや、忘れちゃったのかさ? お前の前座ヴォルフシュテイン、ウォルター・ルレイスフォーンさ」

「!!」

 

 ハイアの口からその名前が出ると、レイフォンの表情が驚愕に染まった。

 いや、グレンダンに拠点を置くサリンバン教導傭兵団の人間が、天剣授受者を把握している事自体はおかしいことでは無い。

 だが、レイフォンは酷くその名前に対して狼狽した。

 

「なんさ、やっぱり覚えてるのかさ?」

「……覚えているもなにも、毎日顔を合わせているからね。嫌でも忘れられそうに無い」

「…………どういうことさ?」

「…ツェルニ、武芸科3年。ウォルター・ルレイスフォーン。…僕の先輩に当たる」

「……………………ふ~ん……そりゃ、面白くない」

 

 今度はハイアが驚く番だった。

 だがそれは一瞬で、どちらかと言えばこの都市に居ることが出来れば久々に会えるということの喜びの方が大きかった。

 だがいま、それはどうでもいい。

 いまはそれ以上に平然とその名が自分より浅く、ウォルターを嫌っている“こいつ”からその名前が出ることが気に入らない。

 レイフォンがウォルターを嫌っていることなど、表情や雰囲気からすぐに読み取れる。

 それは、現状においてどんな感情よりも読み取りやすかった。

 

「……で、お前はウォルターの事嫌いなのかさ?」

「…それはそうだよ。あんな人、いままで会った事無い。それに、僕はウォルターみたいな人が大嫌いだ」

 

―――――やっぱり、気に入らない

 

 ハイアはそう思ってレイフォンの言葉に眉を寄せた。

 目の前に立つレイフォンは、瞳から感情を沈殿させていく。そんなレイフォンを睨め付けるハイアは、内心酷く苛立っていた。

 

「……お前みたいなヤツが、知ったような口を聞くなさ」

 

 ハイアが動いた。

 レイフォンが復元していた錬金鋼で迎撃する。

 夜の闇に響き渡る乾いた金属の衝突音が、一瞬の静寂を呼ぶ。

 

―――――ウォルターの事を嫌っているくせに、呼び捨てするなんて

 

 ハイアの癪に触っていたのはすべてそれだった。

 

「…お前なんかが、ウォルターの事を呼び捨てにしてるんじゃないさ」

 

 レイフォンの瞳が一瞬揺らいだ。

 ハイアはそれを見逃さず、レイフォンの錬金鋼を弾くとそのまま一歩踏み出て剄技を放つ。

 外力系衝剄の変化、蝕壊。

 ハイアが繰り出した剄技はレイフォンの青石錬金鋼を破壊すべく、錬金鋼にひびをいれた。

 ひびのはいった錬金鋼を見て顔をしかめたレイフォンを見てハイアが口角を上げる。

 

「その程度かさ? ヴォルフシュテイン」

「……………………うるさい」

 

 レイフォンは現在の錬金鋼に走らせることの出来る最大の剄を走らせた。

 そしてそのまま錬金鋼を振りかぶり、ハイアと衝突した。だが、青石錬金鋼は砕け散る。

 砕け散った青石錬金鋼の欠片の向こうに、会心の笑みを浮かべたハイアが居た。

 しかしレイフォンは動きを止めない。そのまま口を開く。

 

「かぁぁッ!!」

 

 外力系衝剄の変化、戦声。

 ハイアが仰け反る。

 同時にレイフォンの蹴りが腹にとんできた。それを間一髪でしのぎ、腕で防ぐ。だが勢いに負けて後ろに蹴り飛ばされ、背後にあった建物に激突する。

 がらがらと建物が倒壊し、ハイアは大きく舌打ちをした。気配を潜ませると、レイフォンの覇気も消えた事を確認する。

 そこから蹴られた腕を押さえながら、ハイアはその場を去る。

 

―――――くそっ…

 

 内心で悪態をつきながら、ハイアは屋根の上を駆けていく。

 

―――――……あれは?

 

 見覚えのある姿に、ハイアは一瞬視線を奪われた。

 そして先程レイフォンの言っていた言葉を思い出した。

 

―――――あぁ…そういう事、かさ~…

 

 自らの視線の先に居る、ツェルニの制服を来た見覚えのある青年。

 その青年がそこ居る事に、レイフォンに対して強い羨望を抱いた。

 だからそれを少しでも彼にぶつけてやろうと思った。

 彼は決してそのことには気付かないけれど、少しでもこちらがちらつかせてやればいいのだ。

 ハイアは眼帯で顔を少し隠して、錬金鋼を手に跳躍した。

 

 

 


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