ウォルターは縁の空間を流れていた。
縁の空間は流れが柔らかく、喧騒を生きるウォルターにとってはある意味の安らぎでもある。
「……はぁ……」
(ウォルター、大丈夫?)
「………なにがだ?」
(だって、なんだかとっても疲れているみたい)
「…そんな事ないぜ。いつもと変わらない」
(そうかなぁ……)
「そうだよ」
ウォルターはルウにそう言葉を返し、上方を向いた。
「……はぁ」
もう一度溜息をつくと、ウォルターは縁の空間を抜ける。
するりと飛び出したウォルターが場所は、ニーナの出身都市である仙鶯都市シュナイバルだ。とは言え、ウォルター自身は別にツェルニのゴタゴタが面倒くさいからといってツェルニから逃避行しにきたというわけではない。
会いに来たのはこの仙鶯都市シュナイバルの意識である、電子精霊シュナイバル。
「さてと、機関部に行こうか」
電子精霊と機密に話す場合であれば、縁の空間で話すのが一番だ。だが、ウォルターは縁の空間を使ってあちこちを行き来出来るだけで、本来の電子精霊達のように電子精霊を呼び出す事は出来ないのだ。
「あー、オレも出来たらなー」
そう呟きながら機関部の入り口へと滑りこむ。機関部の入り口はほぼツェルニと変わりがない。
つまり、機関掃除をしているウォルターにとっては特に苦にならない。
機関掃除は本当に多くの人間が行なっている為、ほぼ活動している人間を把握していない。
その為、特には数人程度が見知らぬ人物がいた所で気にもされない。
ウォルターは迷わず機関部を進み、そして人の目が一瞬他へと向いたと同時に機関部の下へ跳び下りた。
重力が加算し、ウォルターは地面に垂直降下する。
一番下に到達する前にルウの領域が働き、ウォルターは地面に衝撃を受けること無くふわりと着地する。
「華麗な着地……、か?」
(疑問形なの?)
ルウは柔らかく笑った。
ここにレイフォンが居たらきっと鬱陶しいような、呆れたような顔でウォルターを見るのだろう。
(……ねぇ、ウォルター)
「うん?」
ウォルターは機関部の更に奥に行くために歩く。声をかけてきたルウに、やんわりと問い返す。
(僕はさ……)
ルウは何気なく呟いた。ルウは、ウォルターと共に居ることを望んでいる。
そしてそれは何よりもの願いであり、ルウにとってはなにがあってもかなってほしいと望んでいることだ。
だが、はたして。そう、いま思ってしまった。そしてそれを問うことが、酷く恐怖と感じた。
「…ルウ?」
(……なんでもないよ。行こう?)
「……………………そだな」
ウォルターはルウがなにも言わなくなった為、話を切り上げて歩き出す。
「…シュナイバル!」
最下層にたどり着いたウォルターは、都市の電子精霊であるシュナイバルを呼んだ。
「……いないのか?」
(いない筈は無いと思うけど)
電子精霊だし、とルウが付け足した。ウォルターもその筈だと頷く。
だが、シュナイバルは姿を現さない。
「……シュナイバル! 出てこい!」
「…騒々しいですね」
「……………はぁー……やっと出てきやがったな。遅いンだよ」
「妾が悪いと言うのですか?」
「そうだよ」
にやり、とウォルターは笑みを浮かべ、目の前に現れた半獣半人の電子精霊を見やる。
呆れた雰囲気を漂わせ、シュナイバルはウォルターを見やった。
「……ともかく…あなたは何故ここへ来たのです?」
「…みなまで言わないとわからないか、シュナイバル」
「……あの都市のことですか? それとも…哀れな道をゆく我が子のことですか」
「どっちもだ。報告に来たって訳じゃあないンだが、お前のところに来るのが得策かと思ってな」
「…何故です?」
「オレは縁の空間を使うことはできるが、お前みたいに電子精霊を呼ぶことは出来ないし、電子精霊と意思疎通が出来る訳でもない……。となれば、お前に聞くのが一番だろう」
この都市は、唯一電子精霊を生み出す事のできる都市だ。つまり、現在世界に存在する都市……電子精霊達は、このシュナイバルから生まれた者達が多いということだ。
少し前に行った都市……メルニスクは、このシュナイバルという都市にある、“リグザリオ機関”という機関から生まれ、そして都市となった。
要するに、メルニスクはシュナイバルの子供にあたるということだ。
「……そういうのはまた正論と言えば正論です。しかし…、あなたがここに来るというのは感心しませんね」
「……………………しょうがないだろ」
「しょうがない事なんてないでしょう。あなたは妾達と別行動して違う道を見つけると選んだ。ならばやり切るべきでしょう」
「……だが、それでも事の把握をしなければならないだろう」
「………そう、とも言えますね。ですが……」
「意味のない問答を繰り返す気はない。…メルニスクの事、お前は把握しているのか、していないのかどっちだ」
「……………………していません」
質問の末、シュナイバルはそう告げた。ウォルターは顔をしかめ、シュナイバルを見た。
「していないのか?」
「えぇ、していません。妾はただ電子精霊を生み出し、都市になることを願うのみ。妾はここで時を待つのみです」
「……じゃあ、無駄足だった…か」
「そうでもありません」
シュナイバルの否定に、ウォルターは首を傾げた。しかし、シュナイバルは沈黙を選んだ。
どうやらその事に関しては答える気は無いらしい。
「……わずかながら、運命が動き出しました」
「それは知ってる」
「……ならば、まっとうしてください。あなたがすると決めたことを」
「……………………言われなくたって、やるさ」
ウォルターはバツが悪いという顔をしながら、踵を返し、そのまま縁の空間に飛び込んだ。
シュナイバルは、ウォルターが去った場所を見つめ、静かに眼を伏せた。
「……あなたには言う必要が無いのです。何故ならば、あなたは必ず知ることになるからです。あなたは……そういう運命の上に立っている。そして、必ず知ることになる道を歩んでいるからです。あなたはそうなることを選んだ」
そう呟き、シュナイバルは自らもすべきことのために消えた。