「悪いな。今回は…色々と手間な事件が起きていて」
「構わねぇさ、オレを巻き込まないならな。第一、オレには特に関係ねぇし」
「……関係ない、か」
「だろう? 違法酒なんてモンはオレの興味の範疇に無い」
フォーメッドが感慨深そうに呟くと、ナルキがその隣で納得がいかないという顔をした。
「………………同じ生徒なんですよ? それに、興味があるとか無いとかそういう問題じゃないと思います。……そう言い方は……」
「無いと思う、か?」
「………………」
ナルキはウォルターの問いに頷く。ウォルターはそれを気配で悟ったようだが、それでも鼻で笑った。
「だけど、オレの興味が無いことは確かだ。一番それを危惧してんのはお前ら都市警察や、治安が乱れるという点で危惧する生徒会だけだろうよ」
「…けど、やっぱりそういう話でも無いと思います」
「…そうかもな? まぁでも、情けをかけるということでは、そいつはそれ以外どうしようもなかったらどうする? 違法酒を使わなければなにも成せないようなヤツだったら?」
「……でも、ここでは禁止されています。……もしも都市の為だったとしても……それは悪だ」
「…………悪、ねぇ…………」
ウォルターは感慨深く呟いた。義を持って事を成しても、手段によっては不義とされる、か。
―――――まぁ、ねぇ……ゲルニの考えもまた、義ではあるな
悪いことは悪い、だからやってはいけない。それは正しいのだ。理の中ですべての根底、基礎としてあることだ。だがそれを必ずしも正しいと言えるのは、まだ“知らない”からだ。
それでも、ウォルターやレイフォンのような存在には、どうあがいても来るのだ。
いくらだめだとわかっていても、何かをやらなくてはならない時が。
その手段が不義だとわかっていても、それを義として通さねばならない時が。
―――――そう考えると、アルセイフはそれを思い知るのが早かったよな
義として行ったことが、周りからは不義だと罵られる。世の中、そういうことがあってもおかしくはない。だが、あいつは知るのが早すぎた。
その為に、幼い意志をこなごなに打ち砕かれた。
それだけの話なのだ、簡単にいえば。
そう、それだけの話だ。
そう思考している間に練武館の入り口にたどり着いた。ウォルターは扉を指す。
「さてと。ともかくってことで、ここだ。オレは別の用事あるからちょっと先に会っててくれ。すぐ戻る」
「分かった」
「分かりました」
ナルキ、フォーメッドと別れるとウォルターはさっさと歩きだした。
用事と言っても、特に大事な用事では無いのだが。
そう思いながらウォルターはツェルニの屋根を駆け、そのまま縁の空間へと飛び込んだ。
縁の空間というものは、なんといっても不思議だ。
ウォルターは“ここ”が出来る前のゼロ領域について知っているが、ゼロ領域のようでそうではないこの空間は、何処か不思議な感覚に陥る。
それでも、剄というものはオーロラ粒子……剄を練る為の元素となるもの、がやはり干渉している。
もとより、あの隻眼の男に植え付けられたものが因子としてこの世界に散らばって現在の「武芸者」というものが生まれただけであり、ただの発展型にすぎない。
それでもやはりオリジナルが優っているのであろうと思うと、首を傾げる事になるのだけれど。
縁の空間では、辿り着くまではそう時間はかからない。だが、やはり考える時間というものは存在する。
ウォルターはなんとなく追想して、やはり思うのだ。
自分はすべきことをできているのだろうか、と。
現在ウォルターがここに居られるのは、ルウの領域が咄嗟に発動し、隻眼の男の右目の効力が届かない領域へとウォルターの周囲が変化していた為だった。
それ以外になにもなく、それ以上でもない。
あぁ、と思う。この世界は、こじつけの世界。
哀れで愚かな男が、たったひとりの少女を守るためにいま尚続く戦いの戦地、戦場である。
だが、この世界……レギオスの人々はそれを知らない。
本当にこのままでいいのだろうか。
世界の誰もが自らの存在する世界について知らず、運命の歯車を回すグレンダン、そしてツェルニに眠る闇、電子精霊達……それらだけが知っているだけで、果たしてこの世界の人々は満足出来るのだろうか?
なにもわからないけれど、それでもツェルニという舞台は必要な舞台なのだと、ウォルターは個人的に思っている。
武芸の実力は、グレンダンが補う。ならば、ツェルニが存在して、ツェルニが運命の歯車として活躍すべき場は、と言われれば。
それは、まだ答えられない。過去を行き来出来ても、未来は不確定要素が多すぎてウォルターにはどうすることも出来ない。
そうなれば、ウォルターは見定めることしか出来ないのだ。過去を知り、いまを知り、そして未来を定めていく。
選択肢を増やすこと無く、確実に役目を果たすことが出来るよう、ウォルターは精一杯取り組むことしか出来ないのだ。
「と言っても、オレはなにも大層な事は出来ないけどな」
自嘲気味にそう嘆息して、ウォルターは縁の空間の先を見た。
「……そろそろか」
そう呟いて、ウォルターは縁の空間の中で溜息をこぼした。だけどどうせ、抜けるまでのもう少しの間ウォルターは考えに耽る事になるのだけれど。