明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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“リーリン・マーフェス”の存在

 

 グレンダンでは王女……つまりアルシェイラとリーリン・マーフェス、そしてデルク・サイハーデンが謁見するらしい。

 少し前のグレンダンに潜伏していた汚染獣の事で、とのことだ。それはそれで少し気になる。

 今からこの時間のまま行った所で途中になるとは思うが、まぁ顔をだすだけはただかとグレンダンの王宮へ降り立った。

 

「………………あれ」

「あっ………………」

 

 だが、そうはならなかった。

 

「久しぶりだな、デルク・サイハーデン」

「ウォルター・ルレイスフォーン……、お久しぶり…ですね」

「オレに敬語はいらないよ。もう天剣授受者じゃない訳だし。数年前の話だからな」

 

 警護当番の武芸者の所へ連れてきてもらった筈が、そこに居たのは元天剣授受者、ウォルター・ルレイスフォーンだった。

 リーリンもデルクも、何故彼が居るのかと驚いた。

 

「まぁ、いろいろあってな。オレも当事者だから出たほうがいいかと思って」

 

 にや、と笑みを浮かべたウォルターは、気軽にリーリン達に話しかける。だが、リーリンはやはり戸惑いを隠せず、視線を泳がせた。

 

「ともかく、だ。あの女王に会うンだろ? ささっと行こうぜ」

 

 ウォルターを先頭にして、謁見の間に入る。

 御簾の向こうに姿を隠すアルシェイラを見たデルクは、ソファの前まで来ると膝を折った。そして、リーリンもそれに伴い同じ動作をした。だが、ウォルター1人が笑みを浮かべたまま頭を垂れなかった。

 アルシェイラは何処か訝しいような雰囲気を見せた。

 

「……すまないが…先に聞かせてもらう。ウォルター・ルレイスフォーン、何故ここに居る?」

 

 厳粛な空気の中、アルシェイラがウォルターに問うてきた。

 内心びっくりしているんだろうな、と思いながらウォルターはくつくつと笑い、敬語は忘れないままに軽い口調で言った。

 

「いやぁ、オレも当事者ですし来た方がいいかと思いましてね」

「………………それだけ、か?」

「えぇ」

 

 アルシェイラの確認をさらりと流して、普段のアルシェイラには胡散臭いと言われるであろう笑みを浮かべた。

 溜息混じりな女王の合図でもう一つ椅子が用意され、ウォルターは遠慮なく座る。

 デルク達は不躾だ、と言うような視線をウォルターに向けていたが、ウォルターはそれに対して肩を竦めただけだった。

 

「まぁ、座りたまえ。そこの失礼の塊もすでに座っていることだ」

「酷いですねぇ、陛下」

 

 ウォルターは再び肩を竦め、侍女が用意したお茶に口をつける。

 

「……そういえば、あれは元気にしているかい?」

「えっ?」

「レイフォンだ。あれは元気にしているのかい? それとも、手紙のやりとりもしていないのかな?」

「あ、はい。……あっ、いえっ、してます!」

 

 アルシェイラの突然の問いにリーリンが狼狽した様子で答えている。ウォルターはそれにくつくつと笑い、リーリンがややむっとした顔を向けてきたので笑みを苦笑に変えた。

 

「笑っているが、いまあちこちを旅しているキミはあれの事を知っているのかな?」

「アルセイフの事ですか? ……まぁ、元気と言えば元気ですよ。なんとも言い難いですけどね」

「………………いまのレイフォンを、知っているんですか? ……その、ウォルター…さんは」

「まぁね。知ってるといえば言ってるけど、興味が有るかと言われれば無い無い」

 

 けらけらとウォルターが笑うと、リーリンは少し俯いて考えこんでしまった。

 おや、と思いながらウォルターはリーリンを見る。

 

「おーい、マーフェス?」

「あ、はい?」

 

 ぱっと顔をあげてウォルターを見たリーリンと、目があった。

 

―――――……あ……

 

 そこで、気づいた。

 

―――――……そうか……、アルモニスがこいつを大事にしている理由は、そういう事か……

 

 気付けば、面影はあった。誰かに似ていると思っていた。だが、片方の血が濃いのだろう、知っている方の面影がうす薄くてわかりづらかったのだ。

 ヘルダー・ユートノール。

 そして、かつてグレンダンで起きた事件、メイファー・シュタット事件。

 メイファー・シュタット。

 グレンダン王家の狙い。いずれ来る筈の“運命”。それを迎える為の準備。

 天剣授受者。そして、因子。

 

―――――そういう事か

 

 感じていた懐かしさは当然の筈だった。

 本来ならばアルシェイラ、アルシェイラの子供にでも受け継がれる筈の“運命”が、神様の悪戯によりこんななんの力もない一般人に受け継がれたのだ。

 

―――――修正をかけるべきだったんだろうか

 

 メイファー・シュタット事件については、ウォルターも関係していた。

 人知れず活動していたが、それでも人の心を完璧に動かすのは無理だと言ってもいい。

 ならば、これこそが“運命”か。

 

「いやです」

 

 は、と物思いに耽っていたウォルターは現実に引き戻される。話は刻々と進んでいたようで、リーリンとデルクはすでにソファから立ち上がっており、謁見の間から出て行くところだった。

 

―――――オレ、この癖直したほうがいいかも……

 

 考え事に耽ると周りの言葉を聞いていないというのはなかなか困った癖だ。

 今度から直すか、と溜息をつくと、すでに御簾を外したらしいアルシェイラが伸びをしていた。

 

「ウォルター、後半聞いてなかったでしょ」

「別にいいだろ、オレには関係ないンだから」

「……そうだけどね……」

 

 アルシェイラは困ったようにウォルターを見たが、ウォルターはウォルターで肩を竦めた。

 

「あんた、いいの?」

「なにがだ?」

「あんたはレイフォンと同じ所に通ってるんでしょう? だったらいろいろと知ってるはずでしょう。リーリンに教えてあげてもいいじゃない」

「………………いや………………。教えるようなことはなにもないよ」

 

 ウォルターはそう言って平然とお茶のおかわりを淹れて貰うとお茶を口に含んだ。

 

「で? 実際どうなのよ。女王権限で教えなさい」

「…ん~…。最近はー…なんかちょっとふらふらしてたみたいだが、大分安定してきたみたいだ」

「そうなの?」

「あー、うん」

「適当ね? その言いぶりは」

「……いや、そうでもない。……と思う」

「なにそれ」

 

 あやふやなウォルターの言いぶりにアルシェイラは肩を竦めた。ウォルターは特に気にせず、やはりお茶に口をつけるだけだ。

 

「あんたねー……。まぁいいんだけど。あんたらしくて」

「そういうあんたがずっと神妙な顔を御簾の向こうでしてンだろうなぁ、なんて思うとオレはやばい程腹が震えたぜ」

「………………あんた、ほんっとあんたよね」

「おう。やばい程オレだ」

 

 にやり、と笑みを浮かべて2杯目のお茶を飲み干すとソファから立ち上がった。

 

「あら、もう行くの?」

「あぁ。オレはオレのやることをする。向こうでやるべきことがあるからな」

「……そう。気をつけてね」

「っは」

 

 ウォルターは笑いをこぼし、踵を返すと手を振った。

 

「あんたらしくねぇな」

 

 アルシェイラには自分のことはそれなりに伝えてある為、そのまま縁の空間に飛び込んだ。

 ツェルニへと帰還する。

 

 


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