「じゃあなにさ?」
「簡単だよ。なんでツェルニに居る?」
「それこそ簡単さ、ウォルターに会いに来たのさ~」
「………………………………」
「じょ、冗談さ! その冷たい眼はやめてほしいさ!」
じとりとハイアを睨む。ハイアはすぐにたじろぎ、慌てて言葉を紡ぐ。
何故こんなにハイアになつかれているのか、正直ウォルターにはよくわかっていなかった。
天剣授受者時代、丁度グレンダンに帰ってきていたハイアの所属するサリンバン教導傭兵団というところに顔を出せとアルシェイラに言われて顔を出した所、このハイアに出会ったのだ。
一応同年代なのだが、どうも自分より子供らしい所ばかりが眼について(ウォルターの実年齢がこの世界の誰よりも上ということもあり)、犬かと思う時もある。
何度か手合わせをしたことはあるし、その度になついてくるし。
今では顔を合わせればこの状態だ。本当に犬かと思う。
前世の魂は犬なんじゃないかな、と思いながらハイアの言葉を待った。
「おれっちがウォルターに会いたかったのは本当さ~。おれっちだってまた強くなったから見て欲しかっただけさ。けど、本当の狙いはそれじゃない」
「……廃貴族、か」
「お、知ってるさ?」
「まぁな。ルッケンスから余興まじりに聞いたことがある程度だが。で、それがどうかしたのか?」
「その廃貴族がここにいるって話、さ。元々は隣の都市にいたみたいだけど」
「………そういやぁ、探索中にアルセイフが正体不明のなンかに接触した、って言ってたな。オレは見れなかったけど、…キンピカピンの牡山羊を見たとか」
「へぇ……キンピカピンの牡山羊か、さ?」
「そ」
ウォルターが手で形を作りながらそう言うと、ハイアは興味深そうに頷く。だが、ウォルターが言った名前にハイアが眉を寄せた事をウォルターは見逃さなかった。
「…ところでお前、アルセイフと何か一悶着あるのか?」
「えっ」
「眉。寄せたろ」
「………………本当にウォルターには隠し事出来ないさ~……。……あいつは、おれっちと同じサイハーデンの流派さ~。その癖して、本領である刀を使わずにずっと剣使ってるのさ」
「……そう言われれば、サイハーデンは刀の流派だったな。けど、あいつ天剣授受者決定戦の時も剣だったぜ」
叩き潰したけど。最後にそう付け足すとハイアは苦笑しながらカップに口をつける。
「まぁ簡単に言えば、おれっちはあいつが気に入らないってことさ~」
「あ、そ」
「……本当にそういう所淡白さ」
ハイアはそう言うが、ウォルターは肩を竦めただけでその言葉を流した。
淡白なのは知っている。人が死のうとも平然としているようなのだ、その程度では動揺もしない。
―――――そういや昔はもっとすごかったなぁ……
昔から比べたらいまはまだまだ平和だ。
汚染獣程度の脅威なんて目じゃない生活をしていたウォルターからすればそう思う程度。
敵に高度な知能があればあるほど殺すのが面倒だし、何より人というだけでめんどうな騒ぎが起こる。人が死ぬなんて日常茶飯事の世界が昔だったが、それでも一応“警察”というような組織は動いていた。あれに見つかるのだけは本当に勘弁願いたい。
人が敵でないだけでこうも楽なのかと正直思う。
こういうことは他人には言っていないが、言ったら非人道的だと罵られるのだろうか?
ハイアにでも言ったら、驚愕してもう寄ってこなくなるのではないだろうか。
そんな事を思うが、それで独りになる恐怖は微塵も無く、そうなったらそうなったで面白いなと思う程。
昔に思考が飛びすぎていたなと気持ちを切り替えて、ハイアに向き直った。
「それで、オレにどうして欲しいって言うンだ? お前は」
「さっすが、話が早いさ。ここのトップに会いたいのさ。廃貴族を捕まえる手伝いをしてほしいってね」
「……ふむ……まぁ、あいつに掛け合うくらいなら出来るな」
「本当かさ?」
「あぁ。だが、その前に一応あった方が良さげなヤツがいるけど」
「ウォルターから話聞いたから別にもういいさ」
「あ、そ。……じゃあいいや……と言いたいところだが。オレはいろいろとやらないと行けない事がある。そいつの場所を教えてやるから言って来い」
「え~~~」
ハイアが面倒くさそうに声をもらす。持っていたカップの中はすでにからのようで、テーブルにカップを置いた。
ウォルターはハイアの反応に眉を潜め、テーブルの上に置かれたカップを手に取る。
「いいから行け。お互い、やる事があるだろう。……弁当やるから」
「行くさ」
本当に早いな、と思いながらも適当にプラスチックケースに詰められそうなものを選び、サンドイッチが楽かとてきぱき作業を進める。ハイアも台所にやってきてにょきっと後ろから顔を出した。
「なに作るんさ~?」
「行ってからの楽しみの方がいいだろ? 椅子に座っておとなしく待て」
「………………」
待てに反応したのか、台所の入り口前にハイアが立つ。
「そこでか。いいけどよ…」
ともかく邪魔をされなければいいか、とウォルターは作業を進め、完成品をプラスチックケースに詰め込んだ。
ずっとそこに居るかと思っていたが、脱いでいたコートを羽織に行ったりしていない間に、プラスチックケースを袋に入れてハイアに渡す。
「ほら」
「感激さ~! ウォルターの弁当なんてはじめてさ」
「言ってねぇで早く行け」
「了解さ~!」
上機嫌で去っていくハイアをやれやれと見送り、ウォルターは精神を集中した。
そして、縁の空間に飛び込んだ。