「それより、少し意外でした」
「なにが?」
「良い人なんだなーって。それに、メイのお店にも定期的に行ってるって」
「……あー、いつも世話になってるよ」
「お菓子好きっていうのも、ちょっと意外」
「……そうか?」
「…………です」
ミィフィとメイシェンが頷き合っている事に少し頭を掻き、ウォルターは肩を竦めた。
「でも…ギャップっていいですよね」
「ギャップ? ……なにがギャップなンだ?」
「あぁ……レイとんと同じタイプなんですね、ウォルター先輩」
「………………?」
ミィフィの言葉に首を傾げたが、ミィフィはにやにやと笑って答えてはくれなかった。
(ルウ、分かるか?)
(ふふっ)
(…わかってるな、その笑い方は)
ウォルターがルウの笑い声にミィフィの言っている意味を理解していると思ったのだが、ルウもはっきりと教えてはくれない。
(気付かなくていいよー。ウォルターはそのままでいいし)
(なンか引っかかる言い方なンだが……まぁいいか)
特に何か関係も無さそうだった為、いいかと放った。
だが、後ろで唸るレイフォンの声がだんだん聞こえなくなって来たことに後ろを振り返ると、ナルキが怒りのあまりレイフォンの首を締めすぎていると気がついた。
結局ナルキを宥めるのには時間を要した。
レイフォン達と先にわかれたウォルターは、一足先に練武館へ向かう為屋根の上を跳んでいた。
「………………ん~」
ひょいっ、と身体を回転させてくるくると回る。回りつつ体勢を変えたりしながらも屋根を跳んでいく。
「ん~」
最近の移動手段がこれの為かよく屋根の上で回っているなぁ、とか関係ないことを考えつつウォルターは首を傾げる。
唸っている理由は、別に先程のミィフィ達との話を気にしているわけではなく、実質はこの都市から遥か彼方遠くのグレンダンにあった。
数日前の白炎都市メルニスクにおいてあった戦闘の最中にグレンダンで起きた戦い。
それはウォルターがしなくてはならない事として準備をしている事象からすれば、それはそれはとても小さな出来事だ。
潜伏であった、そしてなかなか姿を見せなかったという為に時間がかかったということも把握した。だが、それでも思考を巡らせて居るのには理由がある。
ひとつは、やはりリーリン・マーフェスのことだ。気になった違和感は、この世界での違和感でしかない。ウォルターの感覚でいくと、どちらかと言えば違和感ではなく懐かしさだ。
―――――そう……異民、その感覚。それも……
よく知っている感覚。闇は世界に放たれている。獣もどこかで活動中。となれば………
―――――グレンダンが、因子の収縮に成功し始めた……いや、成功したってことか?
だが、それは本来グレンダン王家が継ぐ筈の事。
そこでふと、数十年前にグレンダンで起きた不可解な事件を思い出した。
―――――もしかして……
ウォルターもその場に居合わせた。誰にも気付かれてはいなかったが、必要な事かとのぞきに行ったのだ。
「ん―――――……」
まぁいいか、とウォルターは一旦その思考にけりをつけて、練武館の入り口前へ跳び下りた。
しばらく1人で硬球を使った訓練していると、ニーナが来たので2人になり、続いてレイフォンが来てレイフォンも加わる……そんな流れで十七小隊全員が集まった。
一旦ウォルターとニーナ、そしてレイフォンが硬球を撃つのをやめ、シャーニッドとフェリを交える為硬球を増やしている間、ウォルターが珍技に挑戦していた。
「あ、これ結構ぐらぐらする」
「……なにしてるんですか……」
レイフォンが呆れ果てた顔でウォルターを見た。散らばっていた硬球すべてを重ねて、その一番上の硬球にウォルターが立っている。
十五個の硬球はぐらぐらとしているものの、ある程度のバランスはとれていた。
「おー、これはいいもの発見したかも」
「馬鹿言ってないで準備してください」
レイフォンが硬球にむかって蹴りを放った、それより数瞬早くウォルターは飛び降り、にやりと笑みを向けた。
その笑みに対してレイフォンは酷く不機嫌になるが、ぱっとウォルターから眼を逸らして思考を切り替える。
「遊ぶな。はやく始めるぞ」
「へいへーい」
「……次こそは……」
ニーナが悔しそうにレストランのメニューを睨みつけながら握りしめる。
メニューは悪く無いだろうと言いながら、睨まれるメニューを哀れに思う。しかしそれ以上に握りしめ過ぎて握り潰さないかとやや懸念しながら、ウォルターは割と高めのメニューを選ぶ。
硬球をうちあう事もまた訓練だ。レイフォンの提案による、基礎の底上げの為の訓練。
ウォルターも良いんじゃないかと同意した。
今回の戦歴は、ウォルター0点の、フェリ3点、シャーニッドとレイフォンが12点、ニーナが13点、という事になった。
ちなみにレイフォンにぶつけたのはすべてウォルターであり、フェリやニーナにぶつけたのはシャーニッドとレイフォン、そしてこの二名のお互いである。
「大体、ウォルターは僕を狙い撃ちしすぎです。周りからも来るんですからどうあっても避けられる訳無いじゃないですか」
「へぇー、言い訳すンだ」
「……言い訳なんかじゃないです」
「お前戦場じゃそう言ってらンねぇンだぞ?」
ムスッとした顔でレイフォンが言った言葉に、ウォルターはメニューから視線は外さずに言う。そんなウォルターの言葉に対し、更にレイフォンがすねた顔で、つん、と視線を逸らした。
「知ってます。大体、こんな眼にあうことなんて絶対に無いです」
「それこそ無いだろ。オレとお前が絶対敵対しない確証なんて無いわけだし」
ウォルターが何気なくそう言うと、レイフォンは驚いた様子でウォルターを見た。しかしウォルターはレイフォンの方を見ておらず、注文を聞きに来たウェイトレスに料理を頼んでいた。
レイフォンはやや胸のあたりにもやがある事に気がついて、それを消そうと思考を切り替える。
だが、それよりも先にウォルターが小さく鼻で笑いながら肩を竦めていた。
「っま、今回ぶつけたのはさしずめ、愛のムチだよ」
「……死んでください」
「即答かよ。しかも言い方が辛辣だな」
「あなたにかける情けなんて無いです」
「邪なヤツにいわれたくないンだけどなぁ」
「な………………ッ」
「なぁ、ロス」
「……わたしにいきなりふらないでください」
「話で『話ふってもいい?』なんて聞かないだろ、普通」
レイフォンがぴしりと固まり、ウォルターはフェリと話を続ける。
「まずあなたは邪だということの意味がわかっていません」
「あー、それな。だって教えてくれないだろ、お前」
「それはそうです。面白いですから」
「おい」
「……なんの話だ?」
「アントーク、アルセイフが邪だってロスが言うンだが、この邪ってどういう意味だ?」
「………………わたしは知らん」
「エリプトン…先輩は?」
「あー、それはだなぁ……」
「っちょ、シャーニッド先輩!」
レイフォンが慌ててシャーニッドに声をかける。だがシャーニッドは余裕たっぷりに言葉の間にためをつくり、手を肩程まで上げて言う。
「そう、それは……男たちが一度は踏み入れる新たな領域……」
「よく分からン事を言いながらそしてそれに浸るな。さっさと言え」
「お前は雰囲気がわかってねぇなぁ」
「分かりたくもない」
「まぁ要するに、思春期……ってことだろ?」
「………………思春期? 思春期ってあの思春期?」
「そうだよ、その思春期。……あれ、思春期って何歳までだっけ?」
「大体、12歳から17歳までだ」
「じゃあ丁度真っ盛りだな」
「この場合の真っ盛りは14歳と15歳の狭間のような気がするンだが? まぁでもあながち間違いでも無いか……」
「そんなところだけ真面目に考えないでください」
レイフォンがやや涙目でウォルターを睨んだ。だがウォルターはけらけらと笑ってレイフォンの視線を流していく。
「そういえば」
口を開いたのはハーレイだった。ウォルターを睨んでいたレイフォンに声をかけ、少しうきうきした様子で告げる。
「この間の簡易版が出来たから、今度渡すね。最終調整に手伝ってもらうことになるけど」
「あ、はい」
「……この間のって……あの馬鹿でかいヤツか?」
「
ハーレイはそう言って微笑んだ。全員の注文が決まり、料理が並んだ。
「そういえば、あの硬球の訓練ってレイフォンが考えたの?」
「いや……あれは園長が」
丁度そのとき、がやがやとした音が近付いてきて会話が途切れる。
「………………ん?」
「………………お?」
ウォルターもその人物を視界にとらえた。
禿頭の、痩せぎすな男。
―――――確か……ディン・ディーだっけ?
届いた料理に手をつけ始めていたウォルターは、スパゲティを口に含みつつそう考えた。
第十小隊の隊長。元はシャーニッドが居た隊で、いまは仲が悪くなっていた筈。
そう考えているとシャーニッドとディンが何やら話しているようだったが、特に興味もないウォルターはもぐもぐと口を動かす。
「そっちの変わり者も相変わらずみたいだな。ウォルター・ルレイスフォーン」
「あン?」
声をかけられたウォルターはディンを見やる。
ディンの目つきには鋭いものがあり、それがウォルターを射抜くように見ていた。
「………………なにが言いたいンだ?」
「……いいや、なんでも無いな」
「あ、そ」
ディンが話を切った為、ウォルターも気にせず再びスパゲティに手を付け始める。
「ウォルターって、本当に色々と変ですよね」
「…どういう意味だそりゃあ」
「いや、物おじしないっていうか……」
「だったら素直に褒めろよ」
「嫌です」
「即答かよ……」
レイフォンの答えに苦笑いをこぼしつつ、ウォルターはスパゲティを口に含んだ。