明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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再会

「くくく」

 

 ふと、笑い声が漏れた。何年か前の出来事を思い出しての、思い出し笑いだ。

 

「どうした?」

「いンや、なンでもねぇよ」

 

 そういって、机の上にだらりと伏せる。

 呆れたように肩を竦めるこのクラスメートの反応も、いまではもう見慣れたものだ。いま、ウォルターは学園都市、ツェルニにいる。ウォルターとしては二度目の学園生活。

 現在は武芸科3年。隣にいるのは同じ十七小隊の隊長であり、クラスメートでもあるニーナ・アントークである。

 

「そういえば、今日は入学式だな。誰か有望な武芸者でも居ると嬉しいんだが」

「居たところで、うちみてぇな弱小小隊に入隊したいって奴はいねぇだろうよ」

「そう言うな! まったく、お前と来たら。お前、人一倍の実力があるのに、全力を出さないからこうなるんだ」

「いやいや。オレ一人が頑張ったって、小隊のプラスにはなンねぇだろ? その辺も考慮してンだよ、オレは。わかるか? この慈悲深さ。アントークもこれくらいの慈悲ってモンをだな」

「嘘をつけ、嘘を」

 

 ニーナに睨まれ、今度はウォルターが肩を竦めた。

 それと同時にウォルターは席を立ち、教室を出ようと扉へ足を向けた。そうすると、後ろから呆れた声がウォルターに話しかけてくる。

 

「まったく、本当にお前と来たら。今日の訓練、放るんじゃないぞ」

「へーいへい」

 

 適当な返事をニーナに返し、ウォルターは教室を出た。

 

 

 入学式。ウォルターも約3年前にしたものだ。

 当たり前のことではある。この学園都市に入学する上で、入学式とは重要なものである。

 

「あー、だるっ」

 

 首を回し、関節を鳴らす。そのまま廊下をのろのろと歩いていく。

 このような姿も、すでにツェルニではもう見慣れられたものだ。武芸科の制服を着ていなければ、誰もこのような姿のウォルターを武芸者であると思わないだろう。

 

「講堂で入学式だっけ? 先に行こうかな」

 

 混み合うと面倒だし、と呟きつつ、足を講堂へと向けた。

 

「結局、混み合ってンのな」

 

 溜め息混じりにウォルターが人の波をかき分け、席へと向かう。

 その過程のなかで、何か見たことのあるものを見た気がした。しかし、そのまま気にせずウォルターは人の波をかき分けていく。

 立ち位置につくと、丁度剄の波動が身体に触れた。

 ちらとそちらに眼をやると、どうやら他都市の諍いを持ち込んだらしい武芸科2人が剄を発していた。

 

「……………………」

 

 周りが動揺しざわめく中、ウォルターは冷静にその様子を見ていた。興味がない、と言った様子で、くだらない低レベルの喧嘩に手を出す気にもならない。

 人の波がウォルターにぶつかりながら、大講堂の扉へ殺到する。

 その中でもウォルターは一歩もそこから動くことはしない。

 ウォルターの眼は、2人の武芸者の剄の動きを捉えていた。汚く、淀んだ剄の流れと色。それらに眉根を寄せる。

 

―――――無様だ

 

 くだらない。

 あのような、見れば視界の暴力にしかならないような無様なものをみせられて、こちらとしては低レベル、技術力のなさ。

 すべてに反吐が出る。そう思いながらウォルターは鎮圧するべく足を踏み出した。

 1歩目は緩やかに、2歩目は少し強く。3歩目は……過激に。

 大講堂の床を蹴り上げる。剄は足裏に収束、弾けさせる。

 それと同時に速度は急上昇し、未だ押し寄せる人の波をすり抜けるようにして喧嘩の中心へと足を踏み入れていく。

 それとほぼ同時。もうひとつ、ここの生徒にしては巨大な剄の波動がウォルターの髪を揺らした。

 空気の波でさえ乱す事のできていないウォルターの髪をだ。

 その剄の波動は、どこかで感じたことのある懐かしい剄だと思った。

 どこだったかと考えて、その答えが出るよりも先にその姿を強化されているウォルターの視力が捉えた。

 

―――――あぁ……。あいつか

 

 鳶色の相変わらずなぼさぼさの髪、あのときは髪が長かったが、いまはばっさりと切ったらしい。

 そしてやはり相変わらずの感情の沈殿した瞳だ。

 ウォルターが天剣授受者として認め…てはいないものの、天剣を放りやった少年。

 

「レイフォン・アルセイフ……だっけか?」

 

 その呟きをしたとき、丁度2人の武芸者のうち1人にたどり着く。

 そのうちの1人の腕をねじ上げ、ひねると床に叩きつけた。

 むこう……レイフォンも同じような事をしたようで、武芸者が倒されている。

 よっこらせ、と言いつつウォルターは屈んでいた体勢からもとの体勢へ戻し、首を鳴らしながら、何気なくレイフォンへと視線を投げた。

 武芸科の制服ではない。一般教養科の制服だった。だが、剄にはかげりがないどころか、刹那感じた剄ではあったものの、あのときよりも磨かれた剄の感触がした。

 何故一般教養科の服なのかは気になったが、ウォルターはどうでもいいと思考の外へそれを放った。

 それよりもいま思考を占めているのは、そんなことではなく。

 

―――――また騒ぎ起こしちゃったなー……

 

 であった。数日前に生徒会室に呼び出されて怒られ。

 ニーナに怒られ。フェリには脛を数回打たれた。

 原因は自分ではないのに理不尽だと思いつつ、一ヶ月は暴れないと十七小隊と約束していたというのに。

 

「まだ謹慎3日目だぜ…勘弁してくれよ」

 

 大きく溜め息をつき、額に手を当てた。とはいえ結局見逃せば良かったものを見逃そうとしなかったのはウォルター自身の判断であるため、なにも解決はしない。

 再び溜め息をつく。

 とりあえず、一般生徒の防衛したってことでなんとか出来るかな? と言い訳を考えつつ、腰に手を当てた。

 そんな中、控えめな声がウォルターにかかった。

 

「あ、あの……」

「……なんだ?」

 

 声をかけてきたのはレイフォンだ。レイフォンは戸惑ったような声音でウォルターに問うてくる。

 

「あの、ウ…ウォルター……、ウォルター・ルレイスフォーン……ですよね? グレンダンの、元天剣授受者……ウォルター・ヴォルフシュテイン・ルレイスフォーン……です、よね?」

「…確かに、元天剣授受者ではあるが…ウォルター・ヴォルフシュテイン・ルレイスフォーンじゃねぇぞ。オレはただのウォルター・ルレイスフォーンだ。勘違いすンな」

「……やっぱり……。あなたなんですね。ウォルター…僕は…、……あなたに受けた仕打ち、忘れたつもりはありません」

「仕打ち? オレは忘れたねぇ。お前の言う“仕打ち”に対して……なにか、文句があンのかよ?」

「……あなたは、なにひとつ変わっていない。その、上から人を見下した態度も。その酷薄な瞳も。……僕は、そんなあなたが大嫌いだ。ウォルター・ルレイスフォーン」

 

 レイフォンの憎悪のこもった視線がウォルターに向けられている。だが、ウォルターはそれを溜め息ひとつで流す。

 

「つべこべ五月蠅い。手ぇ抜かれて、その上情けまでかけてもらって。だから屈辱でしたってか?あぁそうだろうな。だからなンだ? 他都市の諍いを持ちこまない。それが絶対だ。“規律は守れ”よ? 新入生レイフォン・アルセイフ」

 

 ひらりと手を振ると、後ろでレイフォンの剄が刺すようにウォルター自身の背に感じられた。

 よっぽど嫌われてンのか、オレ? そう思いつつ、大講堂を後にした。

 

 


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