ぱらり、と天井から砂が落ちてきた。
「……ってー……」
「………………!」
一瞬、こわばっていた身体から力を抜いて目の前を見ると、そこには見慣れない衣装を来たウォルターの胸板があった。
「ウォ、ルター…?!」
「無事か、アルセイフ」
「……ぼ、僕は……平気ですけど」
―――――……しまった…、…気まずい……
瞬時にレイフォンの思考を駆け巡ったのはそれだった。
ウォルターは怪我こそしていないものの、実質レイフォンをかばったのだ。
それにどう対応すればいいのか分からなくて、レイフォンは視線を泳がせる。だがウォルターは特に気にしていないようで、先に動き始め、立ち上がった。
「……手をかした方がいいのか、この場合」
「……結構です」
ウォルターが立ち上がった後に続いてレイフォンも立ち上がる。
右手に持ったままの青石錬金鋼を見て、レイフォンは剣を手放していない事に安堵した。
そして、少しだけまじまじとウォルターの格好を見た。
いつもの上着の下はこうなっていたのか、と。
場違いだとは思ったが、白から黒へのカラーチェンジはどうにも違和感がある。
黒色のニット素材のような服は、左肩がさらけ出されていて、そこには2つほど背中から胸に向けて黒いバンドが白のシャツに合わせて付けられている。
いつも締めている黒のネクタイも、こうして違う服で見ると雰囲気が違うのだ、とも思った。
「……なに見てンだ?」
「………………いえ、なんでもないです」
視線に気付いたらしいウォルターに問われ、レイフォンは頭を振った。そして気持ちを切り替えて、声を張る。
「ゴルネオ・ルッケンス! 生きていますか?」
レイフォンがゴルネオの生存を確かめ、ウォルターが周囲の警戒をする。
「どちらかと言えば、たすけたのだろう」
ゴルネオの言葉には苦渋が浮かんでいた。だが、レイフォンの言葉はやはりそれを斬り裂く。
ガハルド・バレーン。
ルッケンスでの部門を修める人物であり、あのサヴァリスの性格を考えると、ゴルネオを鍛えたのはあのガハルドなのだろうと思う。
だからこそ、気付けば遠くの存在になってしまっていたサヴァリスよりも、愛着がある。
そういうことなのだろう。
「……ウォルター・ルレイスフォーン」
「あン?」
ゴルネオに唐突に声をかけられ、ウォルターは少しだけ驚いた。
「…おれは、間違っているのだろうか」
―――――……やべっ……話聞いてなかった……
どうしてみんな個人で話していることをいちいちオレに聞くのか、と内心嘆息する。
ウォルターは大きくため息をついて、一言言う。
「……知るかよ」
「………………」
「考えることは自由だ。だけど、お前が気に食わないってンなら、お前は自分の道でアルセイフに示すしかねぇと思うぜ、オレは」
ウォルターの言葉に、ゴルネオもレイフォンも黙った。
正直、内心冷や汗をかいているウォルターとしてはその沈黙が痛い。
―――――……ごまかせた……か……?
(ウォルターったら)
―――――ルウごめん、いま本気で困ってるからやめてくれないかなぁ…?
脳内でくすくすと笑ったルウに反論したが、ルウは楽しそうに笑っただけだ。
どうやら後ろの2人にはきちんとかどうかは知らないが整理はついたようだった。だが、そんなか別の声が響いた。
シャンテの声だ。
「……?」
ウォルターがむき出しになった壁のほうを見た。
―――――ルウ、まさか……
(エア・フィルターは切れているみたいだ)
―――――先に言ってくれよ…
ウォルターは呆れながら思う。ルウは飄々と言う。だが、ウォルター以外には死活問題だ。
「あー、もう、さっさと脱出するぞ!」
(ようやく見つけました)
「フェリ! 無事だったんですね」
フェリから状況を手短に聞くと、ウォルターとレイフォンは向き直る。
ウォルターが錬金鋼のスタンバイをして、レイフォンがゴルネオに呼びかけた。
レイフォンが呼びかけたのと同時、ウォルターもゴルネオに声をかける。
「ルッケンス、さっきお前に投げた上着! それでちゃんとライテ包んどけよ!」
「お前は?!」
「オレは平気だから任せろ」
「……………………分かった」
少し渋っていたようでもあったが、ゴルネオの承諾を得てウォルターが錬金鋼を振りかぶり、同時にレイフォンも振りかぶった。
外力系衝剄の変化、閃断。
2人が同時に同じ剄技を放った。
内力系活剄の変化、旋剄。
ウォルターとレイフォンはまた同時に都市外に飛び出し、腕をふるって身体の向きを転換させる。
「くっ!」
レイフォンを汚染物質が焼く。ウォルターはすでにルウの領域が働いている為、汚染物質に焼かれることはない。痛撃に唸りながらレイフォンは鋼糸を展開しゴルネオを引きずり出す。
だが。
(まずい)
勢いを殺しきれていない。
鋼糸では補助できない事はウォルターもレイフォンもわかりきっている為、どうするかと思考を回転させる。
ゴルネオは意識を失っているらしく、すでに気力もない。そんな中、空中に踊り出たのは鮮烈な輝きを零す金髪を揺らした姿だった。
「隊長?!」
「アントーク?!」
2人を受け止めた衝撃は大きいのだろう、ニーナの表情が苦悶に歪む。だが、ニーナがゴルネオの勢いを殺してくれたお陰で、後3人にかかるのは重力のみとなる。
レイフォンの鋼糸がニーナ達を引っ張りあげ、地上部めがけて放り投げた。
レイフォンとウォルターも地上部に到達する。
汚染物質によって真っ赤に染まった眼で、ニーナがレイフォンとウォルターを見た。
「わたしの気持ちがわかったか?」
ニーナがふと、そう呟いた。
「お前らが無茶をしている時の気持ちはきっとこんな気持ちだったんだ」
「……無茶をしないでくださいよ」
脱力してへたり込んでいるニーナに、それでも困った笑顔で憎まれ口をたたくレイフォンも地面にへたり込んだ。
ウォルターは「だらしないな」と呟き肩を竦めた。だが、レイフォンとニーナは先程のやり取りが何故かツボにハマったらしく、ウォルターにはよく分からなかったが笑い転げて動けなくなってしまった。
ウォルターは「しょうがねぇな」と溜息を零し、苦笑する。
結局、シャーニッドたちが来るまでには時間がかかるだろうということでウォルターが4人も抱えて移動することになった。
「重、これ重い……」
「つべこべ言わないでください」
「すまないな、ウォルター」
「……はいはい。つか、なんでアルセイフはそんなに偉そうなンだ」
シャンテを首に回してゴルネオを背に抱え、ゴルネオの顔を置いている肩の方、左腕の方にニーナを抱えて右腕にレイフォンを抱える。
ニーナはまだ全身だめらしいが、レイフォンの場合腕は回復してきたらしい。
「ったくよ、なンだよこの大所帯」
「しょうがないじゃないですか、動けなくなったんですから」
「だからって偉そうすぎだろ」
「すまない……」
「アントークには言ってねぇよ」
「大体この状態、ゴルネオ起きたら怒りそうですね」
「ルッケンスはまだしもライテが嫌だ」
このまま起きた場合、シャンテはウォルターの耳元で騒ぐことになるのだ。
「絶対嫌だ」
「……よし、起きろ、起きろ、起きろ」
「呪文をかけるな。起きて困ンのはお前もだろ」
「隊長も一緒にどうぞ。言うと身体の機能が目覚めるんですよ」
「本当か! 起きろ、起きろ……」
「明らかな嘘に騙されるなアントーク」
確かに身体機能は目覚めるだろうが、それはニーナとレイフォンのことではなくシャンテとゴルネオが眼を覚ますぞという点で身体機能が目覚めるという意味だ。
……どうして馬鹿しか起きていないのか。
そう思いながらウォルターは重みになんとか耐えながらシャーニッドやフェリ達の元へ戻っていった。
レイフォンはどうしようもない思いに戸惑っていた。あの時、老生体との戦いの帰りに感じた思い。
失いたくないのかと思った。この、ウォルター・ルレイスフォーンという存在を。だが、それは少し違った。いいや、失いたくないという思いは変わっていない。
少し、そういうと語弊があったのだ。
―――――……そうか、僕は……
1人、すとんと胸に落ちてきた答を胸に畳んで、レイフォンはウォルターをからかう。
ウォルターの困ったような笑み。ニーナの笑顔。
―――――そうか
もう一度だけ気付いた思いを復唱して、レイフォンもおもいっきり笑った。