デルボネが追跡をかけている事は知っていた。だが、それでもそれに構うような気はなかった。
だからこそそのままメルニスクへとんだのだ。ウォルターは元の時間の軸へ戻る。
「……ウォルター? いつまでトイレにこもっているつもりだったんだ?」
廊下で丁度出くわしたニーナはそう言って不満だと言わんばかりに眉を寄せていた。
「あぁ悪い、アントーク」
「皆、もう食べ終わったぞ」
「そか。…まぁいいや、オレもういらねぇし」
「……いいのか?」
「あぁ」
ニーナにそう返すとウォルターは自室として振り分けられた部屋に向かった。
ひとり、廊下に残ったニーナはウォルターの去っていった方を見つめていた。
―――――あいつ……
明らかにおかしかった。姿が見えなかったウォルターを探して一室一室確認しての遭遇だった。その上、きちんと居ないと確認したところから。
―――――どういうことだ?
ニーナは訝しげに、ウォルターが消えた方を見る。だが、底に広がるのは闇ばかりで、何もかもを隠していた。
これで、ごまかせているんだろうか。ベッドに寝そべりながらふとそんな事を思った。
あちらこちらに飛び交っているウォルターからすれば、いじられない事はありがたいと思うが、だからといってバレているかどうかというのは……
「検討もつかねぇ」
(……検討もつかない、じゃありません。いきなりなに言ってるんですか)
「うぉ? ロス」
(うぉ? でもありません。レイフォンが正体不明の何かに接触しています。とっとと働いてください、イオ先輩)
「へぇへぇ」
先輩使いの荒い後輩だと思いながら軽く返事を返し、のそのそと動きながら指示された場所へ向かっていく。
一番後に動き出した筈だったが、ついたのは意外にも一番はじめだった。茫然と立ち尽くしていたレイフォンを見つけ、ウォルターは訝しげに声をかける。
「アルセイフ?」
「っ、……ぁ……、ウォルター……?」
「なンだよ」
首を傾げたが、そこでちらと見て気付いた。
ぱっとレイフォンが両手を後ろに隠した為わかりにくかったが、明らかにその手は震えていた。
「………………?」
「なんでもないです」
「……あ、っそ……」
ウォルターは強がったレイフォンの態度に呆れた表情で返すとレイフォンが居る方とは反対を向く。なにも言わずにウォルターが詮索してこない事に安堵したのか、レイフォンは気分を落ち着かせる事に徹した。
ニーナ達が到着したのは、それからすぐの事だった。
翌日も調査が続けられ、墓のようなものが見つけられた。
その場は第五小隊が調べることになり、十七小隊は別の場所を調べることになった為、移動を始めていた。
ウォルターとレイフォン、そしてフェリは並んで歩いており、ニーナやシャーニッドはやや先を歩いている。
「……フォンフォン……」
「……先輩、約束が違いますよ」
ふたり……というか、この名前の考察をしていたウォルター、レイフォン、フェリの間のみでの名前フォンフォン。
それを軽く発言したフェリにレイフォンが慌てた。
「聞いてませんよ。そんなことはいいのですが」
「良くないです」
「いいです。いますぐ屈んでください」
「か、屈む?」
「はい。屈んでください」
フェリの要望に答えてレイフォンが渋々屈むと、フェリから「もっと低く」といわれる。ウォルターはなんだなんだと見ていたが、レイフォンは体育座りに近い形にさせられる。
そしてフェリは少しレイフォンの肩を見て、呟く。
「肩が狭いですね」
「普通だと思いますけど」
「ちょっと狭いンじゃないか? オレもうちょっと広いぜ」
「あなたと比べないでください」
「仕方ないですね。イオ先輩、少し手をかしてください」
「あー…?」
ぐい、とウォルターは片手をフェリに取られ、フェリがレイフォンの肩に座った。
いわゆる、肩車。
「っちょ、なにしてるんですか?!」
「肩車です。見ればわかりますよね」
「オレはな。アルセイフは見えねぇぞ」
「一言余計です」
「へぇへぇ」
ウォルターが肩を竦めて苦笑混じりに返事を返す。レイフォンはフェリくらいのサイズは初めてなのか、なかなか安定が取れずにふらふらとしている。
「アルセイフ……」
「なんですかっ? 今忙し……いたたたた、先輩っ、髪引っ張らないでください」
「だったらもう少し静かに歩いてください」
「はっはっは」
「ウォルターも笑わないでください!」
レイフォンの苛立ったような言いぶりにも無視をして、そのまま笑い続ける。だが、急にレイフォンの反論がなくなった。
「どうした? アルセイフ」
「……い、いえ……」
「………………?」
「フォンフォン、ちゃんと支えてください」
「いえ、違うんです、これは色々と深い理由が……」
「それはきっととてつもなく浅くて邪なものですから即刻破棄してください」
「邪? 浅い? ……なにがだ?」
「真顔ですか」
ウォルターの言葉にレイフォンが困ったような表情で遠くを見る。しかしそれでもなかなかレイフォンが支えをしっかりしようとしない為、フェリがしびれを切らしてウォルターの髪を引っ張った。
「痛い。なんだよロス」
ウォルターが髪を引っ張られたことに対して怪訝そうな顔つきでフェリを見た。
フェリはウォルターのそんな表情は気にせず、近くまでウォルターを引き寄せて肩に手をつく。
「………………?」
「下ろしてください。フォンフォンの挙動がおかしいです」
ウォルターはどういう意味かよくわかっていなかったが、レイフォンからフェリを下ろそうと抱え上げる。
「………………」
「どうした? ロス」
「ちょっと下ろすの待ってください」
フェリがそういうので、仕方なくウォルターは首を傾げながらフェリを空中停止させる。
レイフォンはようやく肩の荷が下りたと言った顔で困った様子でフェリとそれを抱え上げるウォルターを見た。
「……ふむ。邪でないという点ではイオ先輩が一位ですね。そのまま抱えてください」
「え、オレが?」
「はい」
「……お前はもー……」
渋々ウォルターがフェリを抱える。右腕でフェリを抱えて、レイフォンの左側に立つ。
抱える方向はいいようだが、立ち位置についてフェリが一つ申した。
「どうして、こうですか……」
「…なにがだ?」
「……いえ……、あなたにこんなこと言っても無駄ですね」
ウォルターが再び首を傾げた。レイフォンはやはり困った顔で頬を掻く。
「…それにしてもフォンフォン、昨日はすみませんでした」
フェリはそう切り出して、レイフォンと武芸者と念威操者の話をしていた。
2人しか知らない話なら2人でするべきだろ、と思いながらウォルターは苦笑混じりに遠くを見つめる。
「……大丈夫ですか?」
「僕一人を狙うのなら、どうとでも対処ができます。気をつけて欲しいのはフェリたちの方ですよ。……ウォルターは心の底からどうでもいいですけど」
「おい」
レイフォンが最後に付け足した言葉にウォルターが呆れて呟くが、つんっ、とそっぽを向かれた。だが、フェリの言葉にウォルターは何処かレイフォンの解釈とは違う意味を感じずにいられない。
フェリもレイフォンの解釈のように言ったつもりでは無いらしく、不服だという顔をしている。
『それでも、自分が悪いとどうしても思えない僕は、きっと壊れているのでしょうね』
そう、レイフォンは小さくもらしていた。少し前、幼生体がツェルニに押し寄せた時、ウォルターが言った言葉。
あれはきっと、遠くに放り去られているのだろうな、と思って苦笑をこぼした。
―――――別に、ウォルターの言葉を忘れた訳じゃない
レイフォンは小さくそう思っていた。
だが、グレンダンの人々や同じ孤児院の仲間たちの反応からきっとそうなんだと思っていた。
ウォルターの言葉によりその思いは軽減されているけれど、それでも拭い切れないのだ。