出発は2時間後。
カリアンにそう告げられた為、急遽小隊のメンバーを集めて準備が行われる。
「お前らは大変だな、準備があって」
「そうですね。まぁ僕としては準備よりもそのウォルターの気の抜けきった表情の方が大変だと思います」
「そぉかぁ? 人生、どんなことでもこのくらいの余裕を持ってだな」
「腹立たしいです、即刻その口を閉じてください」
ウォルターは天剣授受者の時と変わらない、自身の私服だという私服を着て、くつくつと笑いながら左手首に付いている金色の腕輪をいじっている。
白を基調に赤で色味をもたせているウォルターの服は、何処と無くツェルニの服装に似ている気がした。
レイフォンは自身の準備を進めながらさり気なくウォルターに問うた。
「……ウォルターっていつも同じ服着てますよね。それしか持ってないんですか?」
「いや、そういう訳じゃないンだが……昔から着ている服だから、一番馴染みがあるンだよ。それに、都市外に出るンだったらこれが一番強度あるし」
「へぇ…」
「なンだよその顔。なに? ついにオレに興味持っちゃった?」
「持ってません、自意識過剰は勘弁して下さい」
レイフォンが呆れた顔でウォルターを見やった。ふと、ウォルターもその存在に気付く。
レイフォンに向けられる敵意。
その発生源を見ると、巨漢の男ではなく、その男の肩に乗る童顔に赤髪の少女から発せられていた為、拍子抜けした。
「………………?」
「あぁ、第五小隊の副隊長の……シャンテ・ライテだっけな? 野生児だってよ」
「……それで……どうして僕はあの人に“いーっ”てされなくてはならないんでしょうか」
「気に入られてないからじゃねーの」
「それは、最もですけど…」
あの人の気に食わないようなことはしていない筈、とレイフォンが首を傾げる。
シャンテと、そして巨漢の男……ゴルネオに目を向け、先程の様子から「ふむ」と小さく頷いてウォルターは呟く。
「まぁ、ルッケンスが意図してそうしている訳じゃないだろうが、影響受けてるンじゃねぇの? 無意識に。それか………」
「それか?」
「……いンや、これ以上は深追いか」
苦笑を浮かべたウォルターに、レイフォンはやはり首を傾げた。
ランドローラーが荒れた大地を疾駆する。
現在運転はシャーニッドとウォルターがしており、シャーニッドの方にニーナ、ウォルターの方にフェリとレイフォンを乗せている。とは言え、片側は食料などの荷物が乗っている為レイフォンはほぼ荷物に埋もれていた。
「大丈夫か? アルセイフ」
「平気、です……」
「あまり平気には見えない状態ですね、それ」
レイフォンは本当に半分埋もれていて、足がサイドカーのフロント部分に持ち上げられている。
そしてさらにその体勢に追い打ちをかけるように背中の下や腹の上に荷物がどっさり置かれていた。
「呼吸しにくそうだな、その格好」
「だったらもっととばしてください」
「いやだ」
「………………」
「怒られるだろ、オレが」
「大丈夫ですよ、イオ先輩。あなたは叱られてもめげない子」
「それいいことなのか悪いことなのか判断つかねぇわ。それとなんで上から目線?」
「悪いことですよ、そのくらいの判断はつけてください」
「状況によってはいいことだろ?」
「この状況じゃ悪いことです」
「そうか? 悪いことならまだまだ苦しんでもらうことになるんだが」
「………良い事でいいです……」
ウォルターが加速の合図を後方のシャーニッド達に出すと、シャーニッドからOKの合図が帰ってくる。ウォルターはレイフォンの腹の上の荷物を少しどけてやり、レイフォンが体勢を立て直したのを見届けるとアクセルをひねった。
「っど、っわ!!」
「イヤッホゥ―――――」
「っちょ、はや、速いですよウォルター!!」
ウォルターは目一杯アクセルを全開にした。
その為に小さな地面のおうとつでさえ激しくランドローラーが上下する。グラグラと揺られるサイドカーの中でレイフォンが悲鳴に似た声を上げた。
「っちょ、速い、速いですってば!!」
「加速しろって言ったのはお前だろー」
「ここまでしろなんて言って、なッ、あぶなっ、荷物落ちる!」
「ロス、平気か?」
「平気です」
淡々と帰ってきたフェリの返答だったが、何処と無く眼がきらきらしているような気がしてウォルターは薄く吹き出した。
「意外に楽しそう」
「意外すぎです」
「エリプトンも大丈夫そうだし、さっさと行こうぜ。もうだいぶ近付いてきた」
「ですね」
「ちょ、勘弁して下さい、どうしてウォルターも先輩も楽しそうなんですか!」
『フォンフォン……』
「二人してそれ呼ばないでください!!」
まともな人が居なくなった、と思いながら吐きそうな思いを堪えてレイフォンは揺られ続けた。
半日程ランドローラーを走らせると、目的の都市に到着した。停留所はあるようだが破壊されており、ゲートも閉まっている。
「どうする?」
先程調子に乗りすぎたか、とウォルターはレイフォンを見て思う。
さすがにヘルメットをかぶっている上、いまはそう出来る状態では無いため出来ないようだがレイフォンは今にも吐きそうな様子でぜぇぜぇと息を喘がせていた。
ともかく、と言った様子でウォルターが問うと、ニーナが少し考えてから答えた。
「そうだな……、ワイヤーで上まで上がるか」
「ん~、それもいいけどなー。面倒だしゲートぶっ壊そうぜ。そしたら早いだろ」
「エア・フィルターは生きているようですしね、別に問題はないと思いますけど」
フェリは至ってどうでもいいといった様子でウォルターに賛同した。
「だめだ。生存者が居たらどうする」
「居ねぇよ、こんなボロの都市」
「だめだ。むやみやたらに壊して都市に損害を与える事もよくない。わかっているだろう?」
ニーナに言われ、ウォルターは肩を竦める。仕方のないヤツだと言う眼をニーナに向けられ、苦笑交じりで仕方がないと頷いた。