明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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”リーリン・マーフェス”という存在

 

「話は簡単なんだ、リーリン・マーフェスさん」

 

 にこやかに笑った青年、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。

 そして、その隣にいる男はリンテンス・サーヴォレイド・ハーデン。

 槍殻都市グレンダンが誇る天剣授受者だ。

 

「キミの身をしばらく守らせて欲しい。いろいろあってね」

 

 にっこりというが、あまりにも胡散臭い。というか、貼り付けたような笑み、とでも言うのだろうか。彼の笑顔には、感情が見えなかった。

 どちらにせよ、見えようと見えまいと胡散臭いことに変わりはないが。

 

「あの、それは…あの、レイフォンに…」

「ごめんね、質問は受け付けない」

 

 言い切ったサヴァリスだったが、突如、天剣授受者と呼ばれるふたりでも気付けなかった気配が、サヴァリスの背骨に膝をクリティカルヒットさせた。

 

「っ?!」

 

 驚いて後ろを振り向く。続いて勢いよく振ってきた靴裏に、サヴァリスは咄嗟に腕を交差させて受け止めた。

 飄々とした声音が、口角を上げた青年から発せられる。目の前にいる青年に、サヴァリスは顔をしかめ、単純なちからの押し合いをさせられながら頬をひきつらせた。

 

「質問くらいはさせてやれよな、心の狭いお方達だねぇ…。女の子には優しくするモンだぜ? 自意識過多なのは置いておいてよぉ」

 

 へらり、と笑って現れた男は、見覚えのある……というか、ありすぎた。

 

「……ちょっと……ウォルター・ルレイスフォーン、何やってくれてるんだい」

「っは、くたばれルッケンス」

「い、いたっ、何するんだい?! 久々に厳しいじゃないか!」

「はっはっは、ばーかばーか」

「ばかとは酷いだろう。ちょっ、本当にいたっ、いたたた」

 

 連続でウォルターがサヴァリスの交差させた腕を蹴りつける。

 本人だんだん楽しくなってきているようで、はじめはただの挨拶代わりのようなものだったのだろうが、いまはただ蹴りつける事が楽しいようだ。

 リンテンスがそれを呆れた表情で一喝する。ウォルターの表情は先程から至って変わっていないものの蹴る足は止められた。

 やれやれといった様子でサヴァリスが立ち上がり、蹴られた腕を困ったように眉を潜めて見る。

 そんな様子を、リーリンはぽかんと見ていた。

 この人が誰かは知っている。

 ウォルター・ルレイスフォーン。レイフォンに天剣を与えた人物だ。

 あの時と同じ不敵な笑みだ。

 しかし……

 

「…ウォルター、とりあえずは仕事という名目上で動いているのだが?」

「どうでもいい。くだらない。どうせ馬鹿の使いだろ、大変だねぇ」

「ウォルターしかそう言える人はいないと思うよ」

「言える人が居ない? イエーイ」

「……ウォルター……」

 

 ふざけた様子のウォルターが両手を上げる。

 それにもう頭がいたいと言いながら額を抑えるサヴァリスだったが、未だサヴァリスの脛はウォルターの足の攻撃に遭っている。

 その為にサヴァリスはため息混じりにやや苛立った様子で腕を組みながら言った。

 

「一応は陛下に対しての評価でそういう言い方してると……」

「あン? あの女王のことだろ? 要するにおばかさんの使いっぱにされてンだ。大変だねぇ、オレほんっと天剣授受者やめて良かったわー」

 

 あれの我が儘に使わされるとかマジで勘弁、と良いながらウォルターが言う。

 わざとらしいウォルターの言い草に、サヴァリスが眉根をよせた。

 

「珍しいね、キミらしくもない」

「なぁにが?」

「雰囲気が」

「そぉかぁ? 良く分かンねぇなぁ」

 

 へらりと掴みどころのない笑みを浮かべてとぼけるウォルター。

 これ以上は何を言っても無駄だな、と察したサヴァリスは肩を竦めただけで終わる。

 

「ともかくだ。話が進まんだろう」

「で? えーっ…と…。要するに、リーリン・マーフェスを日常生活に支障をきたさない程度に護衛しますよーって話だろ?」

「まぁ、そういうことですね」

「だそうだけど?」

「あ、はあ……。…あの、やっぱりそれはレイフォンに関係あるんですか?」

 

 リーリンが再び切り出した質問にサヴァリスが苦笑する。その表情から、ウォルターはぽむと手を打った。

 

「あぁ、うん、そう」

「……そうですか」

 

 リーリンはあっさりと引いた。それはリーリンにとって、レイフォンの事とは天剣授受者に歯向かってでも気になることだったらしい。

 後のことを顧みずにそんな風にできるのは若いうちであるのは然り、若気の至りもまた然り。

 けらけらと笑いながらウォルターがしみじみと呟く。

 

「若いっていいねー」

「キミも充分若いと思うんだけどな」

「若くないぜ? あれだよ、見た目は若いけど、ってヤツ」

「知らないよ」

「あらら」

「お前らいい加減にしろ」

 

 リンテンスの怒気が含まれた視線を穴が空くかという程向けられるが、ウォルターもサヴァリスも飄々と微笑んだ。

 

「あぁ、すみませんリンテンスさん」

「悪い悪い。久しぶりにテンションあがってるわー」

「………………」

 

 どうしようも無いヤツらだな、と言わんばかりにリンテンスの睨みを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンダンの建物の屋根の上を跳躍で跳びながら、ウォルターはどことなく何処かへ向かっていた。とはいえ目的がある訳ではない為、空中で身体を回転させたり、捻ったりして時たまアクロバティックなジャンプをしていた。

 

「ん~~…、ん~~~……」

 

 そんな最中でさえ、首を傾げる。

 

(なにがそんなに引っかかってるの?)

 

「おかしいんだよなー。普通に潜伏してるんだったら、即座に見つけて殺せばいいだけだ。それなのにそれをしない」

 

(……確かにね……。だと、潜伏してるってわかっていても、手が出せない状態だとか?)

 

「………寄生とか、か……可能性としちゃあありだが……ん~~~」

 

 それでも尚はっきりとしないウォルターの態度に、ルウは首を傾げ、ウォルターに問いかける。

 

(それ以外に何かあるの?)

 

 ルウの問いにもウォルターは少し唸って首を傾げたまま跳躍した。問いから2つ程屋根を飛び越えたところでようやく言葉を紡ぐ。

 

「それがなー……、オレとしてはこっちの問題の方が気になる方」

 

(こっちって?)

 

「リーリン・マーフェス」

 

(あぁ……確か、レイフォン・アルセイフの幼馴染だったよね?)

 

「そうなんだけど、それだけじゃない気がするんだよなぁ……」

 

(どういうこと?)

 

「なンか、懐かしい感じがするっていうか……ん~~……」

 

 ぽん、と外縁部に到着する最後の屋根を飛び越えた瞬間、ウォルターの姿は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ウォルター……?」

「っげ」

 

 再び縁の空間を通じてツェルニに戻って来たウォルターだったが、鞄をとりにきた教室の目の前には鬼のような形相をしたニーナが居た。

 

「お、おー悪いなーアントーク。わざとじゃないンだが……」

「…今回はサボりの事はいい」

「またなンで?」

「会長から呼び出しだ。お前が捕まらなくて困っていたところだ」

 

 ニーナに連れられて生徒会室へ向かう。

 そこにはすでにレイフォン、そして第五小隊の隊長、武芸科長のヴァンゼもいた。

 

―――――第五小隊……確か隊長はゴルネオ・ルッケンス……

 

 ルッケンス? その名前、つい先程呼んだような気がして、「あ」と呟いた。

 

「ゴルネオ・ルッケンスって……あぁ。ルッケンスの弟だっけ」

「……兄さんを知っているのか?」

「そりゃあ。なにせ元同僚な訳だしな」

「……そうか…、ウォルター…、ウォルター・ルレイスフォーンか」

「そういうこと」

 

 にやり、と笑みを浮かべたが、ゴルネオはやや渋い顔をして先に生徒会室へ入室した。

 何をそんなにも渋い顔をする必要があるのか、と怪訝な表情を浮かべたウォルターの隣に立ったレイフォンが眉をよせて耳打ちしてくる。

 

「あまりそういう事言わない方がいいですよ」

「なンで」

「結構、サヴァリスさんのこと重く感じているみたいですし」

「……そういうお前も、あいつに嫌われてるみたいだけど?」

 

 ウォルターの隣に立っていたレイフォンを見てゴルネオが一瞬顔をしかめたのを、ウォルターは見逃さなかった。

 

「………………いろいろあるんですよ」

「そりゃあ知ってる」

 

 はぐらかしたレイフォンの言葉にウォルターは肩を竦め、ニーナはそれに首を傾げた。

 ニーナはレイフォンが“やってしまったこと”は知っているがゴルネオなどのルッケンスとの因果関係は知らない。

 因果……そう、まさに因果だ。

 

「ともかく、オレらも入ろう」

 

 カリアンからの話は端的だった。

 補給に向かうツェルニのセルニウム鉱山の間近に廃都市がある。そしてその廃都市が並々ならぬ雰囲気を持っている為、調べてきてほしいと。

 

「汚染獣に襲われたな」

「私もそう思う」

 

 そんな会話が繰り広げられる中、ウォルターは提示された写真をじっと見ていた。

 白炎都市、メルニスク。そうだ。この都市の名はメルニスク。

 かつて、ツェルニに来る前、天剣授受者になる前に行った都市。

 この都市は獣と、微かに闇にも出会った都市。

 獣と、そして魔女と、1人の念威操者と、そして……、月からの分体を相手にした都市。

 

―――――汚染獣の襲撃なんかじゃない、ってことだけは確かか

 

 ウォルターがじっと写真を見ている事に気付いたのか、レイフォンが声をかけてきた。

 

「ウォルター、どうかしたんですか?」

「……いや、特になンも」

「…そうやってウォルターはいつもすぐにはぐらかしますよね」

「そうか? そんなつもりはないンだが」

「わざとらしいですよ」

「悪いな、そういう性分なモンで」

 

 口では悪いと言いながらまったく雰囲気が感じられないウォルターに、レイフォンは苦笑を返した。

 


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