明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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「当たり前だろ」

 ニーナとシャーニッドはひたすらランドローラーを走らせていた。

 ハーレイからレイフォンとウォルターが外に出て、汚染獣と戦っていると聞いたせいであった。まだニーナの剄脈過労は完治した訳では無かったが、それでも居ても立っても居られなかったのだ。

 

「くそっ、あいつら……」

 

 ニーナはフェリの端子に向かって話しかけた。

 

「フェリ、あいつらは無事なのか?」

 

(無事です。ただ……)

 

「ただ……? なんだ?」

 

(ふたりともが同じ事を言いました。それ以上は近付くな。もっと後方に退避しろ、だそうです)

 

 フェリがそういった瞬間、ニーナ達の前方から轟音が鳴り響き、巨岩が砕け散った。

 それに伴い膨大な剄が放出され、砕け散った巨岩を更に砕き、跳躍する巨大な黒い物体に向かって突き刺さっていく。

 

「なんだ……?! あれは……」

 

(現在ふたりが相手している汚染獣です。退避してください)

 

「馬鹿を言うな! あの2人が戦っているというのに……!」

 

(つべこべ言わず退避しろ、うるせぇな)

 

 突如念威端子から聞こえた声。それはいつもの澄んだフェリの声ではなく、こんな状況でも何処か気怠そうな雰囲気の声音。

 ウォルターの声音だ。それも、聞こえてきた念威端子は別の念威端子だった。

 フェリの念威端子はうろこ状のものだが、この念威端子はどちらかと言うと楕円形に近く、上下が鋭く鋭角的だった。

 

「ウォルター……?! お前、念威を……」

 

(うるさい。いまはお前の相手をしてる暇はねぇンだ、退けと言ったら退け。邪魔だ)

 

「同じ隊の仲間だ! 放っておける筈ないだろう!」

 

(知るか、そんな事。ここじゃ邪魔だろうが、ンなもン)

 

 ニーナはウォルターの言葉に驚愕した。ニーナはニーナなりの誠意を持ってそういった。だが、ウォルターはそれを切り捨てた。

 驚愕でニーナが言葉を失っていると、ウォルターが一拍おいてから言葉を紡いだ。

 

(ここじゃ同じ隊のヤツだろうとなんだろうと弱いヤツは死ぬ。……もう一度だけ言うぞ、邪魔だから来るな)

 

 その言葉を皮切りに、ウォルターからの通信は切れ、再びフェリの声が聞こえてきた。

 

(隊長……)

 

「……わたしがあいつらより脆弱なのは分かっている……だが……」

「…ニーナ。ここはそう言っていられる場所じゃねぇだろ」

「だが…ッ!!」

「ここまで来たら、来るなって言われても行くしかねぇだろ」

「………………!」

 

 シャーニッドが自信満々に言った。ニーナはてっきり反対するものだと思っていた為、一瞬虚を突かれた。

 

「ここまで来たんだ、行こうぜ」

「………あぁ」

 

 再び、ランドローラーは走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターは先程放った化錬剄の間を縫って跳躍し、レイフォンが攻撃を叩き込んだところに二段攻撃として密度に圧縮した剄を込めた刀を叩き込む。

 

(ありっ)

 

 ウォルターは何処か不可思議な気分になる。それは、汚染獣に対して、だった。

 

(どうかしたの、ウォルター?)

 

 ルウにも問われる。

 

(なんかいま、違和感が……)

 

 そう答えた瞬間。

 

「…退避ッ!」

 

 咄嗟に叫んだ。

 レイフォンにも声は届いたようで、レイフォンも後方へ跳んだ。

 

「……こりゃ、きついねぇ……」

 

 汚染獣の背が割れた。それだけならばまだいい。だが。だがだ。

 

「ここでかよ……」

 

 脱皮だ。元々レイフォンは雄生体だと検討をつけていた。だが、ウォルターが感じていた違和感は、これだったのだ。

 

「成程ね……! 普通に老生体かよ……」

 

 少し遠方でレイフォンの歯ぎしりが聞こえた。心なしか、レイフォンの剣を握る手に力がこもっているようにも見える。

 

「……どうします、ウォルター」

「どうしますじゃねぇだろ。……だが、お前の様子を見る限り、現状倒すことは無理だとわかった」

 

 レイフォンが持っていた錬金鋼は現在レイフォンが握っている錬金鋼でラストだ。

 つまり、これ以上の長期戦はレイフォンには無理だということ。

 

「………………すみません」

「謝るなよ、お前が悪い訳じゃない。……あえて言うなら、こんなタイミングで脱皮してくれる汚染獣の方かな?」

「…言っている場合でも無いですよ。そうなると、せめてツェルニから狙いをそらす打開策を考えるべきです」

「そうだなぁ……」

 

 ふぅ、と溜息を吐く。正直な話、ウォルターはレイフォンが居なければ出来るのだ。

 “正真の異民”としての自らを開放し、異民として刀を振るう事が出来るのであれば。だが、ここではそれが出来ない。レイフォンとフェリの念威がある以上、下手に大きなことを起こすべきではない。

 ここではあくまで“人間”なのだ。“人間”の枠を超えた“異民”(ばけもの)になるわけにはいかない。

 

(どうも面倒だ、これは)

(僕の“領域”を広げてアイツを消そうか?)

(だめだ。それは違和感がありすぎる)

 

 ルウの意見もまた、レイフォン達が居なければ使える事である。だが、ルウの“領域”による「拒絶」は、一瞬にして、忽然と存在自体を消してしまう。

 唐突に消えられたら、レイフォンも動揺を隠し切れないだろう。さすがにそれをやったのがウォルター……正確にはルウだが、自分達の事によってということを悟られるのはまずい。

 

―――――まいったね、こりゃ

 

 どうも“人間”というのは面倒だと思いながら刀を構えた。

 向かってくる。そう思った、しかし汚染獣は違う方へ向かい出した。

 その急激な方向転換に、ウォルターの脳裏に一つの可能性が浮かぶ。

 

「まさかッ!」

 

 ウォルターの跳躍に合わせてレイフォンが跳んだ。そして、ウォルターより数瞬遅れてレイフォンが気づいた。

 

「こんなところまで!」

 

 合図や意思確認なしに意思疎通し、レイフォンは跳躍のまま下降を始め、新たに戦場に現れたランドローラー……ニーナ達の方に向かって下降し、ウォルターはランドローラーへ向かう汚染獣に向かって剄技を放った。

 外力系衝剄を変化、光琳玉(こうりんぎょく)

 刀の切っ先に収束する巨大な剄の球体。

 その球体から細長い無数の剄弾が放射状に放たれた。剄弾は汚染獣に直撃し、こちらに向かいながら跳躍を繰り返していた汚染獣を墜落させる。

 

「ったく!」

 

 一旦の墜落を確認すると、ウォルターもニーナたちの方へ向かった。

 

「なんでいるんですか!?」

 

 レイフォンの怒りの滲む声がニーナ達をうつ。ウォルターも到着し、ウォルターは顰め面で盛大に舌打ちした。

 

「なにしてンだ、お前ら」

 

 そうウォルターが言い放ったが、ニーナ達はそれどころではないといった様子で目をむいた。

 

「お前ッ、どうして都市外用スーツ無しにここにいる?!」

 

 ニーナの焦りに満ちた声音に、そういえば説明していなかった、とウォルターは盛大なため息を吐き、「ともかく」と話を切り出した。

 

「オレは退けといった筈だ、どうしてここにいる」

「退けと言われても、退けることと退けない事があるだろう」

「退けることだ、これは。……退けって言われたら退け。さっきも言った筈だ。邪魔だと」

「だからといって、わたしがお前のその言葉を受け入れ無くてはならない理由はないだろう!」

「…だったら死んでもいいんですか?!」

 

 ウォルターとニーナの話に叫ぶように口を挟んだのはレイフォンだ。

 

「ウォルターがなんて言ったのかは知りませんけど、ここでは力無い者は死ぬんです。…僕だって、ここじゃいつ死ぬかなんてわからない場所です。隊長達はもっとその可能性が高い。ここで、かばい合う事はほぼ不可能に等しいです。元々僕は集団戦の利が無い」

「………………」

 

 ニーナがレイフォンの言葉に口を噤んだ。

 

「だけどよ、なにも出来ねぇっていうのも嫌だろ?」

「だからって荷物になられても困るンだよ」

 

 シャーニッドがなんとかニーナをかばおうとしたが、ウォルターに一蹴される。しかしウォルターはやや苦笑し、ため息を再び吐いた。

 

―――――本当に、こいつらは

 

 嘆息する。

 退けといったのも、邪魔だといったのも、ニーナ達が死ぬよりはマシだと思って言ったのだが、それはどうやら通じなかったらしい。なにを言っても来るだろうとは思っていたが、本当に来るとは。

 面倒だなと思いつつ、ウォルターは頭をかいた。

 

「……だが……、今更帰れって言ったって無駄だな。ここまで来たら」

「なら……!」

「だが。アルセイフもすでにお前らと同じような状態だ」

「………………」

 

 レイフォンの錬金鋼はすでに壊れる寸前だ。

 ウォルターは自分の武器を使っている為そんなことはないが、レイフォンはそうはいかない。

 

「ってことで」

「?!」

 

 ウォルターはひょいとレイフォンを持ち上げて、ニーナ達のランドローラーに乗せた。そして、再び活動を始めた汚染獣の方へと踵を返す。

 

「ウォルター、なにを……ッ?!」

「エリプトン…先輩、さっさとランドローラー走らせてツェルニに戻れ」

「な………ッ、お前だけ残るというのか?!」

「そういうことだ、さっさと行け、アルセイフもアントークも邪魔だ。ロス、そっちのサポート出来るな?」

 

(できますが……)

 

「なら行け。ちょいとでかいの使うから巻き込んだら面倒だ」

「ウォルターッ」

 

 珍しく心配そうなレイフォンの声がウォルターの鼓膜を揺らした。

 ウォルターは顔だけ振り返って、レイフォンを見る。

 普段、決して見せないであろう情けのない顔をレイフォンがしている事にウォルターは苦笑を浮かべた。

 

「心配そうなツラしてンじゃねぇよ、アルセイフ。大丈夫だ、オレは死なないから」

「………あなたなんて………、本当に帰って来なければいいんです」

「ははっ、そうなれば憎いヤツが死んで、お前は嬉しいな。……けど、お前がオレを超える前にオレが死んだら、一生お前はオレに負けたまま、ってこった」

「………………………………」

 

 汚染獣が疾走してくる。脱皮したことにより速度が格段に上がっている。

 背後でシャーニッドが、「信じてるぞ」と小さく呟いた。

 ニーナの頷く気配を感じつつ、ウォルターは刀を構え、こちらへ向かってくる汚染獣を見据える。

 汚染獣が近付く。ランドローラーは走りだした。

 不意に、背後から念威端子が近付く。

 

(レイフォンから、伝言です)

 

「………………?」

 

(絶対、帰ってきてください。信じています、と)

 

 フェリがそう告げたと同時、念威端子はフェリからの念威を失い力なく荒れた地面に落ちた。

 

「……絶対帰ってきてください、か……。っは」

 

 ウォルターはレイフォンらしい、子供のような行動に微笑んだ。そして次には消えていた鮮烈な笑みを湛え、刀を上段に構えた。

 

「当たり前だろ」

 

 ウォルターは自らの異界法則により不老、そして半端ながら不死の身体を持っている。

 たとえルウがこの場で領域を解こうとも、死にはしない。大怪我を負うだけで。だが、だからといって油断している訳ではない。

 残線角度、90.687度。到達まで、1.7。

 汚染獣は目の前。

 獰猛な瞳で、ずらりと大量の牙が並び、唾液が口内を照らす。

 そんな目の前の死に恐れることはない。

 ウォルターは自らが凶暴な笑みを湛え、ただ、刀を振り下ろす。

 

 直後、辺り一帯が白に埋没した。

 

 


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