廻り出す運命
僕は、あのときのことを忘れない。
そう、あのとき、あの憎たらしくて仕方がなかった。
あのときの僕の眼の前にいた、前座ヴォルフシュテインを。
いとも簡単に、手を抜いて僕をたたきつぶしたくせにそれなのに情けをかけてきた。
あの男を、僕は決して許さない。
「勝者、」
「待て」
「……?……」
「まだ、終わっていないぞ」
少年は、地面に倒れている。
圧倒的な力の前に、少年は地に伏せさせられた。
少年が傷つき、疲弊しているにもかかわらず、少年の目の前に立つ男にそんな様子は一切見受けられない。
少年に、冷たい目線が刺さる。頭上より見下ろす一人の青年は、なにも感情を含まない、凍てついた眼で少年を見下ろしている。
「…………………………」
僕は睨んだ。ありったけの憎しみを込めて。
やらなくてはならないことがあるのに、それを全力でたたきつぶしてきた、この目の前の男を。
まるで、僕のしていることの一切が無駄であるかのように見下してくるこの男を。
「天剣が、欲しいか?」
男が問うてきた。僕は、答える。
「……勿論」
「何故?」
「家族を、守るために、そのために、いま、ここにいる」
「…………………」
目の前の男は、凍てついた眼はそのままに沈黙する。
そして、突如背を向けるとそのまま、手に復元していた練金鋼、天剣を僕の目の前に投げた。
その天剣は地面に突き刺さる。とどめをさされるかと一瞬、身体が強張ったのを感じた。
「……くれてやるよ」
「…は…?」
「そんなに欲しいなら、そんなもんくれてやる。……オレの負けだ、審判」
「……しょ、勝者、レイフォン・アルセイフ! 敗者はウォルター・ヴォルフシュテイン・ルレイスフォーン! 勝者であるレイフォン・アルセイフは天剣授受者決定! レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに決定!」
「なっ……?! ま、待て!!」
僕は目の前の“元”天剣授受者、ウォルター・ルレイスフォーンを呼び止めた。
ウォルターは足を止めたが、背は向けたままだった。
「なんで、」
「オレには、もう必要ないものだ。丁度、空きができるのを防げていいだろ。それに、オレに敵わなくたってお前は十分強いから安心しろよ」
そういって、そのままウォルターは僕の前から去る。
その姿はすぐに見えなくなった。
不意に、僕は視線を目の前に突き刺さった天剣へむける。天剣が霞む。瞳に、涙が溜まっていくのが分かる。
明らかに手を抜かれた試合であり、僕の敗北は決して居たのにも関わらず、情けをかけられた。
これに勝る侮辱は、人生でも決して無いだろう。