昼を過ぎた頃、ようやく目的地についた。
フェリが念威端子を回してくれている間に、レイフォンとウォルターは簡単にゼリー状の栄養剤で栄養補給をする。
「どうですか?」
(こういう状況です)
フェリがレイフォンのフェイススコープに映像を貼り出した。
ウォルターはフェイススコープをつけていない為、フェリの映像では確認不可だった。だが、まだレイフォン達にも言っていない事がある。
ウォルターは右手に重晶錬金鋼を構える。そんなウォルターにレイフォンが首を傾げ、問うてきた。
「ウォルター? どうして重晶錬金鋼なんて持ってるんですか?」
「あ? あー……、……オレ……ネンイ……ツカウ……」
「なんでカタコトなんですか? ……というか、え……念威使えるんですか?!」
「うるさい、喚くな。気付かれたらどうする」
「………………なんでそういう大事なこと黙っているんですか」
「別に大事じゃないだろ? こんなこと」
そう言いながらウォルターは重晶錬金鋼を復元して念威端子を飛ばす。その手慣れた様子にレイフォンがますます怪訝な態度でウォルターを睨んだ。
「これは……」
「……雄生体の5、6期ってところじゃないですか?」
「…………ん~…………」
レイフォンの言葉に、何処か煮えきらない態度をとるウォルター。そんなウォルターをレイフォンは怪訝に見やった。
「なんですか?」
「……なンか違和感があるんだよ、この汚染獣」
「…死んでいない、ってことに…ですか?」
レイフォンも気付いていたらしい。そう、汚染獣はただ眠っているだけだ。まだ気付かれていない為、話す余裕はある。
「いや…それはそれだ。そうじゃない。この汚染獣……」
ウォルターが、自身の感じる違和感を告げようとした途端、荒れた大地が大きく揺らいだ。
「まさか……!?」
「眼を覚ましたか……。ロス、ツェルニは?」
(……進行方向を変更しました。都市が揺らぐほどの急激な変更です)
「気付いていなかった、ってことか……」
「ウォルター、構えてください」
「わかってるよ、言われずともな」
レイフォンの沈黙した瞳……、見るのはあの天剣授受者決定戦以来か。
あの時は、この瞳でさえ抑えきれないほどの感情をぶつけられたものだ、と思いながらウォルターは左手首についた金色の腕輪を右手で軽く包み込んで手を引く。
レイフォンが眼を見張った。
ウォルターの右手の動作に合わせて、ウォルターの刀が出現した。
鍔と柄部分は白と赤を基調としており、特に鍔は円形を模していて、一見錬金鋼のようにも見える。だが、それとは何処かかけ離れた物質のようにもレイフォンは感じた。
そんな刀をウォルターが肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべてレイフォンを横目で見やった。
「さて。行けるな、アルセイフ」
「……もちろん、です」
レイフォンも支給された複合錬金鋼を構え、怪しい光を放つ飢餓の瞳でウォルター達……獲物を捉える汚染獣を見据えた。
ウォルターはレイフォンの表情の引き締まり具合に口角をあげ、小さく笑い声をもらした。
「っは」
汚染獣の姿は、まさにこの世界の覇者と呼ぶにふさわしい風貌だ。
汚染物質に適応し、荒れた外界で生きる為に硬い殻や鋭い牙を有すようになり、大地を駆けるのに適すよう足が増えたり、または翅を生やしている汚染獣も居る。
幸い、この汚染獣は、まだ翅は生やしていない為現時点では空を飛ぶとは考えにくい。
だが、どうなるかはわからない。汚染獣というものは恐ろしく奇天烈な生き物だ。
「さて……、やるか」
ウォルターが刀を握りなおした。柄尻に結び付けられた長めの薄い藍錆色の紐が揺れる。
蝶結びにされたこぶ部分に交差して付けられた柑子色のピンが紐の動きに連動して揺らぐ。
そこでようやくレイフォンは、ウォルターが左位置の髪につけているピンと同じものだと気付いた。だが、レイフォンがそんな事に気を取られている間に、ウォルターは駆け出す。
内力系活剄の変化、旋剄。
靴裏……足の裏に剄を収束させ、地面との接触と同時に爆発させ大地を滑るように駆ける。
汚染獣は、ぱきぱきと固まっていた殻をひび割れさせ、その甲殻を大地に落とす。
接近するに連れて、その巨大な身体から重力に則って下降する殻を避けながらウォルターは疾走し、背を下に、大きく身体を仰け反らせて跳躍した。
「ウォルター……ッ」
レイフォンの声が小さく聞こえた。だが、ウォルターの動きに淀みはない。
跳躍した流れのまま、仰け反った身体を更に上半身からねじって刀を上段に構える。
下半身がねじれに伴う動きに合わせ、下降する。
ウォルターの存在に気付いたらしい汚染獣が、ずらりと並ぶその獰猛な牙をウォルターに向かって曝け出す。
ウォルターは己の口角が上がるのを感じつつ、一切の迷いなく刀に剄を収束させ、振り切った。
外力系衝剄を変化、
残線角度、40.623度。振り下ろしまで、3.68。到達まで、5.76。
刀に閉じ込められていた剄は上段からの振り下ろしに伴い開放され、斬線の型に沿って放たれる。そして、その剄が通った残線の形に汚染獣の肉が抉れ、屠られる。
「アルセイフ、いつまでぼっとしてる!」
ウォルターの叱咤にレイフォンがうたれ、構えた剣を握り直して動き出した。
―――――思ったより動きが速くない汚染獣だ。これならなんとかなるか…?
ウォルターは再び剄技を放った。
外力系衝剄を変化、空断。
残線角度、34.72度。到達まで2.98。
大気を裂き、汚染獣に対して直線的な攻撃を仕掛けた。だが、汚染獣に当たることは無く、汚染獣に跳ばれて避けられてしまう。
回避率、46.734%。攻撃から到達までのタイム・ラグ算出…5.9。
―――――脚力の強い汚染獣なのか?
レイフォンが応戦している間に、幾度と無く汚染獣の頭上を跳躍で行き交い、汚染獣を観察する。 汚染獣には太く、巨大な足が生えている。
それが先程の跳躍力の理由だろう。山よりも大きな巨体を支える足であり、そしてその巨体を随分と大幅に跳躍させる脚力。
これならば、素早さが無くてもうなずける。
(イオ先輩、後衛と前衛を決めた方が懸命だと思いますがどうしますかとフォンフォンが言っています)
ウォルターの服のポケットに入ったフェリの端子からそう声が聞こえた。ウォルターは跳躍し、レイフォンの方まで舞い降りると汚染獣の狙いがずれた事を確認してレイフォンを肩に担いだ。
「ッ?!」
「黙ってろ」
ウォルターは一気に内力系活剄によって汚染獣との距離を開けた。
内力系活剄の変化、水鏡渡り。
神速と化したウォルターが一気に大地を駆け、汚染獣を挟んで巨大な岩場の後ろに隠れた。
ウォルターは自分の念威とフェリからの連絡で汚染獣の位置を確認し、とりあえずと抱えていたレイフォンを下ろした。
「わ……っ! っ、いきなりなにするんですか!」
「うるさい。オレがなに言ってもお前素直に聞かないだろう。だからこうしたまでだ」
「……聞きますよ……」
レイフォンの不服そうな言い方に、ウォルターはどうだかね、と呟いて肩を竦めた。
「ともかくだ。さっきの話だが、前衛はお前がやれ」
「僕が、ですか? 僕は後衛で鋼糸を使おうかと思っていたんですけど」
鋼糸。レイフォンがツェルニに幼生体が押し寄せた際に使用した錬金鋼の形状。
目に見えない鋼の糸を無数に操り、相手を即座に切り刻むことのできる、使い慣れればとても便利なものだ。だが、それはそれで危険なのだとウォルターは過去のレイフォンの事から知っている。
「あぁ。はっきり言うが、正直オレ、後衛は好きじゃない」
「本当にはっきり言いますね……。だったら前衛やればいいじゃないですか」
「お前のそのオンボロ錬金鋼と、かじった程度の鋼糸技術に任せるのは些か不安が残るンでな。アルセイフは前衛、オレが後衛。文句は聞かねぇよ」
酷い言われようだ、とレイフォンは眉を寄せたが、すぐさま切り替えた。
レイフォンにとって、ウォルターとは未だ許しがたい人物ではある。だが、いまはそこまで憎しみを抱いては居ない。
何故なら、ウォルターがどういう人間かが、いまははっきりとわかってきているから。
そしてなによりウォルターがどう思ってくれているのかが分かっているから。
だからこそ以前よりも、どちらかと言うと尊敬の念が強くなってきているのがレイフォン自身分かっている。
だが、それを表に出すのは別だ。そんな事は、さすがに出来ない。
というのも、ウォルターから言わせればくだらないプライドなのかもしれないけれど。
「さて。オレが先に化錬剄で仕掛ける。アルセイフはその隙に出ろ」
「……分かりました」
レイフォンが視線を合わせて頷くと、ウォルターがにやりと笑みを浮かべた。
―――――本当に、この人は……
嘆息する。ウォルターと居ると、うっかりここが戦場だと忘れそうになる。
この、軽い様子に流されて、ウォルターと居るといつもの取り繕ったような自分が居なくなる。
あぁ、と呟きをもらす。
外力系衝剄化錬変化、
ウォルターが上空へ向けた刀の切っ先から細長い針状の剄が放射され、汚染獣に狙いを定めて飛び交う。それが硬い汚染獣の殻を突き破り、中の肉にまで達する。
呻いた一瞬を利用してレイフォンが飛び出し、汚染獣に向かって剣を一閃させる。
「……さてと、再開しますかねぇ…」
面倒だけど、という呟きは轟音に飲まれて消え去り、化錬剄だけが残った。
外力系衝剄化練変化、
レイフォンが前方に居ることと、フェリには見られていない事をいい事に、口角をあげ、鮮烈な笑みを湛えた。
そういえば、こういうことに燃える戦闘狂がグレンダンには居たなぁ、と思いながら。