そんなこんなで、いまは出撃準備をしている。と言ってもウォルターはなにもすることがない。
都市外用スーツなんて要らないし、錬金鋼もツェルニで使うヤツはいらないので置いていく。
ウォルターには、左手首に付けた腕輪しか必要ではなかった。
「ウォルター、本当になにもしなくて大丈夫なんですか?」
「なに? 心配?」
「……するに決まっているでしょう」
「へ」
レイフォンの意外な言葉にウォルターは珍しくきょとんとする。
ウォルターのそんな反応に困惑した様子でレイフォンが慌てて訂正をかけてきた。
「あ、違いますよ?! えっと、僕が超えるまでに死なれたら困るってだけです!!」
「……………そか。まぁさんきゅな」
ウォルターはレイフォンの慌てぶりに笑みをこぼし、まだヘルメットをかぶっていないレイフォンの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「ちょっ、やめてください」
「んだけ元気がありゃあ大丈夫だ。オレが居るから負け戦にはならねぇよ。…なんだよ、そのふてくれされた顔は」
「不毛です、そんなの」
「だが、事実だろ? 別にお前が頼りにならないって言ってるわけじゃない。お前はお前にできることをしろ。オレはお前に過剰な期待なンざしねぇ。まぁ、要するに…気張れって言ってンじゃねぇのさ」
ウォルターはそう言ってランドローラーの検査に向かった。
レイフォンはウォルターに撫でられた頭を押さえたまま、少し俯く。
「……あなたは、いつもずるいです」
『まぁ気張れって言ってンじゃねぇのさ』
あの時も、同じ事を言っていた。
いまはやわらかな笑みを浮かべていたけれど、とは言え少し前思い出した事と同じ事を言われると、少し不思議な気分にもなる。
「おいアルセイフ、準備出来たぞ」
「あ、はい」
レイフォンがウォルターに声をかけられ、ランドローラーに乗り込む。タイヤが荒れた大地に接触し、疾走を始めた。
出たての頃はしつこくレイフォンに「本当に大丈夫なのか」と問い詰められ、フェリにも同じ事を問われてやや困ったが、10分も経てば静かになった。だが、レイフォンとフェリが話していた内容が唐突に変わった。
(そういえば)
ウォルターのポケットに突っ込まれた念威端子から、フェリの声が聞こえてくる。
その声に、ウォルターは問い返した。
(わたしの名前の話はどうなったのでしょうか)
「あー、そういえば放ったままだったな」
(えぇ、兄のせいで。ということで、レイフォンと共に考えてください。わたしも不本意ですが考えます)
ウォルターはくつくつと笑いながら話の経過を見守っていた。
レイフォンが思いつくままにフェリのあだな案を出していくが、すべて一蹴されて却下される。
それを聞いているウォルターとしてはなかなかに面白くて口をだすことをやめた。
(ウォルター先輩、笑っていないでさっさと考えてください)
「いやいや、オレはそう言うのは後付タイプ。いろいろ小提案が出たら言うよ」
レイフォンの恨めしそうな視線を横から受けながらそれでも笑いを零す。
(いやぁ、面白いなぁ本当に)
(楽しそうだね、ウォルター)
(ルウはなンとも思わないのか? こういうの)
(……僕は……ウォルターが楽しいなら楽しいかな)
(相変わらずだな……)
ルウと思考で会話をしていると、隣でレイフォンが捨て鉢になって言い放った言葉が耳に入る。
「フェリ」
言い切った。そう思いながら話の成り行きを聞く。
(ふむ……創意工夫も何もなく、そもそもあだなですら無い。ですがまぁしかたがないのでそれでいいです)
「適当だな……」
(ということで、続いてウォルター先輩のあだなを考えます)
「オレ?」
「えー、嫌です」
「心底嫌そうだな、お前は」
「嫌ですもん」
呆れ顔で「あぁそう」と言うとフェリの反論が帰ってきた。
(なにを言っているんですか、フォンフォン。フォンフォンはウォルター先輩を呼び捨てで呼ぶからいいでしょうけれど、ウォルター先輩は先輩を酷くつけにくい名前をしています)
「そういう文句は親に言ってくれ」
(ですから、先輩をつけやすい名前に変えようということです)
「改名はおとなになってからだぞ」
(ということでレイフォン、考えてください。寧ろ考えなさい)
「命令形?!」
しょうがねぇヤツら、と言わんばかりにウォルターは溜息を吐く。レイフォンが首を傾げつつ思いついたものを思いついたままに口にする。
「ウォル」
(意味がありません、却下)
「ウル」
(代わり映えしません、却下)
「ルレイスフォーン……だから……レイ……はだめだ、フォン……、も、駄目だ、ルター?」
(昔の偉人のようです。却下)
そこまで言いながら、フェリがふと誇らしげに気付いた事を告げてきた。
(……ウォルター先輩、気づきましたか?)
「なにを」
(ウォルター先輩のルレイスフォーンから“ル”と“ス”と“―”を抜くとレイフォンになります)
「知らん」
「嫌です、そんなの」
「オレだって嬉しかねぇよ」
「僕だって嫌です」
レイフォンの苦情を横暴だとウォルターが苦笑いした。
そんな苦笑にフェリがやや考え込んだ声音で考える。
(ふむ……なかなか無いものですね、では、…ルウ、などはいかがでしょう)
「ルウ、ですか。すっきりしていていいんじゃないですか? 問答無用で」
「おいこら。ってか、それ弟の名前だから、それはオレが混乱する」
(弟さん居たんですか)
「ルウって名前なんですか?」
「そうだよ。だからそれ以外で」
「じゃあ他に呼ばれていた名前とかは?」
「ん~……。“ルイス”ってよばれてた」
(ルイスですか……。ふむ。ではイオにしましょう)
「どっからそうなった」
「いいんじゃないですか? 僕は呼びませんけど」
「うるせぇよフォンフォン」
「く……ッ!」
ウォルターが眉をよせた。あだな自体は実際どうでもいいのだ。問題は、そこでは無い。
「大体どっから?」
(いえ、ルイスの“イ”と、ウォルターの“オ”でイオです)
「……もー好きにして」
(では決定ですね。イオ先輩。ふむ、すっきりしました)
「僕は嫌ですよ……。ウォルターはウォルターですもん」
「もういいよ、本気で好きにしろ」
ウォルターは溜息をついて肩を落とす。
レイフォンのややむくれたような言い方に苦笑し、フェリの言葉に呆れた声で対応する。
(それともう一つ)
「あン?」
(ロス呼びをやめてください)
「えー…、ヤだ」
ウォルターがフェリにそう言う。だが、そこで黙るフェリではない。
(兄とまとめられていて不快です)
「って言われてもなぁ……」
ウォルターは渋った。正直、現状は名前を呼びたくないというのが本音だ。
理由は特に無いのだけれど、何故かあまりよくないと思っている。
昔は特にそうは思っていなかったからあの男の事も、少女の事も、獣のことも、闇の事も、すべて名前で呼んでいた。だが、“あれ”以来、違和感が生じるようになってしまったのだ。
「………………」
「どうしてそんなに嫌なんですか?」
「……嫌ってわけじゃないンだがな」
(では、こうしましょう。フェリ・ロスにつけられた、フェリというあだなを呼ぶ、それでどうですか?)
「……ん~~」
それ、実質的には同じじゃ。そう思ったがそれはさすがに言うのをさけた。
「……じゃあ……、そのあだなという定義で“フェリ”って呼ぶのは良い。だけど、こっちも条件つけさせてくれ」
(?)
「あの生徒会長が卒業したら。それでいいならいい」
(………………仕方ないですね………………)
フェリの渋々の承諾を得て、ウォルターは微笑んだ。
(……では、約束です)
フェリが急に神妙な声音になって呟いた。
(イオ先輩はいまの言葉を忘れないこと。……そして…絶対に、ふたりとも無事で帰ってきてください)
それ以降、フェリの多弁さはなくなった。