同事刻、レイフォンもベッドに寝そべっていた。
思い出していた事は鋼糸の訓練をして居たときのことで、腕にある深い傷跡を見つめながら、思い出していた。
勝手に1人で鋼糸を使い、血を多く流して出血多量、その為に気を失っていたレイフォンを発見したのは、ウォルターだった。
「……なにこの状況」
ウォルターは呆れた顔をして、レイフォンを見やる。血の気の失せた顔をみて、大きく長く溜息をつくとレイフォンを抱えた。後ろには抱えられないうえ、出血している為必然と横抱きになった。
まぁ別いいか、と思いながら、服が血で汚れる事も構わずに病院へと向かう。
少し遅れてきた、レイフォンの鋼糸の師であり同じ天剣授受者もあるリンテンスに事情を説明すると、並々ならぬ大きな溜息……リンテンスは煙草を吸っていたので紫煙を吐き出していた。
「あの馬鹿は……」
「はっは。盛大に叱ってやるといい」
「…だが、意外だったな」
「なにが」
「お前なら、なにもしないだろう」
「こうやって、したけど?」
「だから意外だと言っているんだ」
リンテンスの端的ながらも鋭い指摘に、ウォルターは肩を竦めた。
そしてそのリンテンスの視線がウォルターの血に濡れた服に向けられている事に気づき、更に肩を竦める。
「……そンなにかねぇ?」
「そんなに、だ。大体、何故お前がここに居るのかも分からん」
ここ、というのは病院というよりもグレンダンのことだろう。
「いやー、天下のハーデンがそんな噂に左右されるなンてね。目の前に居るンだから、これが真実。そうだろ?」
「……………そんなことはどうでもいい」
「あ、そ。…ま、オレもどうでもいいけどね~」
「……あいつに見つかったら面倒だろう」
「ん? アルセイフにって事? ん~、確かにねぇ…、この服もさっさと洗わないと血染みになる」
そう言って血に塗れた服を引っ張った。
「……だったらさっさと帰れ」
「つれねぇなぁ、ハーデン。まぁ、あいつにじっろぉぉぉって睨まれンのもヤだし、オレはささっと帰るよ」
「…ウォルター」
「あン?」
「真実、と言ったな。お前が放浪バスに乗っていた……それもまた真実だと、おれは知っている」
「………………あらゆる事が真実と成り得る可能性というものは世界に存在する。Aの言うB、Cの言うBが違うように、見るヤツによって真実は変わる」
ウォルターが何処か深い意味を含むように言う。リンテンスはその謎かけのような言葉に不快そうな表情で眉を潜めた。
「だが、中には変わらない真実というものもある」
「……だな。…じゃあ、帰るよ。……そうそう、アルセイフにはオレが助けたって事は黙っといてね」
「分かっている」
リンテンスの端的な了解を得て、ウォルターは病院をあとにした。
「………あぁもう、オレってヤツは……」
嘆息する。別に、これはオレが悪いわけじゃない。ただ、ウォルターは自分の人の良さに悪態をついていた。
結局ここはレイフォンの病室であり、レイフォンが静かに眠るだけの空間と化している。
一旦は帰ったのだが結局ここへ来ているウォルターは、自分はどうなのだともうどう言えばいいのかよくわからない感情にかられる。
「……ガキ」
レイフォンにそう呟く。
今度こそ帰ろうか、と重い腰を上げると、後ろから呻き声のようなものが聞こえ、おそるおそる後ろを見た。
「……ぅ……?」
「げ、起きた」
「……ウォルター・ルレイスフォーン……ッ?! どうして、ここに……!」
「あー…」
ウォルターは大きく溜息をつき、赤と黒の髪をかき混ぜながらレイフォンを見た。
「お前が勝手に怪我してたからここに居る。ンだけだろ?」
「心配ですか」
「いや、全然」
「……なんですか、それ……。じゃあ、どうしてここにいるんですか」
「やかましい。意気がりやがったガキがどんなツラしてンのか見に来ただけだよ。っとに、ガキの癖に意気がりやがって。そのざまがこれだ。お前は力はあるがまだまだ子供だ。出過ぎたことをしてンじゃねぇよ」
「な……ッ」
ウォルターがレイフォンの言葉を不機嫌そうにきると、レイフォンは心外だ、という顔をして身体を起こした。しかし、体重をかけた腕に激痛が走り、レイフォンは眉をしかめて枕へ頭を落とす。
だが、口はウォルターへ悪態をつこうと口を開く。
「あなたになにが……!」
「知るかよ。オレはお前なンかに興味はねぇ。だが、ここで天剣授受者になったからには、オレの後がそンな雑魚じゃ困るンだよ。オレの眼が悪いって話にもなるンでね」
「……自分の為、ってことですか」
「まぁね。……だからって、お前に気張れって言ってンじゃねぇのさ。お前はどうしようもないガキで、どうしようもなくでかい力を持ってる。だが、それをまだコントロール出来てねぇ。なによりお前に足らねぇのは経験だ」
「そんなことは…ッ」
「分かってねぇからこうなったンだろう。いい加減、自分の落ち度を認めたらどうだ? ガキが。……身の程を知れ」
レイフォンは何かを言おうとしていたようだったが、結局はその言葉を喉の奥に飲み込んでなにも言わなかった。
いいや、言えなかった。
「本当に、あれは酷い」
あの時は本当に憎いと思っていたから、ウォルターの顔を見た時は本当にどうしてやろうかと思ったくらいだ。
もし身体が動けば、ウォルターに斬りかかっていたかもしれない。だが、いまになって言っていたことを考えれば、ウォルターが言っていた事はよく分かる。
まだ、あの時は子供だったのだ。
「…………」
腕の傷を見やる。あのあと、ウォルターが去ってから気付いた。
自分の身体から微かに、ウォルターのにおいがすることに。
傍に居るだけでは染み付かないであろう程、濃く染み付いたにおいだった。
リンテンスもなにも言わなかったけれど、おそらくウォルターが病院へ自分を運んできたのだと気づいた。
だが、それと同時に思ったのは疑問だった。
何故、ウォルターがそんなことをしたのか。何故、ウォルターはそれを黙っているのか。
いまになればそれは解き明かせる謎だけれど、あの時は本当にわからなくて、数日悩んだりもした。だが、それでもその疑問はしばらくして思考の波に飲まれ、消えていった。
そして今回のことを経て再び思い出した。
今なら、その答が分かる。
「いまなら、言っていたことがわかるんだけどな」
あの時は本当に憎しみしかなくて、次あったらどうしてやろうかなんて思ったものだ。
ふっと自嘲な笑みを浮かべ、追想をやめて瞳を閉じた。