面倒くさい。はっきり言ってそう思う。
現在は体育館で、ウォルターは監督生として教える側に回って武芸科の生徒に指導を行なって居る。
だが、まぁ時々まじめにやらないヤツらも居て……
「がふっ」
「ぐっ」
今回はその“ヤツら”がレイフォンと3人の馬鹿だったりするのだ。
「あーもー…、お前ら、なにやってンだ?」
「……ウォルター……せん、ぱい」
こういう場では一応付けるらしい先輩という言葉だが、酷く嫌そうな顔をしている。
今回はウォルターが監督生だと知って居る筈である為、ウォルターがここにいる理由も知っている筈だ。だがこうしているというのは、まぁ……、倒れている3人の馬鹿がレイフォンに喧嘩を売った、というところだろう。
レイフォンの隣にはレイフォンの同級生である女子武芸者も居る。
「まったくよー、喧嘩はよそでやれってンだ。せめてオレの管轄でやンな」
「……………」
「押し黙るくらいなら最初からやンな。…おい、そこの。この馬鹿3人連れてけ」
「は、はい」
向こうに居た生徒に声をかけ、3人を医務室へ連れて行かせ、ウォルターはレイフォンにつかつかと近寄って、頭にチョップを食らわせる。
「!」
「反省すること。おらっ、さっさと再開しろ。集まるな」
レイフォンのきょとんとした顔を置き去りにして、ウォルターはもとの場所へと戻った。
「……果たしてあの人はあれでいいんだろうか」
「ナッキ?」
「いや……もう少し注意されるかと思った」
叩かれた頭をさするレイフォンの隣で、ナルキ・ゲルニがそう呟く。ナルキの言葉は最もだと思うが、それでもレイフォンは苦笑した。
レイフォン達から離れて、集まってきた生徒達に指示を飛ばしているウォルターを見ながら。
「あの人はいいんだよ。あぁいう人だから」
レイフォンの言葉に、ナルキはむぅと唸っていたが、練習を再開した。
ウォルターはがしがしとモップを動かしていた。
機関掃除はなかなか骨が折れる作業ではあるが、慣れてしまえば身体を動かすだけで何かを複雑に考える必要も無く、とても簡単な作業で助かる。
そう、上の空でモップ掃除を続けていくと、うっかり足元にあったバケツに足をぶつけた。
こんなところにウォルターが置いている筈はないので、他の人のバケツだ。
「あっと、悪い……って、アントークか」
「ウォルター……」
「なンだよ、そのしょぼーんって顔は。……また何か考えに耽ってたか?」
「……まぁ……な」
やはり表情が曇ったままのニーナに、ウォルターは隣でさりげなくモップ掃除を続けた。
ニーナはそれに少し困惑したような様子だったが、それでも口を開く。
「……会長から、レイフォンの事を聞いた」
「そうか」
「あの強さの理由も、そして、その強さがどれだけのものかも……、今回のことで、よく……分かった」
「まぁ、強いよな」
「……わたしは……、幼生体をたった一人で…いや、ウォルターも居たが…、倒したレイフォンを、……“本当に人間なのか”と疑ってしまった。そして、たった一人で母体を潰しに行ったお前に対しても、同じ事を思った。…同じ、十七小隊の仲間なのに」
「……ま……、人間そうそう簡単には信じたり出来ないもンじゃねぇの?」
ウォルターはさらりと言ったが、ニーナはそれにどうも納得出来ないようだ。
「…だから、疲れて倒れたあいつを見て、安心したんだ。お前がその状況をみて、大笑いする所を見て安心したんだ。あぁ、おなじ人間だ、と」
「……ん~……」
そのニーナの言葉に、ウォルターは小さなひっかかりを感じた。
確かに、レイフォンはそうだ。武芸者という肩書きのついた、人間なのだ。だが、ウォルターは違う。“正真の異民”という肩書きだけでなく、本当に人間からかけ離れている。
そこに、ニーナとの意識の差を感じた。
「…だが、その後のことがそれをわたしから少し忘れさせてくれていた。だから、レイフォンとお前が強いということだけが残った。このまま強くなれば、わたしたちは武芸大会でツェルニを勝利に導ける、と思ったのだ。……だが、負けた。負けてしまったのだ」
「まぁ、負け戦だったな、あれは」
「……何故、そうも平然としていられる? お前は、この都市が滅んでもいいというのか?」
「誰もそうは言ってないだろ」
ニーナの懸命な言い方も、ウォルターの前では大波に飲まれる子供が作った砂山のようなもの。ウォルターからして、“くだらない”思念などにウォルターが構う筈もない。
「……じゃあ、なんなのだ? このまま負ければ、ツェルニは確実に滅ぶ。今年の武芸大会が鍵なんだ。負けるわけにはいかない」
「まぁ、そうだな」
「…………お前は本当に物事に無関心だな」
「まぁね。けど、だからって見放してる訳でもねぇ。ツェルニを滅ぼされる気もないし、そうする気もねぇよ。だが、お前程に熱い思いは持ってねぇ」
「…お前、何か隠しているんじゃないか?」
「は?」
「会長は、お前の過去の経歴については何も知らないと言っていた。実際、お前が口止めを…」
「できるかよ、あんな偏屈会長。……まぁ……、もうそれ知ってるお前だし、言ってもいいか…」
はぁ、と溜息をついて、ウォルターはモップを握り直してから話し始めた。
「オレは、元々天剣授受者だった」
「……………!」
「アルセイフがなった天剣はヴォルフシュテインって言うンだが、その元、ヴォルフシュテインだ。オレは、天剣授受者決定戦でアルセイフとあたって、アルセイフを叩き潰した」
「……それで、お前をあんなに毛嫌いしてるのか」
「そ。でもって、いらねぇからって、あげた」
「……都市の最高権威を、か? そんなまるで菓子を子供にやるような言い方…」
「いや、でも本当。アルセイフには、『オレには要らないものだから』って言って渡した」
「……お前はつくづく思考がかけ離れているな」
「それはそうかもな。って言っても、オレは別にだからって後悔してる訳でもない。実際本当に要らなくなったからあげた。ンだけだろ?」
ウォルターのあっさりとしたいい振りに、ニーナは開いた口が塞がらないらしい。
困ったように肩を竦め、ウォルターが苦笑した。
「天剣授受者だった、か……だから、お前もそんなに強いのか」
「んー、どうかねぇ。オレからしたら天剣授受者のヤツらなンて雑魚いし、正直相手にもならない。グレンダンの女王は天剣授受者を凌ぐ力を有してンだが、オレより弱いしなぁー」
「……お前がとんでもなさすぎるんじゃないか?」
「それはあるな。確かに。けど、それオレが悪いわけじゃねぇンだし」
「………お前、そんな力を持ってなにをしたいんだ? 武芸者の都市での最高権威を要らないと言えるまでのしたい事って、なんなんだ?」
ニーナが真剣な眼差しで問うて来るが、ウォルターは不敵に笑みを浮かべただけだった。
「ウォルター……ん?」
ツッ……
不意にニーナの髪がひかれた。後ろに居たのは、この都市の意識、電子精霊のツェルニだ。
「ツェルニ」
「よぅ、久しぶりだなぁ、ツェルニ」
ニーナがツェルニを抱きしめ、ウォルターが軽く腕をあげた。相変わらずツェルニはにこにことしているだけで、特になにかというわけでもない。
ツェルニを抱えて何か思いに耽るニーナを尻目に、ウォルターは掃除を再開する。
「わたしは、自分の手でお前を守りたいんだ」
そんなニーナの呟きが、聞こえた。
―――――自分の手で、ねぇ……
そう言うと聞こえは良いのだが、実際それは行き過ぎれば固執になってしまう。
それが暴走しないことを、ウォルターは祈るばかりだ。