余計な用事も含む仕事の終わったウォルターとレイフォンは、十七小隊がいる練武館へ戻る道を歩く。この後は訓練と連係の練習か、また仕事が増えたなぁ、なんてボーッと考えつつ歩いていると、少し後ろを歩いていたレイフォンから声がかかった。
「ウォルター、それにしても良かったんですか」
「なぁにが」
「いえ、僕が言えたこと…というか、決定されたんですし覆しようがないですけど…ウォルターで言う、面倒事なのではと思って」
「…面倒っちゃあ面倒だけどな。けど、まぁ…その…なンだ」
ふむ、と顎に手を当てた。的確な言葉が見つからずしばし考え、それから「あぁ」と声を零す。
「まぁ、迷惑じゃあないからな」
「…僕は迷惑なんですけど」
「はは、まぁそうだろうな」
「なんでそんな愉快そうなんですか…。これから隊長達にも頼まなくちゃいけないのに」
「このくらい楽観してる方が余裕あっていいだろ。…一番説得しんどいのは、アントークじゃなくてマテルナだろうし…」
「……ダルシェナ先輩は…ダメでしょうね……」
二人してため息を吐いた。
結局、放浪バスが来ないものは仕方がない。こちらから出せるバスも無い。となれば、長期滞在することになるのは当然だ。
元来学園都市は放浪バスの経由点としては向いていない。それは学園都市の周回路がその他の都市に近づく経路を通らないからだ。通常の都市であれば、周囲の都市との交易や放浪バスの点も加味して経路が似通ることがあるが、学園都市はほぼ独立している事が多く、戦争期のみ他都市と経路が似通ってくる。その為、元々外縁部の区画にはさほど経由点としての栄えはないのであった。
そして、ハイアが他都市へ行く為の放浪バスをサリンバン教導傭兵団が他都市から持ってくるとのことだったが、しかし戦争期であるがゆえに、そのバスはツェルニへ出発する事を伸ばしに伸ばして一月が経った。そしてこれ以上の滞在は難しいだろう。というのも、通常であれば外縁部の区画での長期滞在は問題視されない。サリンバン教導傭兵団も問題視をされていないが故に現在も外縁部に滞在している。
しかし、ハイアは違う。武芸科長とその下数人の長に当たる面々に、第十小隊、そしてマイアスとの都市戦時の事を認知されている。カリアンはそうでないにしても、その他の面々がどう認識するかは目に見えている。
一番は都市から出すことが良いだろうと事実を知っている面々は誰もが思う。しかし、それが不可能であるならば、“正当な”理由が必要になる。もちろん面倒な点はある。しかし多少の厄介を無視してでも、その決定を行うのが一番得策ではないのかと、カリアンもウォルターも考えた。
「まさか、リーリンについで、ハイアとミュンファさんまで滞在することになるなんて」
「戦争期じゃしょうがないだろ…」
「あっ、ウォルターがハイアとミュンファさん他都市に送ればいいんじゃないですか? 勝手に都市からいなくなれるくらいですし」
「お前そのこと最近ポジティブに捉えるようになったな…」
名案、と言わんばかりに表情を輝かせたレイフォンの頭を軽く叩き、「出来るかバカ」と返しておいた。ウォルターが何らかの技術で都市間を移動する術を持っているという事実が十七小隊辺りにバレている事実をどうこうする気はウォルターには毛頭ないが、しかしだからといってそれをおおっぴらに使う気もない。
ザックリとしたウォルターの言い振りに、レイフォンは少しつまらないという表情を浮かべ、それからため息を吐いた。
元々この決定を下した理由としても、この一月、ハイアとミュンファが──主にはハイアだが──ウォルターの監視つきである程度の自由活動に許可が出されていたことが根底にある。ウォルターがこのツェルニにおいて一目置かれる武芸者である事は武芸科全体に認識されていることであり、上層部もだからこそ監視を任せ自由活動の許可を出した。忙しくなる中で外縁部での監視が行き届かくなり、もしもの事態がおきるのではないかと恐怖を抱いている上層部には、「確実に仕留められる」存在であるウォルターの近くに配置しておくのが、一番安心だということを煽りやすかった。そしてそれをカリアンは適切に煽る事ができ、ウォルターは実力で納得させる事ができた。だからこそ決定させることのできた事柄だ。
「…ま、いい感じにいい配役がいたおかげだな。オレだけじゃなくて、お前もいて、お前はライアに二度勝利の実績がある。それもあの腰抜け上層部共にこの決定を押し通すことができる要因になった」
「腰抜けって…、武芸科以外は相応にして一般人なんですから、怯えるのは当然といえば当然と言えるでしょう。そんな言い方しなくても…」
「不必要に怯えるのは腰抜けの証だ。…ともかく、オレとお前でせいぜいあいつを抑えつけてる様に見せておくのが一番だってこった」
「なんか詐欺でもしてる気分ですよ…」
「ある程度事実なら良いンだよ。詐欺じゃない。…つか、まぁ…あいつも外縁部にいるより学生経験できていいだろ」
けろりとウォルターが言えば、レイフォンは複雑そうに眉根を寄せる。ウォルターの意見には「まぁそうなんですけど」と同意を零しつつ、それから腕を組んだ。
「…なんていうか…複雑っていうか…嫌だなぁ…。学年はまだしも、管轄下に置かないといけないからって小隊まで一緒にされて…」
「まさか武芸の許可くれるとはな。会長さんよく通したよなぁ。…ちなみにオレはちょっとあいつらの学力気になってる」
「武芸のことはできても頭悪かったりして」
「ハハ、盛大にブーメランな気がすンだけど」
「ブーメランは余計です。僕はちゃんと学生してますよ」
「学生してンのと頭いいのは違う気がすンだよなぁ。…ひょっとして、お前の同級生になったりしてな~」
「ぜっっったい嫌です」
「でもお前アイツが年相応に3年に入って先輩になっても嫌って言うだろ。アイツの事先輩って呼べンの?」
「ウォルターも先輩ってつけて呼んでないのに何を今更」
「……そうだったな……」
この対応が当然のようになってしまっている現状、一切の違和感を抱いていなかったが、言われれば確かにそうだった。ウォルターもあまり気にしない質のせいか、レイフォンはすっかりウォルターを「ウォルター」呼びで定着していて、ウォルターもそれで慣れていた。
「まぁ無理に呼ばせる様なモンでもないしな…」
「いまからでも呼んであげましょうか? ウォルター先輩って」
にこりと表面的にレイフォンが笑みを浮かべ、ウォルターは微妙な顔で硬直し、レイフォンもそのままで硬直し、そうしてしばし時間をおいて、
「……気色悪……」
「……嘘くさぁ……」
2人して気分が悪くなった。