明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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似たもの集団

「ハァ!? んなの困るさ!」

 

 ハイアは声を張り上げた。

 眼の前にはこの都市の生徒会長カリアンが座っていて、彼は困ったように眉を下げている。実際、互いが互いに困ったことになった。カリアンに差し出された紙を握りしめ、ハイアは大きくため息を吐き出した。

 

「こちらとしても、あまりよくはないね」

「そりゃそうさ。…戦争期にバカしたのが裏目にでたか…」

 

 互いにもう一度ため息を吐き、ハイアはくしゃくしゃになってしまった紙を机に放る。それを隣に座っていたミュンファが小さく咎めたが聞き流した。

 

「…傭兵団が準備に手こずるって言うなら、こっちで動くしかないさ。これでもう一月は待ってる」

「そうしてくれた方が、こちらとしてもありがたいが…。しかし、だからといって本当に放り出すような事をしては、わたし自身として厄介になるのでね」

 

 そう言われ、ハイアはやや眉を寄せた。隣のミュンファは意味を理解していない。

 

―――――ま、それがすべてじゃないにしても、評価に響くか…

 

 できるだけ生徒会長としての座に座りたい人間なら、降ろされる事態をできるだけ避けたい筈だ。それに響く様な危険分子も、要因も。そして目の前の男はそういう男だ。出来る限り被害は最小限に、なおかつ迅速に。

 ハイアはちらとミュンファを見た。彼女は身勝手をした自分についてくるといった。そうして彼女はここにいる。ハイアと違い世渡り上手なフェルマウスやヴィート達ではなく、自身を選びここにいる。

 彼女のためにも、傭兵団という囲いを出たハイアはこの酷く生きづらい世の中を生きて行かねばならぬのだ。できるだけうまく。面倒を起こさず。

 彼女のために。そして、この都市に在する尊敬する彼のために。

 

「面倒はこれ以上かけられない。…あんたらも厄介は早めに消えた方が良いと思うさ。こんな傭兵の1人がパッと消えたって誰も気にしやしない。……ウォルターにも、これ以上迷惑は…」

「ハイアちゃん…」

 

 ミュンファの小さな声が鼓膜をかすめる。膝上で拳を握った。

 あぁそうだ、これ以上迷惑はかけられない。

 まっすぐに視線をあげられず俯いたハイアからカリアンの表情は見えない、しかし、どうやら困ったような、呆れたような、“よく見るもの”を見る様な眼を向けられた気がした。

 

「…キミは…」

 

 そうカリアンが口を開いたのと同時、生徒会室の扉が開いた。それなりの勢いで開いた扉は大きな音をたて、少し古びた音とともに反動で少しばかり戻る。そうして、その先にいる人物の姿を晒した。

 この場にいたおおよその人間が想定した人物が、当然のようにそこにいた。片手に大量の資料を抱え、雑務で来たであろう彼はジッと話の渦中の男……ハイアを見据え、それからニヤリと笑う。後ろで「あーあ」と言わんばかりに呆れ顔をしていた鳶色は、それからハイアを鼻で笑った。

 

「内容によっちゃ拳ひとつじゃ済まさねぇぞ、ライア」

「……ウォルター……」

 

 ひぇ、と口端から悲鳴が零れたのを、隣に座っていたミュンファは聞き逃さず、それでいて苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

「オレがあれだけ言ったのにな?」

「あ、あぁ、ちが、違う…、いや、違わないけど、なんていうか…」

「オレ傷つくなぁ…お前らのためだと思って監視役引き受けたのに…」

「あ~~~そういう言い方は酷いさ~~~!!」

 

 ウォルターが持っていた資料を受け取り、レイフォンはカリアンに資料類を差し出しながらため息を吐き出した。

 自主的に床に滑り降りたハイアはともかく、その眼の前で「悲しいわ~」とか棒読みで嘘泣きを披露するウォルターには、本当に良かったんだか良くなかったんだかと複雑だ。

 

―――――まぁ良かったんだろうけど

 

 つい先日までの表情は嘘の様に消え、“以前の”彼が戻ってきた。あの都心部の奥でなにがあったのかレイフォンやニーナを含めた面々には知る由もないが、それでも戻って欲しいと願っていた自分達にとっては喜ばしいことだ。たとえそれが、自分達の知る場所でなかったとしても、そのふんいきさえ 戻ってきてくれれば、それでよかったはずなのだ。

 しかし、素直に喜べないのがレイフォン・アルセイフの悲しい性であって。

 嬉しいと良かったと思う自分がいるのはすでに認めている。それはもう認めざるをえないことだった。だからそれを否定する気はない。

 しかし、しかしだ。

 だからといって、いわゆる“調子のいい”ウォルターになるのも、少しばかりレイフォンにとっては複雑な面もある。ここでレイフォンの指す“調子のいい”は、例えば技のキレが良いとか身体の調子が良いとか――そうだったらある意味では良かったのだろうが――そういう事ではなく。彼独特、といっては妙かもしれないが、おちょくる様な態度や軽薄にも取れる表情と態度と雰囲気が戻ったことが、どうしようもなく複雑なのであった。

 

―――――ウォルターだからしょうがないっていうか、まぁ…わかってるんだけどなぁ…

 

 言葉では言い難い面はあるが、とにかく“ウォルターはこういう人物だ”と認識している以上、現状よりも良くしろだのその態度を改めろだのと言う気はレイフォンにはさらさらない、が、なんというか……

 

―――――…“それは治らなかったんだなぁ…”みたいな…

 

 まぁこれが、ウォルターという人物の素の表情なのかもしれないが。

 妙な疲れに、レイフォンはため息をひとつ。それから肩を揉んで、成り行きを見守るべく少しばかり彼らと距離をとる。決して、引いたとか云々ではないと、レイフォンは内心で誰というわけでもなく弁明した。

 

 

 

 

 

 

 

「だからおれっちが言ってるのは、またウォルターの手を借りることになるから…!」

「それがお前はオレの迷惑になってるって言うンだろ」

 

 ハイアのはっきりとしない態度と言い振りに、ウォルターは腕を組んだ。

 元々小隊の生徒会提出資料とついでに先日の廃都市の調査報告書を提出するために訪れたのだが、まさかこうなるとは。中の話を聞く気がなかったといえば嘘になるが、それにしても今朝生徒会から呼び出しがかかった時、2人が浮かべていた妙な表情が気にかかっていたらこうだ。

 本当、重要なことを言わない目の前の元傭兵団団長には盛大に溜息をつきたくもなる。

 

(こ~れだからコイツは)

(んふふ誰かさんにそっくり~)

(…うわ~…耳がいた~い…)

 

 そう言われればそうでした、とウォルターは内心でから笑いを零す、ルウは楽しそうに笑うだけだ。

 ため息を零しそうになるウォルターの眼の前で床に正座するハイアは、ワッと泣かんばかりの勢いで言葉を発しながら拳をブンブン振った。

 

「だっておれっちが頼んだ時ウォルター嫌そうな顔した!」

「そりゃアポなしで来られたら誰だって嫌な顔くらいするだろ。…いいだろ、結果的にお前ら泊めたンだから」

「嫌そうな顔するのは迷惑だから、その前もその後も機嫌悪かった!」

「それは悪かったけどお前のせいじゃないって何度説明すりゃわかンだよお前…」

 

 はぁあ、と結局は大きなため息を吐き出し、「うーん」と腕を組んだ。

 とりあえず現状をまとめると、現在ツェルニが戦争期で、また周囲も同じ様に動き回っているために放浪バスが来るのは早く見込んでさらに2ヶ月後。サリンバン教導傭兵団がこちらに回してくれるとなっていた放浪バスも、結局は都市同士の戦争や汚染獣の危険を回避するため動きが慎重になっている。サリンバン教導傭兵団お抱えというわけでもなく、交渉により来てもらうことが可能になっていることから、サリンバン教導傭兵団の方も無理に強いることもできないということらしい。

 つまり、予定していた時期よりも大幅にずれ、ハイアとミュンファがただただツェルニに居座ってしまうという状況が出来上がる。それはツェルニ側としてもそうそう黙認出来るものではなく、それはハイアとミュンファも同様だった。

 戦争前であれば、都市間の移動は可能になるため、ツェルニが他都市とぶつかった際に移動するか…

 

「…ランドローラーとか…」

「バカか」

「うっ」

「もう一回言っとくな? バカか」

「うぅっ」

 

 傭兵としてあちこちを回ってきたハイアが、その危険性を知らない訳はない。にも関わらず、低確率で危険な方法を提示してくることにウォルターは再びため息を吐き出しながら頭を抱えた。

 

「会長さん…、コイツらの事情を知ってンのはオレらだけか」

「…あぁ、多少の誤差はあるだろうが第十小隊とマイアス時の事を知っているのは、十七小隊を除くとわたしとヴァンゼくらいだろうね」

「…なぁ、会長さん」

「あぁ、おそらくキミが言いたいことならわたしが言おうとしていたところだよ」

「…まぁ…それしかねぇモンなぁ…」

 

 本日何度目かわからないため息を吐き出して、ウォルターは「そうだよなぁ」とカリアンに同意を示した。


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