明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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存在の変革 - 6

 

 そうだとしても、信じて、いいのだろうか。

 信じてくれと、言っていいのだろうか。

 

(……いいと思うよ)

 

「…ルウ?」

 

 『箱』の接続が直ったのか。

 無事で良かった、そう一言言おうと息を吸ったが、それより早く、ルウが口を開いた。

 

(ウォルターなら、絶対大丈夫だよ)

 

 強く、そう答える。

 はっきりとした声音が、嘘のない言葉だとわからせてくれる。ウォルターは自身が言おうとしていた言葉を口の中で転がして、霧散させる。

 信じてくれている。信じても大丈夫。信じてくれと、言っていいのだ。それが妙にじんときて、一瞬、目頭が熱いと感じた。

 

「…うん。……うん。……そうだな。大丈夫だ。オレが、どうにかしてやればいいンだ。オレなら、どうだってできる」

 

 運命だとか、そんなくだらないことにいつからこだわるようになったんだか。

 自分でもわからないが、それでもこだわっていたことは事実なんだろう。自分を意固地にした理由も何もかも、自分がそれにこだわったからなんだろう。

 

「…ここに立つのは、アインでも、サヤでも、ましてやイグナシスでもない。オレ自身だ。そうだろう。知ったことじゃない。イグナシスの執着も、狼面衆の思惑も、くだらない運命も、何もかも」

 

 あぁそうだ。ここに立っている。生きている。

 戦っていた。戦っている。戦う。

 誰のために。

 自分自身の為に。

 

「オレはオレ自身の意志で、戦う。ここに立つ。…もう二度と、…誰も奪わせない」

 

 ウォルターは手を開く。その掌の上には何もない。だが、確かに決意があった。それを握り込む。掴む。この身体に、心に、刻みつける様に。

 ルウはほんの少しその言葉に瞠目して、それでも表情を緩める。

 

(もちろん僕も最後まで手を貸すよ。最後まで、ウォルターのちからになる)

 

 染みるように、柔らかな声で、頷きながらルウは答える。

 その柔らかな声音に、ウォルターは大きく息を吐き出した。もう一度、自分の“くだらない意地”を吐き出す様に。そして、力強く頷く。

 

「……ありがとう。…無事でいてくれて、本当に良かった」

 

(…うん。ありがとう、大丈夫だよ)

 

 ルウが再度頷く。『箱』の中の柔らかな感覚に触れながら、ウォルターは息を吸い込む。吐き出す。

 

「…できるはずなンだ。オレなら。オレを、…信じようとしてくれている人間に応えることも…、その存在を守ることも。…この異界法則で、かつての存在を救う事も、かつての居場所を創造することも」

 

 たとえ、それが“かつてと同じ”でなくとも。

 

―――――オレ達は人の形をした模造品、そして世界だ

 

 ここに立つウォルター・ルレイスフォーンは人ではない。けれど人に近く、そして世界に近い。決して彼らと同じ道を辿ることなど叶わない。しかしその生き方を似せることはできる。

 ならば、ならば。

 近づけて見せようじゃないか。矮小だと罵られようと、脆弱だと誹りを受けようと。この心が内包する刃は、決して鈍りはしない。外敵を殺し、目的を達し、そして最後の時を迎えるまで。

 自らの赴くままに、かつての様に。

 

―――――それが…かつての存在の為にならないとしても

 

 これが、“ウォルター・ルレイスフォーン”の生き様だと。

 

 再度息を吸い込んで、吐き出す。少し肩を回す。

 ウォルターは眼を伏せてもう一度深呼吸をして、パッと開いた。

 

「はは、はー、あー、…あー、うん。…へいき。おっけおっけ。調子戻ってきた気がするわ」

 

(あはは、ウォルターってば)

 

「まぁ、本当、…迷惑かけて悪かった。……し、ローフォードには本当迷惑かけたわ」

 

 よいしょと声を出しながら、軽く伸びをして歩き出す。空気の流れを探し、肌を撫でた地上へ吹き抜ける風の方へと足を向けた。肌を撫でた風は少し髪を揺らし、黒と赤の髪を舞わせる、それを手で少し抑えながら、ウォルターは瓦礫の道を歩いて行く。

 

(僕は別に構わないよ、ウォルターだし。…ここには、前にも来たことあるんだっけ?)

 

「あぁ、あの時はディックと2人で荒れてたからなぁ、狼面衆を潰すのに軸をズラしたは良かったンだが、その後すぐに汚染獣が来て…撃退ついでに都市をあちこち壊した。…めっちゃ怒られたの覚えてるわ」

 

(アハハ、それは確かに迷惑かけてるね)

 

「…そンなつもりなかったけど、まー何度も言うがあの時は荒れてたから。しょうがないってことで」

 

 手打ち、なんて言い、手を叩きながら軽く笑いを零す。瓦礫の道なき道を歩いて行くなか、自身の名を呼ぶ聞き慣れた声達が聞こえる。その音が鼓膜を揺するのをどこかこそばゆく感じた。その感覚を払う様に、ウォルターはほんの少し息を吐き出して、吸う。

 

「…探されてるっぽいな」

 

(…まぁ…、だろうね)

 

「うーん、こりゃアントークに叱られるかね」

 

(ふふ、ウォルターはちょっとくらい叱られてもいいかもね。今回は)

 

「…今回は、な」

 

 お互いに笑みをこぼしつつ歩いていると、バタバタとこちらへやってくる鳶色が見え、ウォルターはその姿に軽く苦笑をこぼした。

 

「大丈夫ですか、ウォルター!」

 

 珍しく肩で息をするレイフォン。ウォルターの眼の前まで来ると、はーっと息を吐き出して膝に手をついた。ヘルメットの奥で、少しばかり汗が流れているのが見える。

 

「見つけるのが遅れてすみません、隊長達もすぐ来ますから…。ハァ、見つけられて良かったです」

 

 安堵したように息を零すレイフォンの、その表情をウォルターはジッと見つめていた。

 そんなウォルターにきょとんとレイフォンは首を傾げて、ウォルターを見る。

 

「…どうかしたんですか、ウォルター」

「…あぁ、いや…」

 

 ウォルターが苦笑を浮かべたのとほぼ同時か、そのすぐ後に、少し遠くで剄が爆発するような光が見えた。

 

「ウォルターッ!!」

「うっ」

「…ウォルターそろそろ避けられるようになったらどうですか」

「…オレも思うわ…」

 

 しがみついて離れようとしないハイアをウォルターがやや強引に引き剥がしていると、後続からニーナ、シャーニッドといった面々も追いつく。ウォルターのケロリとした表情に、各々が息を零していた。

 

「ウォルター、無事でよかった。フェリの端子の追跡から外れてしまって、見つけるのが遅くなってしまったようだ。本当にすまない…!」

「…ま、無事で良かったぜ」

 

 苦笑交じりに笑うシャーニッドに肩を竦めつつ、ウォルターはその更に後続で来ていた2人に視線を向け、ジッと見ていた。

 それに怪訝な表情を浮かべたのは、やはりと言うか見られていたダルシェナとナルキだ。

 

「どうかしたのか、ウォルター」

「先輩、何か調子でも? …ひょっとして、怪我を?」

「……あぁ、いいや…」

 

 じゃあ? と詰め寄るように口を開いたのはハイアだ。すぐ近くにいたこともあり、距離が近い。

 その真剣さに軽く苦笑をこぼし、ウォルターはよくハイアの髪を掻き混ぜる時のように、それでいて強くヘルメットのガラスを掴んだ。

 

「んん、なンでもない」

「うっ、ヘルメットのガラス部分抑えられたらなんにも見えないさ! ウォルターなにするんさ…っ」

「ははっ、無様だな」

 

 そう笑みをこぼせば、ハイアだけでなく、他の面々からも視線が刺さった。

 何よりもレイフォンとニーナの目線が刺さる。それに少しばかりむず痒いような、気恥ずかしいような、なんとも言えない感覚に陥る。

 だが、十分だ。これでいい。

 

「なンだよ。文句でもあンのか」

「……ハァ、あなたって人は……」

「ンだ、アルセイフ。せっかく人が労ってやろうっていうのに」

「あなたのその態度のどこに労いがあるんです?」

「撫でてやってるだろ?」

「それは掴むって言うんです」

「…お前もやってやろうか?」

「やめてください。頭かち割られたいんですか」

 

 スッとレイフォンの方に出したウォルターの手は、素早くレイフォンに叩き落された。いてぇなぁ、なんて軽口を叩きながら苦笑をこぼせば、レイフォンは全く、と息を吐き出した。それからレイフォンが小さな声で「良かったんだか良くなかったんだか…」と呟いたのをウォルターは聞き逃さず、笑いをこぼした。

 

「素直に喜べよ、この生意気後輩」

「喜べないと言うか、喜びたくないというか…なんていうか複雑です」

「ははっ、まぁウォルターらしいな!」

「…全くだな。…だが! 勝手に先行したことは反省してもらうぞ。ツェルニに戻ったら反省会だ」

「うげ…」

「自業自得だな」

「あんたはいつも手厳しいなぁ、マテルナ…先輩」

「当然だろう。大体団体行動も取れんヤツが小隊員で…」

「ストーップ、シェーナ! 今日はその辺にしておいてやろうぜ。なっ」

「うるさいシャーニッド、軽々しく肩を組むな」

「…ウォルター先輩、そろそろその手外しても良いのでは…」

「…あぁ、忘れてた」

「忘れないでほしいさ…」

 

 ナルキに言われ、シャーニッドとダルシェナの言い合いを聞き流しつつ、ウォルターがハイアのヘルメットを掴んだままだった手を外せば、ハイアが息を吐き出した。近くに端子が降り、ウォルターは視線を上げた。

 

「ロス妹」

 

(本当、無茶をしますねあなたは)

 

「そりゃ悪かった」

「ウォルターの言葉に反省が見えないのが一番の難点だと思うさ…」

「それはいつもでしょう」

 

(全くです)

 

「ひでぇなぁ」

「今回ばかりはちょーっと怒ってるさ~」

「えぇ…悪かったって」

「あなたは毎度口先ばっかりです」

「…今回ばかりは本気で悪かったと思ってるよ」

「……し、仕方ないですね……」

 

 額より少し上辺りで軽く両手をあわせながら、そう小さく呟いたウォルターに、レイフォンは渋々という様子を見せつつも許諾した。そんなレイフォンにフェリは盛大なため息を吐きだす。

 

(…そこの隣のイオ先輩盲信者にあれこれ言いますが、レイフォンもなんだかんだ言って甘すぎです)

 

「盲信者って…まぁ、あながち間違ってないですね」

「ハァ? レイフォン、お前だって言えないって言われてるんだから同じ穴のムジナさ~」

 

(ハ、ハイアちゃん、そう強く当たっちゃだめだよ)

 

「ミュン、何度も言うけどコイツは…」

「はいはいもういいから。似たようなこと出る前もやってただろ。…おら、とっととツェルニ戻るぞ。いつまでここにいる気だよ」

「ウォルターが一番長居させる原因なんですけど」

「はいはい。…おいアントーク、そろそろそっちも収拾つけてくれ」

「そう言うならお前も手伝ってくれ!」

「あ~無理だな」

 

 ハハ、と笑いをこぼしたウォルターに、ニーナが「あぁもう!」と盛大に声を上げた。


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