そうだとしても、信じて、いいのだろうか。
信じてくれと、言っていいのだろうか。
(……いいと思うよ)
「…ルウ?」
『箱』の接続が直ったのか。
無事で良かった、そう一言言おうと息を吸ったが、それより早く、ルウが口を開いた。
(ウォルターなら、絶対大丈夫だよ)
強く、そう答える。
はっきりとした声音が、嘘のない言葉だとわからせてくれる。ウォルターは自身が言おうとしていた言葉を口の中で転がして、霧散させる。
信じてくれている。信じても大丈夫。信じてくれと、言っていいのだ。それが妙にじんときて、一瞬、目頭が熱いと感じた。
「…うん。……うん。……そうだな。大丈夫だ。オレが、どうにかしてやればいいンだ。オレなら、どうだってできる」
運命だとか、そんなくだらないことにいつからこだわるようになったんだか。
自分でもわからないが、それでもこだわっていたことは事実なんだろう。自分を意固地にした理由も何もかも、自分がそれにこだわったからなんだろう。
「…ここに立つのは、アインでも、サヤでも、ましてやイグナシスでもない。オレ自身だ。そうだろう。知ったことじゃない。イグナシスの執着も、狼面衆の思惑も、くだらない運命も、何もかも」
あぁそうだ。ここに立っている。生きている。
戦っていた。戦っている。戦う。
誰のために。
自分自身の為に。
「オレはオレ自身の意志で、戦う。ここに立つ。…もう二度と、…誰も奪わせない」
ウォルターは手を開く。その掌の上には何もない。だが、確かに決意があった。それを握り込む。掴む。この身体に、心に、刻みつける様に。
ルウはほんの少しその言葉に瞠目して、それでも表情を緩める。
(もちろん僕も最後まで手を貸すよ。最後まで、ウォルターのちからになる)
染みるように、柔らかな声で、頷きながらルウは答える。
その柔らかな声音に、ウォルターは大きく息を吐き出した。もう一度、自分の“くだらない意地”を吐き出す様に。そして、力強く頷く。
「……ありがとう。…無事でいてくれて、本当に良かった」
(…うん。ありがとう、大丈夫だよ)
ルウが再度頷く。『箱』の中の柔らかな感覚に触れながら、ウォルターは息を吸い込む。吐き出す。
「…できるはずなンだ。オレなら。オレを、…信じようとしてくれている人間に応えることも…、その存在を守ることも。…この異界法則で、かつての存在を救う事も、かつての居場所を創造することも」
たとえ、それが“かつてと同じ”でなくとも。
―――――オレ達は人の形をした模造品、そして世界だ
ここに立つウォルター・ルレイスフォーンは人ではない。けれど人に近く、そして世界に近い。決して彼らと同じ道を辿ることなど叶わない。しかしその生き方を似せることはできる。
ならば、ならば。
近づけて見せようじゃないか。矮小だと罵られようと、脆弱だと誹りを受けようと。この心が内包する刃は、決して鈍りはしない。外敵を殺し、目的を達し、そして最後の時を迎えるまで。
自らの赴くままに、かつての様に。
―――――それが…かつての存在の為にならないとしても
これが、“ウォルター・ルレイスフォーン”の生き様だと。
再度息を吸い込んで、吐き出す。少し肩を回す。
ウォルターは眼を伏せてもう一度深呼吸をして、パッと開いた。
「はは、はー、あー、…あー、うん。…へいき。おっけおっけ。調子戻ってきた気がするわ」
(あはは、ウォルターってば)
「まぁ、本当、…迷惑かけて悪かった。……し、ローフォードには本当迷惑かけたわ」
よいしょと声を出しながら、軽く伸びをして歩き出す。空気の流れを探し、肌を撫でた地上へ吹き抜ける風の方へと足を向けた。肌を撫でた風は少し髪を揺らし、黒と赤の髪を舞わせる、それを手で少し抑えながら、ウォルターは瓦礫の道を歩いて行く。
(僕は別に構わないよ、ウォルターだし。…ここには、前にも来たことあるんだっけ?)
「あぁ、あの時はディックと2人で荒れてたからなぁ、狼面衆を潰すのに軸をズラしたは良かったンだが、その後すぐに汚染獣が来て…撃退ついでに都市をあちこち壊した。…めっちゃ怒られたの覚えてるわ」
(アハハ、それは確かに迷惑かけてるね)
「…そンなつもりなかったけど、まー何度も言うがあの時は荒れてたから。しょうがないってことで」
手打ち、なんて言い、手を叩きながら軽く笑いを零す。瓦礫の道なき道を歩いて行くなか、自身の名を呼ぶ聞き慣れた声達が聞こえる。その音が鼓膜を揺するのをどこかこそばゆく感じた。その感覚を払う様に、ウォルターはほんの少し息を吐き出して、吸う。
「…探されてるっぽいな」
(…まぁ…、だろうね)
「うーん、こりゃアントークに叱られるかね」
(ふふ、ウォルターはちょっとくらい叱られてもいいかもね。今回は)
「…今回は、な」
お互いに笑みをこぼしつつ歩いていると、バタバタとこちらへやってくる鳶色が見え、ウォルターはその姿に軽く苦笑をこぼした。
「大丈夫ですか、ウォルター!」
珍しく肩で息をするレイフォン。ウォルターの眼の前まで来ると、はーっと息を吐き出して膝に手をついた。ヘルメットの奥で、少しばかり汗が流れているのが見える。
「見つけるのが遅れてすみません、隊長達もすぐ来ますから…。ハァ、見つけられて良かったです」
安堵したように息を零すレイフォンの、その表情をウォルターはジッと見つめていた。
そんなウォルターにきょとんとレイフォンは首を傾げて、ウォルターを見る。
「…どうかしたんですか、ウォルター」
「…あぁ、いや…」
ウォルターが苦笑を浮かべたのとほぼ同時か、そのすぐ後に、少し遠くで剄が爆発するような光が見えた。
「ウォルターッ!!」
「うっ」
「…ウォルターそろそろ避けられるようになったらどうですか」
「…オレも思うわ…」
しがみついて離れようとしないハイアをウォルターがやや強引に引き剥がしていると、後続からニーナ、シャーニッドといった面々も追いつく。ウォルターのケロリとした表情に、各々が息を零していた。
「ウォルター、無事でよかった。フェリの端子の追跡から外れてしまって、見つけるのが遅くなってしまったようだ。本当にすまない…!」
「…ま、無事で良かったぜ」
苦笑交じりに笑うシャーニッドに肩を竦めつつ、ウォルターはその更に後続で来ていた2人に視線を向け、ジッと見ていた。
それに怪訝な表情を浮かべたのは、やはりと言うか見られていたダルシェナとナルキだ。
「どうかしたのか、ウォルター」
「先輩、何か調子でも? …ひょっとして、怪我を?」
「……あぁ、いいや…」
じゃあ? と詰め寄るように口を開いたのはハイアだ。すぐ近くにいたこともあり、距離が近い。
その真剣さに軽く苦笑をこぼし、ウォルターはよくハイアの髪を掻き混ぜる時のように、それでいて強くヘルメットのガラスを掴んだ。
「んん、なンでもない」
「うっ、ヘルメットのガラス部分抑えられたらなんにも見えないさ! ウォルターなにするんさ…っ」
「ははっ、無様だな」
そう笑みをこぼせば、ハイアだけでなく、他の面々からも視線が刺さった。
何よりもレイフォンとニーナの目線が刺さる。それに少しばかりむず痒いような、気恥ずかしいような、なんとも言えない感覚に陥る。
だが、十分だ。これでいい。
「なンだよ。文句でもあンのか」
「……ハァ、あなたって人は……」
「ンだ、アルセイフ。せっかく人が労ってやろうっていうのに」
「あなたのその態度のどこに労いがあるんです?」
「撫でてやってるだろ?」
「それは掴むって言うんです」
「…お前もやってやろうか?」
「やめてください。頭かち割られたいんですか」
スッとレイフォンの方に出したウォルターの手は、素早くレイフォンに叩き落された。いてぇなぁ、なんて軽口を叩きながら苦笑をこぼせば、レイフォンは全く、と息を吐き出した。それからレイフォンが小さな声で「良かったんだか良くなかったんだか…」と呟いたのをウォルターは聞き逃さず、笑いをこぼした。
「素直に喜べよ、この生意気後輩」
「喜べないと言うか、喜びたくないというか…なんていうか複雑です」
「ははっ、まぁウォルターらしいな!」
「…全くだな。…だが! 勝手に先行したことは反省してもらうぞ。ツェルニに戻ったら反省会だ」
「うげ…」
「自業自得だな」
「あんたはいつも手厳しいなぁ、マテルナ…先輩」
「当然だろう。大体団体行動も取れんヤツが小隊員で…」
「ストーップ、シェーナ! 今日はその辺にしておいてやろうぜ。なっ」
「うるさいシャーニッド、軽々しく肩を組むな」
「…ウォルター先輩、そろそろその手外しても良いのでは…」
「…あぁ、忘れてた」
「忘れないでほしいさ…」
ナルキに言われ、シャーニッドとダルシェナの言い合いを聞き流しつつ、ウォルターがハイアのヘルメットを掴んだままだった手を外せば、ハイアが息を吐き出した。近くに端子が降り、ウォルターは視線を上げた。
「ロス妹」
(本当、無茶をしますねあなたは)
「そりゃ悪かった」
「ウォルターの言葉に反省が見えないのが一番の難点だと思うさ…」
「それはいつもでしょう」
(全くです)
「ひでぇなぁ」
「今回ばかりはちょーっと怒ってるさ~」
「えぇ…悪かったって」
「あなたは毎度口先ばっかりです」
「…今回ばかりは本気で悪かったと思ってるよ」
「……し、仕方ないですね……」
額より少し上辺りで軽く両手をあわせながら、そう小さく呟いたウォルターに、レイフォンは渋々という様子を見せつつも許諾した。そんなレイフォンにフェリは盛大なため息を吐きだす。
(…そこの隣のイオ先輩盲信者にあれこれ言いますが、レイフォンもなんだかんだ言って甘すぎです)
「盲信者って…まぁ、あながち間違ってないですね」
「ハァ? レイフォン、お前だって言えないって言われてるんだから同じ穴のムジナさ~」
(ハ、ハイアちゃん、そう強く当たっちゃだめだよ)
「ミュン、何度も言うけどコイツは…」
「はいはいもういいから。似たようなこと出る前もやってただろ。…おら、とっととツェルニ戻るぞ。いつまでここにいる気だよ」
「ウォルターが一番長居させる原因なんですけど」
「はいはい。…おいアントーク、そろそろそっちも収拾つけてくれ」
「そう言うならお前も手伝ってくれ!」
「あ~無理だな」
ハハ、と笑いをこぼしたウォルターに、ニーナが「あぁもう!」と盛大に声を上げた。