明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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存在の変革 - 5

 気がついた時、ビリリと神経がしびれるような感覚がした。

 どうやら中央に開いた穴に落ちたようだったが、上を見上げても落ちたと思しき穴は見えず、ただ都市の機関部が周囲を埋め尽くしていた。

 

「…ルウ、聞こえるか」

 

(…―え、…けど、…ズが、……)

 

―――――駄目か…

 

 とぎれとぎれにしか聞こえない。

 自体の理解は追いついていないが、ひとまずここを脱出するべきだろう。ルウとの『会話』も修復しなければならない。

 拒絶の領域は働いているらしく、中央部に流入してきているであろう汚染物質の影響は無い。

 

「……どういう仕組みだかしらんが、進むしかなさそうだな……」

 

 大きくため息を吐き出して立ち上がる。

 頭痛とルウとの会話ができない点を除けば、至って問題は無い。左手首の金色の腕輪をいじりながら歩き出す。少しばかり厚底の靴裏が機関部のパイプの束を踏みつけて歩く、後ろで何度もゴツン、ゴツンと大きな音がしている。

 

「…しかし、あれはなんだ? 新しい敵だとしたら、厄介だな」

 

 あれが敵だった場合、対処を考えなければならないなと考えながら、ただ眼の前にある道を歩いて行く。上を破壊すれば良いような気はしたが、それをする気もおきず、ただ歩き続けていた。

 惰性のように歩き続け、どのくらい経ったのかわからないまま歩いて、気づけば中央深部に到達していた。

 

「……ローフォード……?」

 

 中央にそびえる大きな光る結晶が、呼応するように一際大きな光をこぼした。

 円錐状の枠組みの中央に置かれた結晶に、ウォルターはゆっくりと歩み寄る。そしてその結晶にそっと手を伸ばした。淡く、くすんだ光を放つ結晶へと。

 

「…お前が、呼ンだのか」

 

 結晶の中に、電子精霊の姿をかたどったものが見えた。少女だ。光の束が収束し、その形を形成していく。流れた髪は光をこぼし、切りそろえられたように整った髪は、淡く溶けるように霞んでいた。

 

「うん」

 

 凛とした声音だった。

 ぱちりと開かれた瞳が真っ直ぐにウォルターを見つめ、それからゆっくりと伏せられる。

 

「この都市は終わり。せっかく来てくれたのに申し訳ないけど」

「…オレらが来たのは勝手に、だ。…お前が気にするようなことじゃない」

「変わったね、あなた」

「…よく言われる。最近」

 

 ローフォードが柔和に表情を緩ませる。しかし、ウォルターはそこまで楽観視できず、息を吐き出した。

 

「……大事なものができたんだね」

 

 しみじみとした声で告げられた言葉に、ウォルターは酷くゾッとした。

 おそらく、いいや、確実に、ローフォードの言葉はルウに向けられたものではない。それは考えるに、ウォルターの周囲に存在する人間たちを指して言っていることだと気付いて、ウォルターはどうしようもない感覚に襲われた。

 喉が詰まるような感覚と共に、後頭部が急激に氷結するような、そんな感覚だった。

 

「……だいじなもの」

「うん、そう。…だって前に…あの男と来た時とは、その瞳が違うもの。悪ぶるのは悪い癖よ、あなたの」

「…悪ぶる、ね」

「そうでしょ? いまもそう。…何をしてるのかな」

「ただ戻っただけだろ、…お前と会った時にな」

「確かにね。わたしと会った時のあなたにそっくり。でも違う点もある」

 

 ローフォードがスッと人差し指をたてた。

 髪の先から、光が泡のようにこぼれ、宙へ消えていく。ウォルターはそれを静かに視認しながら、視線を逸らした。

 

「当時のあなたは、そんな不機嫌丸出しじゃなかったよ。あと、いまみたいにぎこちなさがなかった」

「…不機嫌なのはお前がオレをここに引きずり込んだからだろ」

「ふふっ、言えてる! 不機嫌の要因はそれもあるね。でもそれだけじゃないんでしょ?」

 

 いたずらに笑うローフォードに、ウォルターはハァと大きく息を吐き出す。

 

「…まるで何かを試すような言い方だな」

「そうね。…この世界はまた壊れていく。…ありえないはずのことが、ありえるようになる」

「……イグナシスの手は、もう、そこまで……」

「そう。近く、イグナシスの手のものはこの世界に降りるでしょう。…滅びるわたしには何もできないけれど、あなたにはできるでしょ?」

「…その為にここにいるンだ。…当然だろ」

「あなたはそういう人ね。…だからこそ、だよ。……ちゃんと受け入れなきゃ、あなたは辛いまま」

「それは、さっきお前が言った“大事なもの”に対しての言葉か」

 

 ウォルターはローフォードを睨むようにそう言い放った。

 すでに足の形成すらままならなくなってきたローフォードは、それでもなお、柔和に笑ってみせた。

 

「そう」

「……必要ない。理解も、賛同も、賞賛もいらない。必要ない。必要なのは、邪魔をしないこと。オレに関わらないこと。知らないこと。…でなきゃ、……みんな」

「運命なんて簡単に変わるの。人が変われば、世界は一気に変容を遂げる。…あなたも同じでしょう」

「……オレは」

「いつまでも意地を張ってちゃわからないものだよ。あなたの悪いところは変に頑固なところ。…でも、そのやり遂げようとする意志は素敵なところ」

 

 微笑んだローフォードが、淡く、緩やかにその姿を消そうとしていた。

 

「だから恐れないで。怖がらないで。信じることを。変わることを。あなたの世界はもう変わっている。それに気付いているはず。…後は、あなたが認めるだけ。あなたはきっとわかる。あなたに起きた変化が必然なんだって」

 

 ゆっくりと伸ばされた手が、ウォルターの頬に触れた。空間に溶けていくその姿を、ただ呆然と見やるしかできないウォルターに、ローフォードは笑んで見せた。

 

「大丈夫。あなたには心強い大切な人がいるでしょ。あなたを理解しようとしてくれる大事な人がいるでしょう。あなたが一番わかっているはずだよ。ウォルター・ルレイスフォーン。……だからどうか……」

 

 言葉は最後まで紡がれ切らず、ローフォードは空間に消えた。

 きっとこの後は廃貴族となり、どこかを浮遊しているのだろう。ウォルターは消えたその空虚を撫で、ギュッと胸に手を当てた。

 

「…信じる…変わる…」

 

 小さく頷き返して、ウォルターはようやく、ここ暫くずっと胸にはびこっていた気持ち悪さの意味に気づいた。

 

「…誰より、オレが他人を信じたかったのか」

 

 レイフォンの言葉に苛立った。自分のことを言ったら軽蔑されるのだろうかと考えて、またそれに苛立った。彼らが自分に向ける眼を、直視できなくなった。謝られた事に動揺した。ちからになりたいと言われ、柄にもなくまた動揺した。

 

 すべて、自分が信じたかったのだ。

 他を必要ないと感じていた自分が、他を信じようとしたことに戸惑っていたのだ。

 

 1人じゃできないことがある。

 そう思う前から。信じたくて、信じようとしていた。

 けれどそれを必死で押し込めようとしたから、自分が自分でないような妙なズレを感じた。

 

―――――軽々しく言えることなんかじゃないのに


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