結局、ニーナが先に帰ってしまい、変える方向が同じであるフェリ、レイフォン、ウォルターは肩を並べて歩いていた。
「なんだか企まれているようで、気持ちが悪いです」
フェリとレイフォンの会話を聞き流しながら、ウォルターはニーナに感じた違和感の正体を知ろうと考えに耽っていた。
「こんな所で詮索していた所で、答えは出ないでしょうけどね」
「それはそうですね…」
「……………」
「……ウォルター、どうかしたんですか?」
押し黙るウォルターに問いかけをしてきたのはレイフォンだ。ウォルターは首を横に振り、苦笑混じりにレイフォンの額を小突く。
「“先輩”をつけろっていつも言ってるだろう?」
「ウォルターにつける“先輩”なんて無いです。それと毎回額小突くのやめてください」
「やだね。ったく、ロスには付けるくせに、生意気なアルセイフだな」
「失礼です」
「失礼はどっちだ」
「いい加減にしてください、うるさいです」
「……ロス、ばっさりきるなぁ…」
ウォルターはフェリのばっさりとした言い方に苦笑を深めた。共に黙らされたレイフォンはややウォルターに対して不満そうな顔をする。
「ともかく、そんなことはどうでもいいのです」
「よくねぇよ」
「いいです。…兄が、あなた達に話があるそうです」
ということで、只今フェリ宅。ちなみにオレは2回目。
少し前にフェリに夕飯の買い出しを手伝えと言われて手伝った為、荷物運びでここまで来たことがある。
「では、夕食をつくりますので、ここで待っていてください」
リビングの椅子にレイフォンと向かい合い、ウォルターはだらりと座る。
レイフォンは割ときちんと座っているが、ウォルターのだらしなさに少し眉を潜めていた。
「ウォルター、人の家ですしきちんと座ったらどうですか」
「面倒くせぇだろ、ンな事」
あからさまにレイフォンは溜息を吐いて見せた。ウォルターはそれに肩を竦める。
「……あの」
「あン?」
「……ウォルターは、どうして“外”に出ても平気なんですか?」
この間の汚染獣の襲撃。大量の幼生体の出現は、ツェルニに大きな動揺をもたらした。
その中でウォルターとレイフォンはツェルニを守るということに大きく貢献し、レイフォンは幼生体の殲滅、ウォルターは外と外に居る母体の駆除といった具合に。
外に出たウォルターは、外に満ちている筈の汚染物質による影響を一切受けなかった。
それに対しての、レイフォンの疑問。ごく自然な疑問ではある。
この現在という地点において、あの汚染物質に打ち勝つ事ができているのは汚染物質に適応した汚染獣のみであり、人間は外の空気に触れるだけで肌が焼け爛れる。
それは、レイフォンの故郷、グレンダンで最強と言われていた天剣授受者であろうと同じ事だ。
彼らは超常的な力を有し、剄力という点でも、逸脱した存在だ。だが、彼らは“そこが”ずば抜けているだけであり、人間である事に変わりはない。
異民という存在は、その“異民”自身が一つの“世界”として確立している。その世界を共有することは、すなわち侵食、すなわち強い
ウォルターやルウのように、“人間である”事に対して逸脱した訳ではないのだ。
一般人からすれば、そこらの武芸者ですら敵わない存在であるのだろうが、ウォルター達“正真の異民”からすれば、それは一般人の感覚として片付けられてしまう。
“人間ではない”ウォルター達は、なにがあってもレイフォン達とは違うという事がもとより定義としてされているのだ。
武芸者であろうと、武芸者の中での逸脱者であろうと、“人間である”事には変わりがないのだ、“人間ではない”ウォルター達からすれば、それはそれ、これはこれ、という話だ。
とはいえ、汚染物質というものにウォルター自身が打ち勝っている訳ではない。
ルウの「領域」により、汚染物質を自分に接触する前に排除してもらっているだけだ。だが、「自分の中に弟がいる」、「自分は人間ではない」といきなり言って、信じるヤツはどのくらい居るだろうか。
あの“獣”は少し違うから飲み込めたであろう事実だが、レイフォンには到底理解できるとは思えない。
「……んー…、オレ☆マジック?」
「面倒な人ですね」
「酷ぇな。ちょっとふざけただけなのに」
「うるさいです。変な事をウォルターが言うからだめなんですよ。大体なんですか、“☆”を付けるとか、なんで疑問形なんですか」
「…いやいや、オレにもはっきりしてないだけ…………ん?」
ともかく軽く誤魔化しておこうと言い訳をしている最中、それは聞こえた。
ト………ン………
……ト………………ト……ン……
「……なんの音……、ですか……?」
「あー…」
レイフォンの怯えた表情を見ながら、ウォルターは呆れたような、困ったような気分になりながら、台所へと足を向けた。
後ろからレイフォンが着いて来る。ひょい、とウォルターが台所を覗き、レイフォンも覗く。
そこでは、フェリがややいつもより更に青い顔をして、じゃがいもを切っている姿があった。
「あの…先輩。なにを作って……」
「いま……話しかけないでください」
険しい顔つきでじゃがいもを切っているフェリにレイフォンが話しかけるが、鬼気とした雰囲気でフェリが言い放つ。
「ロス……またか」
「またか、とはなんですか。ウォルター先輩は出来るんですか」
「……? オレはプロ並みだぜ。一応、そのへんのバイトやったことあンだよ。結構良い評価もらってンだぜ」
「……………」
さらりとウォルターが言い返すとフェリにじとりと睨まれた。ウォルターは困った顔をして、その赤と黒の入り交じる髪をかき混ぜながら、言った。
「ってことでな、ロス」
「……なんですか……」
「一応、言わせてもらうと……、じゃがいもの皮を剥いてからやった方が、後々やりやすいと思うぜ」
後ろでレイフォンが微かに頷く雰囲気を感じながらウォルターがフェリに視線をやると、フェリの瞳が大きく見開かれていた。
もぐ、と口を動かした。
ウォルターがいま食べているのは、自分が切った材料のきのこ、バター、そしてフェリが半端なく大量に切ってしまった(皮付きで)じゃがいもをきちんと皮処理したものを蒸したものだった。
結局は不慣れなフェリに代わり、手慣れたウォルターとレイフォンの合作となった。
その食事にはカリアンもありついていて、いまは4人で食事をとっていた。
さすがにこの兄妹を並べるとかわいそう(主にフェリが)なので、ウォルターがカリアンの隣、レイフォンがフェリの隣というふうになった。
「しかしうまいね。ウォルター君が得意というのもなかなか驚きだ」
「失礼な。オレはこれでもうまい方だと自負してンだぜ?」
「それはそうだね」
「僕もやりましたけどね」
「はいはい、お前もうまいよ」
「…………」
じとりとした眼がレイフォンから注がれる。ウォルターはそれに苦笑しながら、大皿に置かれたパンに手を伸ばした。
「作れるというだけで尊敬するよ。……レイフォン君、キミは料理が好きなのかい?」
「いえ……僕の育った孤児院では、料理はみんなで作るものでしたから」
「ははぁ、なるほどね」
カリアンがそう言って頷く。レイフォンは、自分の親を知らない。
実を言うと、ウォルターはレイフォンの母親、父親が誰か、見当はついているのだ。
1度目の学園生活とその少し前、“獣”と共に行ったある都市で出会ったある女と男。
“「運命の外側」に居る事を備えられた赤子”を抱えた“「世界の壁を揺るがす」因子を備えていた女”、そして、赤子に備えられた因子を元々所持していた“男”。
いまでも、その名は覚えている。
だが、それがそうだとは確信がない。
だが、そうだと感じている自分もいる。
しかし、それはレイフォンに伝えることでは無い。レイフォンというこの子供は、ほんの小さなことですぐに迷ってしまう。
だからこそ、いまは告げない方が得策だ。
そして何より……
―――――正直、そうだとオレが認めたくないしな
一つだけ、あの女の子どもだとはっきりとさせる“モノ”がある。だが、彼はそれを持っていない。それが一番引っかかっているのだ。
―――――ま、あンな粗雑なモン捨てられて当然だけど…
無駄な事したな、とは軽く思うが、それすらもどうでもいいと思う。
彼に渡していたモノは、彼が赤ん坊の頃に渡したものだ。だから、“それ”に込められた意味がわからなくても当然だろう。“それ”に込められた“モノ”もまた、わからなくて当然だろう。
何より安物であったし、それが高価なものであれば気にもかけたかもしれないが、実際そうではない。ならば、捨てられて当然だろうなとやはりそう思うのだ。
(ウォルター?)
(……ん? あ、あぁ…昔話だよ。また今度教える)
(それもそうだ。いまは少し忙しいし……絶対だよ?)
(もちろん)
ルウに返事を返し、ウォルターはカリアンに声をかけた。
「で、会長。話ってのは?」
「それは後で、だ。食事は楽しく食べたいだろう?」
カリアンは食事が終わるまでは話す気が無いようだ。
レイフォンは早く帰りたくて仕方のないような顔をしていたが、逃れられるのはもう少し後になりそうだとウォルターは内心で呟いた。