ランドローラーの整備を終わらせ、ウォルターは運転席に腰掛けてぼーっとしていた。
シャーニッドがダルシェナと会話をし、ナルキは何か用があったのか、ニーナの方に歩いていく。レイフォンはフェリ、ハーレイと一緒にいる。おそらくレイフォンの鋼糸は通常使えないように設定がされていることから、それ絡みのことだろう。ハイアとミュンファは、それより離れた場所でツェルニの戦闘衣に着替え、お互いにチェックを済ませていた。
(汚染獣かー…)
(どうしたの? 何か不安でも?)
(いや、そういうことじゃないンだが…、…汚染獣って、あンまり楽しくなくてな)
(こーら。ダメでしょそんな風に言ってちゃ)
(せっかくなら楽しい方がいいのに…)
汚染獣は老生体になれば奇妙な攻撃を繰り出してくる事がある。しかしそれは対人間の戦いの時程の巧妙さはない。戦いになれば、圧倒的に対人間の方が変調で、切り詰められた白の世界を生きる事が出来る。汚染獣にはそれがない。あれはただ外敵を殺す為に攻撃をするだけで、裏の読み合いを繰り返した一撃を繰り出すこともなく、出来もしない。
(つまらないな)
(まぁまぁ。そんなに考えなくてもすぐ終わるよ)
(…だったらいいな…)
ルウの言葉に内心で小さく頷き返しながら、ウォルターは軽く息を吐き出した。
「ウォルターっ!」
「ぐっ」
うっかりしていた。コイツはこういうやつだった。
ウォルターは後ろから突進してきた明るい短髪の揺れる頭を軽く叩く。
「いてぇ、なにすンだ」
「いや…、背中ががら空きで、つい、いたずら心が」
「ほぉ、オレが隙だらけだと。いい度胸だな」
「い、いたたたた! 痛い! 痛いさウォルター! 頭拳でグリグリしないで欲しいさ!」
しばし両拳で圧力をかけていたが、痛いの声も聞こえなくなったので流石に止めた。パッと離すとハイアがか細く
「…痛い…」
と言いながら頭を擦りながら屈み込んでいた。
自業自得だろと声をかければ、威力が違ったと若干涙目で返される。
屈み込んで頭を擦るハイアの背が丁度いい高さにあった為、ウォルターが適当に腰掛けてボーッとしていると、レイフォンがこちらへ歩み寄ってきた。
「ざまぁないですね、ハイア。……今回は特攻要員が僕とウォルターとそこのバカなので、ランドローラーが一緒になりました。その次に隊長、ナッキ、ダルシェナ先輩、後続にフェリと…ミュンファさんだそうです」
「…お前本当、おれっちには容赦ないさね」
ウォルターは一言レイフォンに返し、立ち上がるとハイアの首根っこを掴んで、ランドローラーのサイドカーに放り込んだ。どちゃっと落ちたハイアが痛いと騒ぐが、ウォルターは知ったことじゃないと知らん顔で無視を決め込む。
「と言うか待ってください、僕とハイアをサイドカーに詰め込む気ですか」
「ほかになんかあンのか」
「嫌です。断固嫌です」
「オレはお前の運転は絶対に嫌だ」
「…じゃあ間とっておれっちが運転するさ」
「…仕方ないですね」
盛大なため息を吐いたレイフォンが渋々承諾し、ウォルターも同様にため息を吐いて承諾した。
ランドローラーが荒れた大地を疾駆する。
整備されていない荒れた大地、汚染物質の蔓延した大地を噛むタイヤが小石と砂を撒き散らしていく。サイドカーに二人乗りしているウォルターとレイフォン、運転席で操作するハイアの元に、後ろから念威端子が近づいてきた。
(通信状態はどうですか)
「フェリ。良好ですよ」
(ならいいです。いいですか、その先に雄生体がおよそ30体。その先、都市にいる汚染獣についてははっきりとした把握はまだ出来ていません。しかし、おそらく都心部まで汚染獣は進行していると考えられます)
「……つまり、廃都市」
(…はい。ですが、生存者がいる可能性もありますので、捜索を怠らないようにしてください)
「分かりました。…とりあえず…僕、と…ウォルターは鋼糸が使えますけど…ハイアはどうしますか」
「そりゃ、食ってかかるしかねぇさ」
「……アルセイフは鋼糸、ライアは援護しろ。先行はオレがする」
「えっ、ウォルター!?」
サイドカーの縁に足をかけて立ち上がる。レイフォンとハイアは困惑した顔でウォルターを見上げていた。
「ま、待ってください。勝手な先行は、」
レイフォンが反論しているが、ウォルターの耳はもうその音を拾おうともしていない。荒れた大地に吹き荒れる暴風、その中心に、この世界に跋扈する覇者がいる。
汚染物質の臭いはしない。ルウの拒絶のおかげだ。吹き荒れる暴風は、ウォルターの髪を揺らすのみであり、死を纏う粒子は滞留し過ぎ去っていく。知性の無い、本能的な飢餓を宿すその複眼がギョロリとウォルターの立つランドローラーを捉えようとしていた。
サイドカーの縁を蹴りあげ、跳躍。活剄で身体能力を向上させる。ランドローラーは跳躍の反動でグラついたが、体勢を立て直した。ランドローラーが先を行く。レイフォンとハイアの困惑した眼がウォルターを捉える。
踏み出す。
足裏に剄を圧縮、地面を弾く動作に合わせ、爆発させる。ランドローラーを跳躍で越え、もう1歩で汚染獣達の手前まで踏み込む。
左手首の腕輪が溶けるようにその有り様を崩し、ウォルターの右手の中で形を織り成し、顕現した。
ウォルターの右手の中に顕現した刀が剄を帯びる。踏み込んだ先には汚染獣。跳躍と加速の爆音で汚染獣達は既にこちらに気づいている。その獰猛な複眼で確実にこちらを捉え、がちがちと音を鳴らしながら粘つく口腔を晒し、この肉を捕えんと欲する。
柄を強く握り込む。踏み込む。
外力系衝剄を変化、
振り切った。
振り切られた刀が描く剣線に沿った剄が放出され、轟と周囲の風を巻き込みながら加速する。剣線に沿って放たれた剄は眼の前にいた汚染獣の口腔を切り裂き、前方へと飛来し薙ぎ払っていく。
汚染獣の体液と肉片を撒き散らしながら剄が過ぎ去る。汚染獣達が衝撃波で体躯を揺らしたその一瞬に、左足を軸に旋回、回転しつつ次の剄技を放つ為刀に剄を収束させる。背後に汚染獣の第2波が迫る。再び、ウォルターの背丈を超えるその口腔が晒された。
外力系衝剄を変化、
振るわれた勢いに乗せられて放たれた剄は、その勢いのまま汚染獣へと衝突する。その瞬間、衝剄へと変化し汚染獣の身体を切り裂いていく。それは引きちぎるとも、削るともいい難い破壊の衝撃だった。汚染獣の死骸の下から抜け、ウォルターは地面を弾き体勢を低くして加速すると跳躍、一足先にその都市の全貌を見た。
都市で最も高い尖塔。その上に取り付けられた、煤に塗れ紋章の霞んだ旗。茨と石を図式化した、剛毅で荘厳な紋章。
「……
そう零した。
かつて訪れたことがあったような。そう考えたところで、ウォルターの下方から、がちがちと牙を鳴らす音が聞こえる。ウォルターは身を翻すと再び刀に剄を通した。
外力系衝剄を変化、夜叉。
振り切られた刀から降り注いだ散弾が汚染獣を貫き、ただの塊として荒れた大地へ叩き落としていく。ローフォードの脚部を上がってこようとしていた汚染獣にもその散弾は直撃し、次々と死骸へと化していった。
「…もういいか」
外縁部に着地したウォルターは、都市外部をザッと見渡して、汚染獣の生き残りがさほどいないことを確かめてから、こちらへ疾駆するランドローラーへと視線を向ける。ハイアとレイフォンのランドローラーを先頭に、いくつかのランドローラーがローフォードへと向かっていた。
ウォルターは踵を返すと、都市中央部へ向かって歩き出した。