人は絶えず変わっていくものだ、みたいなことを、たまに映画やドラマで言っているような気がする。
誰かの為とか、何かの為とか、その他云々の理由で。それは家族だったり、友人だったり、恋人だったり、はたまた地域、社会、あるいは世界の為に変わると。
そしてそんな性格や気質的なものではなく、それ自体としても個人は変わっていく。身体であれば細胞は絶えず変わっていくし、違う食物を取り入れて別のものからエネルギーを得る。あるいは新たな技術を身につけて、今まで持っていたものを捨てたかもしれない。またあるいは、今まで捨てていたものを拾ったかもしれない。
それらを継ぎ足して出来ている存在は、果たして同じだと言えるのだろうか。
昨日と今日では既に細胞から違う身体、かつて意志を持った時とは違う身体で、違う思考で、はたして『それ』は同じ存在であると言えるのだろうか。
『ウォルター・ルレイスフォーン』は、かつてそうあり続けた『ウォルター・ルレイスフォーン』であると言えるのだろうか?
けたたましい警鐘な鳴り響いた。
甲高い悲鳴にも似たその警鐘は、ツェル二に汚染獣が接近していることを告げていた。
窓の外が騒がしい。一般生徒達が、武芸科の指示に従って動いているせいだろう。都市が地鳴りのように震え、揺れている。そんな状況の音を、ウォルターは一人ベッドの中でボーッと天井を見上げて聞いていた。
「…うるさい…」
(しょうがないよ。汚染獣が来たみたいだからね)
「あー…そうだと思った…。今度はなンだ? また母体の上通ったか? 踏み抜いた?」
(うぅん、近くに廃都市モドキがいて、そこからこっちに向かってきたみたい。雄生体が多いね)
「うえー…絶対呼び出されるヤツだ…」
ルウが淡々と告げた事実に辟易しつつ、盛大に溜息を吐き出してウォルターはベッドに潜った。しかしこの揺れはまだしも、警鐘が大音量で鳴り響く中寝られるほどウォルターも図太くはない。ベッドに潜り込んだのはささやかな抵抗だった。
目を閉じて知らぬ存ぜぬを決め込んでいると、玄関の扉が強くノックされる音が聞こえ、しばらく叩いているなと思っていたら、怒声が聞こえてきた。
「いつまで寝てるんですか、ウォルターッ!!」
「ウォルター! 招集かかってるさ~!!」
外から聞こえてきた声の人間が誰かを考えるほど、ウォルターも寝ぼけていない。再び大きなため息を吐き出して、無理矢理上半身を起こした。
「引き摺り出し係がガチじゃねぇか…全力で連れていくヤツらじゃん…起きたくない…」
(そうやって言いつつも、ちゃんと律儀に起き上がってるウォルター好き。僕も不本意だけど頑張ろ?)
「ん~…励ましてくれるルウ好き…ぐぅ」
(あっ、だめだよ寝直しちゃ。起きて~)
ウォルターがうつらうつらと船を漕ぎだしたのとほぼ同時、ボン、とド派手な音がして、その後金属が床に転がる音が聞こえた。
嫌な予感がしてのそのそと玄関へ通じる廊下へ向かう。ウォルターが見たその先には、べっこりと大きなヘコミをつけた、かつて扉だった鉄の塊が廊下のフローリングの上に転がっていた。二転三転したらしく、フローリングも何箇所か大きなヘコミが出来ている。
「……アルセイフ……」
「おはようございます、こんにちは。休日とはいえもう昼過ぎですよ。…何やってんですか」
「まさか本気で蹴破るとは思わなかったさ…」
「僕はいつだって本気です。…だいたい、ハイアと二人で駆り出されて苛立ってるっていうのに、ウォルターがいつまで経っても出てこないから悪いんですよ」
「そりゃこっちのセリフさ。元々おれっちが頼まれたっていうのに、後で食いついてきて行くって言ったのお前さ~」
「ウォルターの為に労力をかけるのも面倒で嫌だけど、ハイアがドヤ顔で頼まれてるのもムカつく」
「…本当にガキさ…」
ハイアは深々と溜息を吐いてから、ウォルターに視線を向け、硬直した。その表情の変化に気づいたレイフォンが、怪訝な目でハイアを見た。
「なに?」
「……スウェット着てる……」
「そりゃウォルターだってスウェットくらい着るでしょ」
「しかも紺蒼のボーダー柄…」
「…部屋着によくある色と柄だね」
「……絶対暖色の方が似合うと思うさ」
「さり気なく自分の色推してきた。うっわ引く」
「赤!! 赤か紅!!」
「必死さがまた怪しいんだけど…。というかなにそのアイドルの私生活覗いちゃってイメージとズレてたファンみたいな反応」
「……絶対小隊のファンに、お前同じこと言われるさ」
ギャンギャンと蹴っ飛ばした扉をとやってきたウォルターをそのままに言い合う二人に、ウォルターは盛大に溜息を吐いて口を開いた。
「…随分盛り上がってるが、うるせぇし、オレ寝室に帰っていいか?」
「駄目です」
「駄目さ~」
「ンでお前らそういうところは息ピッタリなンだよ…」
「不本意だけどしょうがないのさ~。ほら早く着替えてくるさ」
「…行くことは決定してンのか」
はぁあ、と再びため息を吐いて、ウォルターは着替えの為部屋に戻る。
リビングでは未だ二人の言い合う声が聞こえて、よくやるよとため息を吐き出しつつ、クローゼットを開けた。
「どうやら近くにある都市が汚染獣に襲われているようだ」
カリアンが口にした事実は、ルウから聞いていた為に驚きはなかった。
生徒会長としての椅子に腰掛けたカリアンの前にフェリを除く十七小隊、ハイアとミュンファを加えた面々で並ぶ中、ウォルターはあくびを噛み殺す。眠気が勝ってきたウォルターが、結局噛み殺せなかったあくびをしつつ口を開いた。
「そういえば、ロス妹はどこに行った?」
「フェリなら先に移動している。探査の為に先行して動いてもらっているからな」
「ふーん…」
「おれ達もこれから移動か、せっかくの休日だったんだがな」
「シャーニッド、まだそんな事を言っているのか」
ジロリとダルシェナがシャーニッドをひと睨みすると、シャーニッドは肩を竦めて苦笑を零す。特に緊張した雰囲気のないレイフォンに、強張った表情のナルキが声をかけた。
「レイとんは怖くないのか?」
「う~ん、流石に慣れてるからね。大丈夫だよ、基本僕らが先行するから、援護よろしく」
「あ、あぁ…」
あっさりとしたレイフォンの口ぶりに、ナルキはほんの少し視線を泳がせた。
そんなレイフォンの緩い表情に、ハイアは不満げに口を開く。
「気は緩めんなさ」
「うるさい。お前に言われなくてもわかってる」
「ふーん? ならいいけどさ~?」
「何が言いたい」
「別に~?」
「ハ、ハイアちゃん、そんな言い方しちゃだめだよ」
「ミュンはわかってないのさ~、コイツほっとくと絶対調子乗るタイプさ」
腕を組みつつそう言い放ったハイアにミュンファは困り顔で視線を向ける。レイフォンはムスッとした顔でハイアを睨みつけた。面々はまたか、という顔で息を吐き出す。
「お前ら…そろそろやめないか…。何度同じことをするんだ…?」
「……ハイアが喧嘩売ってくる限りは……」
「……コイツがいる限りは売るさ~……」
「…なんですかその理由。ハイアがさっさとツェルニから出ていけば良いと思うんですけど?」
「おれっちが言ってるのは都市からって話じゃなくて目の前からって話だけどさ?」
「お前らうるせぇ」
ウォルターが再びあくびをしつつ言い放つと、二人してウォルターに視線を向けた後、そっぽを向く形で収拾した。ニーナがチラリとウォルターに視線を向け、なにも言わずカリアンへと視線を戻す。
「生徒会長、わたし達は準備ができ次第出撃します」
「あぁ。よろしく頼むよ」
「はい。…出撃準備をするぞ、各自キチンとするように」
ニーナの言葉に従い、各自行動を開始した。