明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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脆い虚勢

 

「…で…隣の状況は?」

「音聞いてる限りじゃ、芳しくないさ」

 

 レイフォンは都市警察の方へ移動し、こんな時にシャーニッドはどこかへ。

 ウォルターとハイアは壁に背を預けたまま、盛大にため息をこぼしていた。

 

「っとに…アルセイフはしょうがないとは言え、あの変態にも困ったもんだな」

「せめて先輩って呼んでやるさ、ウォルター…」

 

 少しばかり困った表情を浮かべたハイアがそうこぼし、ウォルターがそんなことは知らない、と返す。ハイアとウォルターの会話では至ってよくあることである。

 とにかくとウォルターが黒鋼錬金鋼、重晶錬金鋼を取り出して復元した。

 

「レストレーション」

 

 黒鋼錬金鋼は刀へ姿を変えた。重晶錬金鋼から散らばる念威端子が宿泊施設を包囲する。

 そう、現在起きているのは人質事件。

 しかも現場は隣の女子浴場の方で、その場所にはニーナやフェリ、ナルキ、ダルシェナと言った十七小隊とミュンファもいた。

 念威端子から伝わってくる情報をまとめると、どうやら脱衣所中央に全員集められ、座らされているらしい。ニーナ達武芸者の錬金鋼はすべて没収され、周囲を人質犯達に囲まれている。

 

「…ミュン、大丈夫か心配さ」

「とりあえず武芸者なんだし、そこまで心配する必要もねぇだろ」

「そりゃ、そうだけどさ…」

 

 ハイアが眉をよせてため息を吐く。

 現在錬金鋼の携帯が許されていないハイアに錬金鋼はない。持つことも許されない。

 持てばそれこそすぐに強制退去、剄を使っても強制退去、そう言う取り決めになっている。

 何もできることがない訳ではないが、錬金鋼を持っている時よりは確実にできることが少ない。

 素手で錬金鋼と渡り合うことは不可能ではない。ハイアの身体能力を持ってすれば、そこらの学生武芸者ならば余裕で勝てる。それはもちろんのことで、並の武芸者ならばそれなりになんとかなる。

 だが今回は複数犯の上、それなりに強い武芸者のようだった。そのために、ウォルターも慎重に動いているのだ。

 

「さぁて、どうするかね」

 

 そう口にしつつ、ウォルターが口角をあげた。

 その表情を見て、ハイアがきょとんと眼を丸くする。それに気づいたウォルターは首を傾げた。

 

「なんだよ、ライア」

「え? ……あ、いや…その。…久々に、そんな表情見たなって、思って…さ」

「……そ…うか?」

 

 そういえばそうだったかもしれない。

 色々考え込んでいたことや、こういった事も無かった事があり、確かに言われればそんな気がしてくる。

 実際に指摘されると妙な気分になり、ウォルターは表情を引き締めた。

 

「とにかくだ。突入作戦はさっさと決行する。位置の把握は出来てる。サポートは任せろ。お前は手前を潰せ。奥はオレが」

「了解さ~」

「そういや…わかってると思うが、剄は使うなよ」

「剄が使えなきゃ戦えない様なやわじゃないから大丈夫さ〜」

 

 にやりと笑ったハイアが重心を落とす。ウォルターも同様にして女子浴場の入り口、両サイドの壁に背を預け、視線を交わすと同時に突撃した。

 扉をウォルターが蹴り飛ばし、中央でしゃがんでいた女子達の頭上を扉が舞う。背後にいた男に扉の縁が当たり、のけぞる。扉が女子群の上の落ちる前にハイアが踏み込み、扉をさらに蹴り飛ばした。

 男達の反応も早い。錬金鋼の銃口がハイアを捉える。引鉄が引かれようとする。だが、それよりも早くウォルターが踏み込み、黒鋼錬金鋼の刀が銃口を切り裂いた。

 黒鋼錬金鋼に剄が奔る。

 外力系衝剄を変化、喰剣(はけん)

 

「っちょ…!」

 

 ハイアが慌てて屈んだ。

 振るった刀から放たれたウォルターの剄技は、ハイアの首があった位置を通りすぎて人質犯に命中する。そのまま活剄で脚力を強化し、懐へ踏み込む。鳩尾に柄尻を埋め、昏倒させた。とりあえず全員終わったか、とウォルターは辺りを見渡す。

 

「あ、危ないさぁ!」

「おーわりぃな

「…謝罪に誠意が見えないさ…」

「いつものことだろ」

「……そうさね」

 

 ため息混じりにハイアは頷き、しょうがないとばかりに肩を竦める。

 中央に集められていた女性陣の中に見知った顔を見つけ、ウォルターが肩を竦める。ハイアはミュンファの方へ寄って行っていた。

 都市警察がようやく到着し、犯人たちをまとめている間、ウォルターは違和感に気づいていた。

 

(…ルウ、見られてるか?)

(うん、ずっと先。……領域広げてみようか?)

(…いいや、いい。…この視線、今日一日中ずっとだな)

 

 時たま感じていた視線は、今になってずっと感じる様になっていた。

 一体誰なのか、見当がつかないわけではないが付けたいわけでもない。

 ひとまず放っておくこととし、ウォルターはレイフォン達の方へ向かった。

 

 

 

 

 

「でだ」

 

 ようやく事態が終息し、聴取が終わった頃にはすっかり夜は更けていた。

 ニーナはややその表情に疲れをにじませながらも、何故か十七小隊とハイア、ミュンファを外へ集めていた。その片手にはバケツ。

 

「何だ? バケツもって…悪いことでもしたのか」

「そうじゃない」

 

 呆れた顔でニーナが腰に手を当てる。バケツには水が入っていたらしく、中でばしゃんと水の跳ねる音がした。

 姿の見えていなかったシャーニッドとレイフォンが、何やら手に袋を持っていた。

 その袋をやや凝視して、その中身にウォルターは気づく。

 

「…花火?」

「よくわかったなウォルター。今日、旅館の人に頼んでおいた。さっきの事件のこともあって増量してくださったぞ」

「へぇえ、オレとライアの功績だな」

「ロケット花火もあるぜ、祝って打ち上げるか?」

「あんたの顔面向けて打ち上げてやろうか?」

「大惨事免れないのでやめてください」

 

 ウォルターとシャーニッド、レイフォンの掛け合いに、ニーナはやんわりと笑う。

 ニーナが持っていたバケツを勢い良く地面に置き、レイフォンとシャーニッドは花火の袋をあけた。

 

「よし! じゃあ始めよう!」

 

 ニーナのその言葉を合図に、皆がそれぞれ、花火を手にとった。

 

 

 

 

 

 シャーニッドが派手にネズミ花火を放り投げた。

 火薬を包んでいた紙が地面に飛び散り、火花を上げながら目の前にいたレイフォンの方へ跳ね回りながら向かっていく。その光景にレイフォンが小さな悲鳴を上げながら退いていった。

 ハイアはそれを笑いながらシャーニッドに加勢し、さらにネズミ花火を放り投げる。派手な爆発音が鳴り響き、レイフォンがハイアに怒鳴る。

 女性陣はというと、隅のほうで噴射型の花火で遊んでいた。ニーナが噴射型を四本持ちして振り回しているのを、ナルキとダルシェナが若干距離を持って眺め、フェリとミュンファは屈んでロウソクの周囲で花火を頼んでいた。それぞれ楽しんでいるらしい。

 ウォルターは1人少し離れた場所で階段に腰掛け、1人線香花火に火を灯していた。

 

(花火ねぇ。結構マイナーなのによく貰えたな)

(そうだね。…ウォルターはなんで線香花火選んだの?)

(んー…なんか、いいかなって)

 

 考え事に耽るには。

 火を付けて、持っているだけの線香花火は考え事をするにはうってつけだった。

 視線の感覚は消えていないが、特に異常もない。

 だがそれ以上に考えに耽りたかった理由は、ウォルター自身にあった。

 

―――――ルウに言われ、アルセイフに気を使わせた

 

 ただの意地だと。今回のことを。

 

―――――ライアも、違和感を持ってる

 

 それなら、ウォルターの“これ”は、間違っていると言うのだろうか。

 ウォルターの指先に摘まれた線香花火の先が膨らみ、ぱちぱちと火花を立て始める。

 

―――――アントークも、エリプトンも、ロスも。……あのマテルナやゲルニまで気を使う

 

 だが、それでも通したい意地だ。

 変わらない事を続ける。これ程までに難しいとは思わなかったが、それでもやるしかない。周囲にはくだらないと言われても、ウォルターにとっては続けるしかない意地だ。

 すべての目的を達成させるために。

 

―――――それなら、迷う必要なんてないのかもしれない

 

 例えどう言われても、続ければいい。この姿勢を。自分の意地だ。

 ただ意地を張っていればいい。今まで通り。ルウはわかってくれている。理解者はいる。ずっと、一緒にいてくれる。

 

―――――あぁ、なんだか昔のルウみたいだ

 

 悪く言うつもりは無いが、かつてあの隻眼、そして楽土と動いていた時のルウは、ウォルターと居る為という理由で動いていた。ずっと、一緒に。

 それを否定して今ここにいる自分が、似通った考えをするとは。

 ウォルターは苦笑を零しつつ、火花を散らす線香花火をジッと見つめていた。

 

(続けること、ルウは、ダメって言うか?)

(…僕自身は、ウォルターが無理をすることになるから、あまりして欲しくない。でも、ウォルターがそうするって言うなら、協力するよ。ウォルターの気が済むまで)

 

 ゆっくり、それでいてはっきりとしたルウの主張に、ウォルターはふと、その『意地の終着点』を考えて、遠くを見た。

 その意地は一体いつまで通せばいい?

 月が崩れ落ちるまで? 自立型移動都市が滅ぶまで?

 世界の終わりが来るまで? すべての終わりが来るまで?

 ルウはそれをわかっている。

 いつまで通せばいいのかを考える時点で、ウォルターはその終わりが来ることを望んでいるのだということを。ただそれに目を向けずそらし続けているだけなのだと。

 

(……もう少しだけ、続けてみる)

(…そっか。うん。わかった。無理は、しないで)

 

 そしてルウはそれが虚勢だと知っている。けれど、それをやめろと言うこともできない。

 けれどその変革は、ルウが最も望まないことを起こす引き金となる。

 ウォルターが他人に目を向ける様になる。

 この世界で、目的のために孤立を選んだ彼が目を向けてくれる存在が、自分だけではなくなる。それは、ルウ自身がその他大勢に含まれることを暗に示唆していた。

 けれどウォルターは変わることを恐れている。これはルウに、彼がずっと自分だけに目を向けてくれるという最良の状況だった。それをみすみす手放すような真似はしたくない。

 けれど……

 

―――――…もしウォルターが、それを望むなら、僕は…

 

 変わったとしても。彼の志は変わらないだろうから。その志が、最もルウが共にいたいと望むウォルターのあり方だろうから。

 

―――――僕は…

 

 ルウが『中』で拳を握ったと同時、ウォルターの摘んでいた線香花火が地に落ちた。

 


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