明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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「……また…水…」

「今度はお湯ですよ? ウォルター」

「そうそう、お前は動いてなかったって言ってもあんなくそ暑い中にいたんだ、汗くらいかいたろ。ちゃんと入ってけよ? でなきゃ夜酷いぜ~?」

「何を企んでンだ、何を」

「そ、そうぴりぴりしないさ、ウォルター…」

 

 慌てて仲裁に入ったハイアを軽くひと睨みして、ウォルターはさっさと個室シャワーの方へ向かっていく。個室シャワーの扉を開けた際に、一瞬視線を感じ振り返ったが、こちらを見ている者は誰もいない。軽く息を吐き出しつつ力任せに扉を閉めて、ウォルターはシャワーのバルブをひねった。

 お湯が頭上から注ぐ。お湯とは言え水にはあまり変わりがない。肌を伝う感覚に、思わず肌が粟立ちそうになった。

 適当に髪に指を通し、湯を浸透させる事でそれを振り切ろうとする。

 少し離れながらシャンプーをとって適当に泡立たせ、髪をぐしゃぐしゃと洗った。

 

(あーあ、またそんな風に洗って。痛むよ、髪)

(…気にしてない)

(言うと思った。いい髪質してるんだから、もっとちゃんとすればいいのにな)

(…早く出たいんだよ)

 

 またシャワーに戻り、シャンプーを流す。俯けば、泡が排水口に流れていくのが見える。

 ふと腕に視線を向ければ、軽く肌が粟立っていた。ため息を吐き、ウォルターはシャワーのバルブを閉める。

 

―――――……あんなにも前のことなのに、未だに引きずるか、オレは

 

 なかなか、こういうことをふっきるのが苦手らしいと気づいたのはつい最近だ。

 あの黒鋼錬金鋼を捨てられない事も、そういう理由だろう。ウォルターは再びため息を吐いて、腰に巻いたタオルをぎゅっと縛り直す。

 と同時に、真上からそれなりに温められた水が降ってきた。

 

「っ…!? …ッエリプトン!」

「よぉ、しけたツラしやがって。早々に逃げやがったから先輩的な激励だばーか」

「ンだと…っ、…………はぁ……、」

 

 盛大に怒鳴ろうと思い息は吸ったものの、結局吐きたかった言葉は霧散させた。怒鳴った所で、この剽軽なお調子者は懲りないのだろう。

 何よりもこのシャワー個室に、屋根がついていないことを恨んだ。

 女子の個室は色々な問題を防ぐために完全防備だが、男子の方はそうではない。そのせいで前後左右は守られているが上下はがら空きなのである。いくらプールに併設されているとはいえ、個人もへったくれもない仕様に、これが戦場なら防衛のがばがば加減にも呆れ以上に失笑するレベルだと、ウォルターは盛大なため息を吐きながら前髪を掻き上げる。

 

「あんたのせいで頭から足まで冷てぇ」

「そりゃあよかった」

「よくねぇだろ…」

「…お前、何を考えこんでるわけだ?」

 

 シャーニッドの包み隠す気もない言葉。ウォルターは顔が見えないことをいいことにして眉を寄せた。きっとこの表情を見られたら嫌な顔の1つや2つされただろうが、幸い顔はお互い見えない。

 

「…色々」

「色々ね。そうか」

「…ンだ…、根掘り葉掘り聞かれンのかと思った」

「聞いて欲しいか?」

「嫌だね」

 

 ウォルターがばっさりと切り捨てれば、シャーニッドはからからと壁越しに笑った。

 

「そう言うと思ったぜ。…ま! あのウォルターが『別に』とか『関係ない』って言わずに『色々』っていうだけ進展かなと思ってな。それ以上聞かないでおいてやる。……今日はな!」

「明日は聞くのかよ…」

「日付変わったらすぐだ!」

「叩き起こす気か」

 

 はた迷惑な、と溜息混じりにバルブをひねった。シャワーの湯が再び頭上から注がれる。

 シャーニッドは特に気にした様子もなく、わしゃわしゃと髪の毛をかき回す音が聞こえた。

 

「ま、冗談はおいといてだな。お前を悪くいうつもりはねぇが、あまりそう抱え込むなって話だよ。ニーナも同じきらいがあるしな」

「あいつと一緒にすんな。…つか、あんたからそう言う話聞くと気色悪いンですけど」

「はっはー、おれも同じだぜ!」

「じゃあ言うな…」

 

 軽快なシャーニッドの答えにまたため息を吐く。一体この先輩は何を言いたいというのか。

 

「そういや、レイフォンがやたら気にしてたぜ、お前の事」

「オレは、別に気にしてねぇ」

「お前が怒ってねぇってことは分かったみたいだが、理由は知りたいだろうしよ」

「…言う気はねぇぞ」

「そうだろうな。…けど、お前がおれらのちからになってくれた様に、おれらだってお前のちからになりてぇの」

「あんたらに……何かしたか…? オレ…」

 

 首を傾げ、小さく呟いた言葉はシャワーに掻き消され聞こえなかった。

 ウォルターがシャワーのバルブを思い切りひねり、お湯をこれでもかとかぶる。少し間を置いてバルブを締めると同時に、シャーニッドの声が聞こえた。

 

「おれは、お前がディンとの戦いの時おれに配慮してくれたことをありがたく思ってる。シェーナと戦わせてくれたこと。…だからおれだって、お前にそれなりの礼がしたい」

「…そうかよ」

 

 一瞬、動揺した。声に動揺が出ないよう細心の注意を払いつつ返事を返した。どうやらこちらの動揺は気づかれていないらしい。ウォルターは小さく安堵の息をこぼした。

 いそいそと隣に戻ったらしいシャーニッドがけらけら笑い、声を聞きつけてきたらしいレイフォンとハイアの声が外で聞こえる。

 

「ウォルター、…大丈夫ですか」

「…お湯は、それなりに」

「おれは無視かよレイフォン」

「シャーニッド先輩、いなくなったと思ったらここにいたんですか…」

「ひっでぇ! おれが頑張って後輩を元気づけてたって時にこの後輩!」

「そう言われましても…」

 

 レイフォンが苦笑する。シャーニッドが隣のシャワーから出る音が聞こえ、ウォルターも同じ様に出た。未だ、レイフォンやハイアの疑った様な視線に、ウォルターは盛大なため息を吐く。

 三人の視線から逃げるように視線を逸らして、脱衣所の方へ向かった。

 


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