明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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鋭利なコトバ

 

「プールだー!」

「水着だー!」

「……じゃあ帰ろうぜ」

『おいッ!!』

 

 ノリが悪いぞ、とばかりにシャーニッドに肩を掴まれた。

 現在ここは都市の中にあるプールだ。十七小隊以外にも生徒はいるが、大抵は小隊所属者。

 ここに居る十七小隊も、少し前……幼生体の群れにツェルニが突っ込んでいた時にシャーニッドが言っていたリフレッシュ休暇……ではなく。そのリフレッシュ休暇を行う事と引き換えに措置された水泳も兼ねた訓練だ。

 一応訓練という面目があるため、全員標準の水着着用。男性の方はノーマルなトランクスタイプの水着、女性の方は競泳用水着。そしてまぁ、ウォルターも着ているわけだが、ウォルターは多少重装備でラッシュパーカーを来てサンダルを着用していた。その様子に周囲は若干怪訝そうだが、周囲がその点に関して問える程、ウォルターの顔色が良くないのだった。

 

「…ウォルター、大丈夫か? さっきからずっと黙ってるけどよ」

 

 シャーニッドが黙りこんでいるウォルターに怪訝な顔で肩を揺さぶる。

 何気なくだが、肩に触れられたウォルターはシャーニッドに酷く不機嫌な顔で手を弾く、が、その声にいつものような覇気はなかった。

 

「……平気だ。つか、触るな」

 

 普段より5割増し声の低いウォルター。そんな中、水泳という普段中々することのできない訓練にワクワクとした気分が抑えきれていないニーナが声をかけた。

 

「そうだぞウォルター。せっかく来たのだからキチンと入っていけよ。訓練も兼ねているのだぞ」

「……物凄く、嫌だ……」

「珍しい…ことではないですが、珍しいですね。イオ先輩がそこまで拒絶するなんて」

 

 フェリはどうでもいい、という意味合いの強い語調でそう端的に言い放った。普段であればそれに対して軽く言葉のひとつふたつでも返していただろうウォルターは、しかしから笑いを零して遠い目をするばかりである。

 ちなみに、普段であればウォルターにひとつふたつの小言を零すであろうに、現在の様子に一切ツッコんで来ないレイフォンと言えば。

 

『……』

 

 プールサイド、十七小隊の輪から少し外れ、険悪ムードのその真っ只中にいた。

 赤橙の短髪を揺らす、左顔面に刺青を入れた男……ハイアと、お互いに心底嫌そうな顔をして、睨み合いを続けていた。

 ハイアとミュンファについては、放浪バスが来るまでウォルターの監視下におくという条件でツェルニ滞在が許された。

 現時期は戦争期ということもあって放浪バスが来ない。その為、これはサリンバン教導傭兵団からの措置であるが、他都市からツェルニを出るための放浪バスを回してくれることとなった。ただし、この放浪バスは戦争期である都市達との諍いを避けるため少人数用であり、グレンダンへは直接向かわない為に、リーリンを乗せて帰還できる見込みは一切ないとの話。

 何よりも本来、都市の方針に沿えばおそらく都市外追放なのだが、そこはウォルターの動きで対応され、監視下に置かれている。ツェルニ内での錬金鋼、剄の使用禁止という制約以外はハイアにつけられていない。そしてそれは、ミュンファも同様である。

そんなハイアの腰には、当然ながら錬金鋼も剣帯も無く、彼も現在の十七小隊と同様に水着である。何故か、と言うのは火を見るより明らかで、少しでも身体が鈍らないように運動をするためだった。

 そして現在、睨み合いを続けている2人を、普段ならば牽制するはずのウォルターには一切その気力が無いらしく、プールに虚ろな眼を向けたまま項垂れている。

 

「……地獄だ……ここが地獄か…」

「ウォルター…そんなにプール苦手なのか?」

「いや…プールは別に…」

 

 ウォルターが再びから笑いと共に返答を返すが、眼が笑っていない。完全に諦めで呆然となっているようだ。さすがにニーナだけでなく、その他の十七小隊隊員もなんと声をかけたものか決めあぐね、ちらちらとお互いに視線を合わせている。そんな中、構っていられるかとダルシェナは足早にプールへ向かっていった。

 そんなウォルターと十七小隊のやや後ろで睨み合いを繰り広げているレイフォンとハイア。2人の間には嫌悪なムードしか漂っておらず、若干レイフォンから発せられた衝剄によってプールサイドの床に撒き散らされた水が跳ねている。ハイアが軽く腕組みをして体勢を変え、レイフォンはにっこりと嘘臭い笑みを浮かべた。

 

「どうしてここにいる? ハイア」

「レイフォン、おれっちはさっきから何度も“ウォルターのお陰だ”って言ってるさ~。何回言ったらその脳みそは理解するのさ?」

「うん、ツェルニにいることはまぁ、いいとしても。どうして、“いま、ここに”いるわけ?」

「それもさっき運動しに来ただけだって言ったさ~」

 

 はん、と鼻で笑いながら飄々とレイフォンの怒りを躱すハイアは、べえ、と舌を出してレイフォンの怒りを煽る。それにレイフォンが頬をひきつらせ、拳を握って拳に剄を走らせ始める。

 それに気づいたニーナがさすがにそれはまずいと2人を牽制するも、慌てたニーナの牽制をハイアは面白がり、レイフォンは牽制に勢いを沈めつつあるものの、ウォルターに牽制された時ほどの効果は無い。

 ニーナは常日頃どれだけウォルターが2人に叩き込んで……と言うより、この2人への影響力が強いのか痛感する。

 2人を苦笑して見ているミュンファに対してニーナは助けを求めつつ、やはり項垂れているウォルターに声をかけた。

 

「ウォルター、なんとかしてくれ!」

「…オレ帰りたいんだけど…」

「だめですよ。…隊長、イオ先輩は役に立ちません」

「なんだとッ!? むむ…っ、あぁもう、2人とも落ち着け!」

 

 声を張り上げてニーナが牽制するが、しかし馬の耳に念仏状態である。そんな様子をぼーっと傍観するのみとなっているウォルターは、大きく息を吐き出した。

 

(ウォルター大丈夫? いやなら断ればよかったじゃない)

(断ったらまたうるせぇから…)

(そう言ってもなぁ…それで体調崩したら元も子もないじゃない)

(だけど……、…あぁ吐き気がする)

 

 ウォルターは口元を押さえつつ、重い腹を押さえた。レイフォンとハイアの睨み合いはお互いがそっぽを向くという形でようやく収まったらしく、挟まれていたニーナが酷く疲れた顔をしている。

 いつもならばここで「情けない」だの「くだらない喧嘩をするな」だの言うのだが、そんな気力さえないウォルターは近くにあったベンチに座り込む。

 座り込んで深々とため息を吐き出すウォルターへ寄ったハイアが、その顔色の悪さに眉を寄せた。

 

「ウォルター、大丈夫かさ? 体調悪い?」

「……あぁ…へいきだけど…お前らは行ってこいよ、せっかく来たンだし…」

「でもウォルター……」

「ウォルター、水苦手なんですか?」

 

 やってきたレイフォンが、ハイアの言葉を遮った。それにハイアが若干顔をしかめ、レイフォンを見たが、特に気にしていない様子のレイフォンは言葉を続ける。

 

「とりあえず小隊で来てるんですし、入るべきだとは思いますけど…」

「…お腹気持ち悪い…」

「体調悪いのに無理に引き込んだらだめさ。余計に体調崩すさ」

 

 ウォルターを擁護するハイアにレイフォンが片眉を上げる。いつもの事とはいえ、今回は正論だ。理にかなった反論に、レイフォンは内心不機嫌になりつつ、ハイアへ向けた視線をウォルターに向けた。

 

「ウォルター、とりあえず慣れてみるのはどうですか? ほら、ここのプールは段々深くなっていく形ですし」

 

 レイフォンはそう言ってプールを指した。

 ここのプールはプールサイドに近い場所が一番浅く、だいたい足首ほどまで。少し進んでいき、プール半ばくらいまで来ると腰、そして進んで肩辺り。更に進んだ先にある仕切りを超えると足がつかない程の深さに到達することになる。

 本当に浅瀬の部分ならば大丈夫ではないか、とレイフォンは提案するが、ウォルターはベンチでうなだれたまま腹を抑えている。

 

「どうしてそこまで苦手なんですか?」

「……いろいろあって」

「またいろいろですか。…しょうがないですね」

 

 レイフォンはウォルターの腕を掴んでプールへ引っ張っていく。ウォルターはそれに通常では見られないほど頬をひきつらせ、必死にレイフォンを止めようとするが、どこかいきいきとしたレイフォンは止められない。ハイアも止めようとしたが、にっこりとレイフォンに退けられた。

 ばしゃん、とレイフォンの足が水へ入った。続いてウォルターの足が。本当に足首に届くか届かないかというほどの水深。

 足の甲辺りまでひんやりとした水が触れる。レイフォンはウォルターに向き直る。そんな2人をハラハラとした表情で見守る十七小隊とハイア、ミュンファ。

 

「どうです? 大丈夫じゃないですか?」

「……ウォルター…大丈夫か…?」

 

 後ろで控えていたニーナだったが、どうも心配だったらしくウォルターの方へ声をかけつつ歩み寄ってくる。

 だが、当のウォルターは先程より二割増し程に顔色を悪くしていた。

 

「……むり……」

 

「この程度でだめなんですか!?」

「と、とりあえず水から出ろ、ウォルター!」

 

 かなりか細い、今にも掻き消えそうな声で呟かれたウォルターの「むり」に、あのシャーニッドが慌てて抱え引きずり出した。

 

 

 

 

 どおりで、とレイフォンが息を吐いた。

 ウォルターは結局ベンチへ逆戻り、ウォルターを除くレイフォン達十七小隊プラスハイアとミュンファは、プールの水深が腰ほどに来る場所で許可をとり、それぞれ運動を開始していた。

 フェリはニーナと泳ぎの練習、シャーニッドは…何やらよくわからない水泳、レイフォン、ナルキ、ダルシェナも水泳、ハイアはちらちらとウォルターを気にしながらミュンファと柔軟をしていた。

 みな等しくだが、レイフォンも訝しく思っていたのだ、ウォルターの格好が重装備だったことに。一応水着は着ているものの、上にはラッシュパーカー、サンダルと言うよりはもう少し布面積の広い靴を履いていたものだから、何かあるな、とは思っていた。しかしウォルターともあろう人が、水が苦手だとは。

 自身も野菜は苦手だし、まぁ人にはそれぞれ苦手なものがあるだろうしいいのだが、それにしてもあの様子は尋常ではない。

 何故あそこまで嫌いになる要因が水にあったのかはわからないが、苦手なものは苦手なのだろうと思い、それでいて克服出来るといいとぼんやり考えていた。

 

「と言うか、あんなに苦手なら来なければよかったんじゃ…」

「…去年は難癖つけて来なかったぞ、ウォルター」

「隊長。……そうなんですか?」

「あぁ。ウォルターが入ったのは去年の夏季帯終わり目からだったんだが、2回ほど行った実習にもこず、授業の方にも一切出席しなかった」

 

 ニーナがフェリの指導をしながら言う。レイフォンはその言葉にふむ、と考えた。

 

「隊長、今回ウォルターが来るって言った理由、聞きました?」

「いや、聞いてない。ダメ元で聞いてみたら普通に行くと返されたから…来るならいいかと。わざわざ聞いてやはり行かないと言われても困るしな」

「それは、そうですね」

「まぁ、あの時は本当にひねくれていたと言うか、素直に言葉を聞いてくれないというか…」

 

 そう言ってニーナがレイフォンに苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

「…お前」

「…げ…」

 

 目の前に現れた金髪の女子生徒に、ウォルターは何故居るのかと怪訝に眉をよせた。同学年とはいえ、対面率が高くないか、とどこか面倒くさい気分で頭を掻く。

 目の前の金髪……ニーナ・アントークは、そんなウォルターに対し、気軽な声をかけてくる。

 

「ウォルター。小隊に入ってくれる気にはなったか?」

「……どうしてそうなンだよ。お前の頭はお花畑か」

「む、むぅ…、ようやく来てくれるのかと思ったのだがな」

「ンなわけねぇだろ、ばかかお前」

「そうか、残念だ。……だが、わたしは諦めんぞ」

「そーですかー」

 

 ウォルターは呆れてやや眼を細め、ニーナを軽く睨め付けるようにして見る。が、ニーナは真剣な顔でこちらを見ているだけだった。

 大きな溜息を吐いて頭を掻き、ウォルターはニーナに問うてみる。

 

「あのさ、お前ってなんでそんなにオレ誘うのに必死なわけ」

「…いきなりなんだ?」

「誘うなら別に他のヤツでもいいだろ? オレにこだわる訳がわからねぇって言ってンだよ」

「……そう、だな……」

 

「周りが無駄にオレをはやし立ててるから、それで自分もーって、薄っぺらい理由じゃねぇの?」

「……確かに、お前を小隊に入れたい、はっきりした理由がわたしには無い」

 

 少し考えた様子で、そう呟くように言葉を発したニーナに、ウォルターは「なんだそれ」といいたくなったが、ニーナがなにやら考えながらその言葉を発した為に、その言葉を飲み込みニーナの言葉を待つ。

 

「だが、わたしはお前を十七小隊に欲しいと思った。……それは理由にならないのか?」

「理由ってのはわけを説明するモンだぜ。お前のは理由じゃなくて、ただの感情だろ。子どもかよ」

「た、たしかに子どもみたいだとはよく言われるが…」

「はん、はっきりした理由もなく、よくそんな事が言えるぜ。子どもの方がもっとマシな事言うんじゃねぇのか?」

「ぐ、ぐぅぅっ」

 

 鼻で笑いつつそう吐き捨てたウォルターに、ニーナはやや項垂れた。気分を落ち着かせようとか、ニーナは大きく息を吐き出す。

 しかし、それをさせないようウォルターは言葉を続けた。

 

「深く考えてもいない、眼の前の事しか処理できない、そのくせそうやって冷静に考えようとせず感情で動く。隊長としての器は微塵も無いな」

「ぐ、ぐぅ…っ。だが、直感と言うのは信じてもいいだろう…」

「直感なんて不確定要素の多いモン、オレは信じないね。それにそれを信じるだの認めるだの言ったら、お前調子に乗ンだろ、絶対。ホント、大人になって詐欺とかに引っかかりそう」

「い、いや…! だからといってお前みたいにあれこれと難しく考えていては、ひねくれてしまうぞ!」

「確かに、オレ程難しく考える必要はねぇと思うけどな。…直感で動いて得したことでもあンの?」

「……な、無いが……」

「だろうな」

 

 ザックリと切り捨てたウォルターの言葉に、ニーナが呻きながら頭を抱える。廊下で項垂れたニーナに、はん、と薄い笑いを零すウォルターが、そらダメじゃねぇか、と吐くと、ニーナはバッと俯かせていた顔をあげ、ウォルターを強い眼差しで見た。

 

「ここは学園都市だ。あらゆる可能性を試す場だ。わたしも、いまわたしを試し、成長するためにこうして小隊を作ろうとしているんだ。だから、ダメだなんてことはない」

「…可能性を提示する場が、学園都市だと言いたいわけか」

「そういうことだ。だからわたしは可能性を提示する」

「……はぁ?」

 

 意味がわからないと怪訝に眉を寄せ、首を傾げたウォルターの前で、ニーナは真っ直ぐな眼でニーナはそこに立っている。

 しっかりとした足取りで、つかつかとウォルターとの距離を詰めたニーナは、はっきりと口にした。

 

「わたしの小隊に入れ。断言は出来ない。だが、お前にとって変革があると思う」

 

 ニーナのまっすぐな意志の宿る瞳に見つめられ、ウォルターは大きな溜息を吐いて目線を逸し、ニーナに背を向けた。

 

「ウォルター!」

「悪ぃけど、オレは変わる気はないンでね。諦めろ」

 

 ウォルターが足早に去っていく背だけを、ニーナは見ていた。

 

 

 

 

 レイフォンはそれとなくその話に耳を傾け、ニーナとニーナが指導するフェリへ視線を向けた。

 

「でも隊長、ウォルターがそういう風だったっていうのはわかりましたけど、最近の態度については?」

「なんとも言えんな。今日はまぁ…あれだが、最近の態度には少し…あの時より鋭いものを感じている」

「イオ先輩がきついのはいつものことですけどね。ですが確かに、最近は異常な気がします」

「…どうして、でしょうね。最近は……少し、柔らかくなってきていた気がするんですけど」

 

 レイフォンがそう言ってプールの水へ顔を付けた。ぶくぶくと泡を吐き、レイフォンはニーナに視線を向ける。ニーナは、レイフォンのそのどこか同意を求める様な視線にやや渋い顔をした。

 

「……そうだな。ようやくウォルターが少し馴染んできたかと思ったんだが……」

「そういう隊長は、まだ言う気になりませんか」

 

 フェリの厳しい言葉に、ニーナが眉根を寄せ、やや俯いた。

 

「……すまん」

「いえ」

 

 なんとも思っていない、という声でフェリが返すが、実際はそうでもないだろう。

 

 マイアスとぶつかる前、ニーナ・アントーク、ウォルター・ルレイスフォーンはツェルニから忽然と姿を消した。そしてどちらも、いなくなった真相を明かさなかったのだ。

 ニーナもウォルターもカリアンに失踪した理由を問われたが、どちらも答えなかった。口をつぐみ、ニーナは「話せない」とだけ言って何も言わなかった。ウォルターは「話せない」とも言わず、カリアンの問いを右から左へ、その時にはすでに鋭さが戻っていた。

 その鋭さに、それ以上の追求は危険だとカリアンも判断し、十七小隊もまたそう判断した。

 ニーナに関しては「必ず話す」と答えたため、ニーナが話す時を待っている。

 だが、ウォルターは……

 

「イオ先輩は……どうなんでしょうね」

「さぁ…ウォルターですから。……また……、“いつもの様子”に戻るといいんですけど」

「そうだな…」

 

 ウォルターが、どうしてあの眼に戻ったのか。誰もわからない。

 ハイアとレイフォンの戦いの時にはすでにそうだった。レイフォンは思考を巡らせる。

 

「…ウォルターが強制入院になった時に、会ったんですけど…その時は、そうでもなかった気がします。……でも……」

「でも?」

 

 レイフォンが言い淀んだところに、ニーナが問うた。

 

「そうだ…、ハルペーの話をした時だ。ハルペーの話をした時に、ウォルターが……」

 

 そうだ。あの時だ。

 あの眼が苛立ちを宿し、一瞬で乾ききったのは。乾ききったあの眼は、レイフォンを見ていなかった。レイフォンに向けられていながら、ウォルターの眼はどこか遠くを見ていたのだから。

 どうして、あの時に問わなかったのか。

 わかっていた。彼が考えだすと1人ですべてなそうとすることを。

 他人に頼らず、自らのちからだけしか信じない。

 まさに、ハルペーに会う前に考えていたことだ。

 彼はたった一人で“何か”をしようとしている。彼は、考えだすと止まらないのだ。

 彼が決めている、もしくは決めたそのときから、彼は決して止まることは出来ない。止まらない。

 たとえ、“誰か”にそれを阻害されようと、それを引き止められようと。彼は決して、それを邪魔立てされることを許さないだろう。

 だからこそ、気付くべきだった。気づいた時に、彼に問うべきだったのだ。

 彼の眼が、“乾いた”と気づいた時から。

 

「……僕はもしかしたら、彼に酷いことを言ったかもしれない」

「どういうことだ?」

 

 いや、それならばいつも言っているだろう。

 レイフォンが彼に対して憎まれ口をきくことはしょっちゅうで、彼にそっけない口をきくのもいつもだ。

 だが、それ以上に……

 

『…なんていうか…ハルペーに並べるなら、やっぱりヒトでも武芸者でもない…ですよね』

 

 あの時は、なんとなくそう紡いだ。

 素直に、感想を言ったのだ。そう、あの時は。素直に“言ってしまった”。

 素直に言った言葉が、きっといまの状況を招いているのではないか、とレイフォンは思ったのだ。

 “ウォルター”なのだから、自分で何とか出来る。何とかするに決まっている。

 そう結論づけたのだ。彼を気にしていなかったわけではない。

 だが、彼なら、彼だから、とレイフォンは安心しきっていた。

 

「……ウォルターが考えこんでいる理由は、僕かもしれない」

 

 レイフォンはそう呟いて、その不安をかき消すようにプールへ潜った。

 


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