ウォルターはゆっくりと流れる感覚に身を置いていた。
電子精霊達の縁の空間に精神だけを沈めた感覚は、何とも言えず落ち着きを呼ぶものだった。
元々何かに動揺することなどはあまりないのだが、学生という身分上、やはり騒がしい場所に身を置くことが多い。
この縁という空間は、中々にウォルターにとって安らぐことのできる良い場所だった。
だが、その感覚は早くも破られ、現実世界へと戻っていく。
「おぉ~っと、これはこれは~!!」
アナウンスが耳に痛いほど響く。ウォルターはうんざりとした顔をしてニーナを見やった。
十四小隊との戦いにおいて、今回の敗北率はウォルターの演算結果では50パーセントを遙かに上回っていた為、ウォルター自身はあまり驚きもせず、感慨さもなく、ただ現実を受け入れただけだった。
そんなウォルターに対し、ニーナは茫然とした様子で立ちつくしていた。だらりと鉄鞭を力なく握り、荒い息を肩で整えている。
十四小隊隊長……シン・カイハーンに声をかけられ、何を言っていたのかは聞こえなかったが、音を拾い上げる気にもならなかった。
「さて、帰るかな」
ウォルターは溜め息をつきつつ、いち早く更衣室へ戻っていった。
いまは練習の前、レイフォンがハーレイに練金鋼の調整をして貰っている。
同級生のクラスメイトに弁当を作ってきてもらっただのなんだのと話をしていたが、ウォルターは何が嬉しいのやらと肩を竦めた。
「嬉しいじゃん、それだけ慕って貰えてるって事でしょ? いいなぁ、僕も作ってもらってみたい」
「作ってもらえばいいじゃないですか」
「誰にさ」
平然と言ったのは調整をして貰っているレイフォンだ。ウォルターは余計なことを言うのではないかと思っていたが、本当に言われた。
「…えっと…ウォルター……先輩に」
「えー、嬉しいと言えば嬉しいんだけど、嬉しくないかな」
「嬉しがられても困る。男の料理にそこまで喜ぶな」
「いやいやでもね、ウォルターは自覚無いと思うけど、実は女子の間でも男子の間でも人気あるんだよ? キミ」
「……オイ……サットン、それ誰だコラ、ちょっといまから三途の川わたらせて来てやる」
「お、落ち着いて! 誰も本気じゃない!!」
ウォルターの眼が座ったのが手に取るように分かった周りが一斉に宥め始める。ウォルターを嫌いだと言い張るレイフォンでさえそこへ加わった。しかしそこへ、空気を読まない剽軽な声がやって来る。
「よぉーハーレイ、アレできてるか」
「いまそれどころじゃない! できてるけどそれどころじゃない!」
何とかウォルターを宥めた―――本人はまだ不服そうだ―――周りはなんとかウォルターを宥められた事に安堵していた。
ハーレイはシャーニッドに言われた、アレを渡す。黒鋼練金鋼だ。
銃を使うシャーニッドは基本軽金練金鋼を使っていたはずなのだが、と思いつつウォルターが見ていると、シャーニッドがおもむろに復元する。
「銃衝術ですか」
「銃衝術か」
声がかぶった事にレイフォンがやや嫌そうな顔をして、ウォルターはそんなレイフォンに苦笑いを返した。
そんな2人にもお構いなしに、シャーニッドは出来を確かめていた。
「しかしお前、銃衝術が使えるなんてな。知らなかったぜ」
「まーな! お前が使えるだろ? あれに感化されちまってな。まぁお前を除けば、こんなん使いたがるのは恰好付けか、すげぇ達人か…が、おれは恰好付けの方だぜ」
そう自信満々に言ったシャーニッドに、ウォルターは肩を竦めた。レイフォンはウォルターに眼を見張った。
「ウォルター、銃衝術使えたんですか?」
「まぁな、と言ってもかじった程度だ。それに、銃なんてモンはオレにあわねぇな」
「かじった程度であれかよ」
シャーニッドは見たことがあるらしく、肩を竦めていた。
どうやら銃を基本としているシャーニッドでも敵わない程才能があったらしく、顔を歪ませている。
「銃衝術って? 確かに僕もウォルターのやっていたの見た事あるけど、よく分からないんだ」
「簡単です、銃での接近戦のために作られた技術ですよ」
「銃は遠距離が基本だが、いつでもバックアップがいるって訳じゃねぇンだ。だからこそ、その為に接近戦への技術が必要だ。それが銃衝術だな」
レイフォンとウォルターが挟んで説明をする。さすがだな、とシャーニッドが再び肩を竦めた。
「所でニーナ遅ぇな」
「本当だな。アントークならもっと早くに来てる筈なンだけどな」
ウォルターが髪をかき上げながら溜め息を吐く。そんなウォルターの意見にもっともだと賛成したのはシャーニッドだった。
「遅れました」
「おーロス妹。よかったな、アントークはまだ来てないぜ」
「……………………あの訓練馬鹿とも言える隊長がですか? 気味悪いです」
「はっはっは、もっともだがな、もちっと言い方ってモンはねぇのかな」
「ありません」
苦笑いをしたウォルターに、フェリが言いよどむ様子もなく言い放つ。それにウォルターは苦笑いを渋面に変えた。
「すまん、遅れた」
ニーナが遅れてきた。練金鋼を入れた剣帯が変な音を奏でる。
ウォルターはそれに眉をひそめ、ニーナの全身を見た。
「……どうした? ウォルター」
「…え? あぁ…なんでもねぇけど…」
「いやらしいですね、ウォルター先輩」
「うぉい? 一体何を言ってくれてる? オレは別にそんなんじゃ…」
「…………何だウォルター、そういう目で見ると…………」
練金鋼を構えたニーナがにじり寄る。ウォルターはその姿にもやや違和感を覚えたが、何とか誤魔化しておくことにした。