「ルウ、反応はするか?」
(……うん、…たぶんこの辺り)
「じゃあそろそろ軸が……」
視界が歪んだ。それはウォルターのせいではなく、狼面衆が現れる予兆。
ウォルターが腕輪に手をかざした時、それは来た。
「!」
金属音が閑散とした学園都市に響く。
軸のずれた都市には誰一人として存在しない。存在しているのは、侵入点に接触したウォルターと、そこにいる狼面衆のみ。
「やってくれたな、狼面衆」
「オリジナルに添う因子を持つものが移動したのを見届けに来たのみだ」
「それだけで済まないのがお前らだろうが」
ウォルターがじりじりと狼面衆との間合いを詰め、踏み込む。
刀を上段から下段へと振り下ろす。剣圧が風を巻き起こし、砂埃を巻き上げる。狼面衆の姿がかき消えた。場所は真後ろ。右足を軸にして回転、刀の先で狼面衆の武器を防ぐ。
「……気がつけば袋のネズミ、って感じだな」
(そこまででもないんじゃない?)
「ま…それはそうか」
ウォルターが口を開いた。
外力系衝剄を変化、戦声。
強大な咆哮の振動が飛散する。狼面衆が傾いだ。刀の柄から炎が漏れだす。漏れだした炎は刀を舐め、包み込む。その状態のままウォルターは膝を曲げ、刀の峰を背に当てる様に構えると、左足を軸に回転した。
炎と斬撃は回転の勢いにともなって周囲を取り囲んでいた狼面衆たちを吹き飛ばし、焼きつくす。残像であるとも言える狼面衆には適度に対応するのが一番だ。
ウォルターは息を吐きながら立ち直した。
「それで?」
残ったひとつの影。ウォルターはそれに視線を向けながら嘲笑の視線を向けた。
「要件はなんだったかな? ……狼面衆」
「……貴様の役割の終わりも近い」
狼面衆の言葉に、ウォルターは怪訝な目を向ける。
表情の映らない仮面に、そんな目を向けた所で無駄だとはわかっているが、向けずにいられなかった。
「聖剣は近づいている。この虚構の世界に」
「……はん。なら、戦場も近いってことか」
「そして、“ウォルター・ルレイスフォーン”にも終わりが訪れる」
狼面衆はただ言葉を紡ぐ。
それでも、言い回しが妙だということに違和感はあった。
影が増えた。
「聖剣の名のもとに、すべては進む」
「女王の君臨も近い」
(……女王………ドゥリンダナってところか?)
あったことはないが、かつての友人の話から、かつての神話からとった聖剣の名前を冠すナノセルロイドが四体いることは聞いている。そして、その名前も。
ウォルターが考えているうちに、狼面衆の姿はまた増えていた。
「その時は近い」
「オリジナルを持つ都市に」
「女王は顕現する」
「なれば、終焉も近い」
ウォルターは首を鳴らし、刀を振るった。ただそれだけで、狼面衆の姿は掻き消える。
「……させやしねぇよ」
(…ウォルター…)
「ルウ…?」
(…の、反応…)
「……え?」
(楽土、の……反応がある)
「……楽…………サヤ……?」
狼面衆がかき消えたその先。
黒い、喪服のようなドレス。黒髪に、精巧な人形のように流麗な顔立ち。
いるはずのない姿が、そこにあった。
「……サヤ」
「お久しぶりです、ウォルター」
そう言ったサヤのあまり動くことのない表情は、やんわりと緩められた。