明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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戦場に呑まれる前に

 

「ふぅん」

 

 ハイアとレイフォンの戦況を見ながら、ヴィートは小さく声をもらした。未だ鳴り響くブザーに眉根を寄せながら。

 

「いくら憧れてるからって言っても…俺はいいと思えないんだけどなぁ…」

 

 ヴィートはちらと隣で心配そうに立つミュンファへ視線を向けた。

 心配そうに眉根を寄せて、必死にハイアの剄を追いかけている様子。弓使いとは言っても、ミュンファの活剄は未熟だ。ここからの距離でも見えるかどうか……

 自身も活剄を使って視力を強化しながら、ハイアの表情が見えないかと活剄を集中する。

 が、さすがにそれはむりだった。軽く溜息を吐きながら、ぼやく。

 

「うーん、ウォルターさんならできるんだろーけどなー」

「……ヴィートさん?」

「あぁ、うん。…ミュンちゃん、見えにくくて大変でしょ。大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

 

 会話をさり気なく回避すると、ミュンファはどこか困ったような顔でヴィートの横顔を見る。

 それに肩を竦めつつ「そうだ」とヴィートが手を打った。

 

「ミュンちゃん……ハイアちゃんについて行きたいんでしょ? だったら、向こうへ行った方がいいんでない?」

「え? ……で、でも」

「……ハイアちゃんの邪魔にはならないと思うよー? むしろちょっと……いろんな意味で、ハイアちゃん危ない気がするし」

「わ……、分かり、ました」

「うん、頑張ってねー」

 

 ミュンファが慌ててかけ出した。向かうはマイアス外縁部。

 おそらくまだあの2人の戦いは終わっていないだろうし、まだ続くだろう。このままハイアを戦わせるのは、少しよくない気がする。

 だからこそのミュンファだ。ミュンファとハイアは幼馴染に近い存在。なんだかんだ言って砕けた関係だし、ヴィート自身が行くよりはマシだと思っている。

 隣に浮かぶ念威端子の光を視界の端に映しながら、ヴィートは軽く息をつく。

 

「まー…俺は裏方だしねー…。そう思わない? フェルマウス」

 

(さぁ、どうだろうな。それなら、わたしの方がそうだろう)

 

「そうかな? あー…まぁ、フェルマウスは参謀役みたいなのが板についちゃったもんねぇ」

 

(そういうことだ。おそらく、わたしでは傭兵団をまとめきれない)

 

「え、なにそれ。遠回しに俺に団長代理やれって言ってるの、フェルマウス」

 

 けらけら笑いながらヴィートは言うが、フェルマウスは冗談じゃないぞ、と付け足した。

 

(あまり若いものにやらせるのも酷だ)

 

「そうかな? ハイアちゃんみたいになれとは言わないけど、俺はヤだなー。向いてないし」

 

(リュホウが没し、ハイアが団長につくまではお前がしていただろう)

 

「え、そんな遠い過去は忘れたなぁ…」

 

 すっとぼけた顔でヴィートが言うと、機械音声が溜息を吐いた。

 そう。もう遠いことだ。自分が担当したのは2、3ヶ月程だったが、本当に勘弁してほしいと思う。

 そういう表立ったことは他の若い子にさせる方がいい、なんて年寄り臭いようなことを考えながら、ヴィートは腕を組んだ。

 2人の成長はずっと見てきた。リュホウがいた頃も、リュホウ没後も。だからこそハイアがどんな人間かよくわかっているつもりだ。ハイアとミュンファをよく構っていた、大抵適当で大雑把な人間のヴィートに似ないで、まっすぐ育った。

 

「…だから思うんだよねぇ…余計に」

 

 ハイアはハイアだ。ヴィートだってウォルターのことはすごいと思っている。

 だが、ハイアにはハイアの良さがある。

 それを殺してまで、強さを求める必要などあるのだろうか、と。

 何よりハイアが“1人”にこだわるのは、きっと慣れてきたことを断つためだ。すべてを、ではなく、いままで誰かに頼ってきた自分の姿をだ。

 誰かに背中を預ける戦いしか知らないハイアは、天剣授受者になりたいという。だが、それになれば、たった1人であの孤独な戦場に立たねばならなくなる。圧倒的不利な状況を、絶望的状況を覆す程の存在であらねばならない。

 傭兵団は解散する。背中を預けられるものはなくなる。ハイアの帰る家は、消えてなくなる。あったという事実すら、年月に消えていくだろう。

 その中でハイアは、たった1人の戦場に立つと言う。

 

「……ウォルターさんは気づいてるかなぁ…ハイアちゃんのこととか。あの人だし、なんとなく気づいてそーで、なさそーだけど」

 

 ウォルターの方へ視線を向けながら小さく呟き、ヴィートは大きく伸びをした。

 ミュンファはハイアの方へ向かわせたことだし、これでヴィートのできるサポートはすべてしたのだ、これ以上できることは何もない。

 念威端子は淡い光を放ちながら、ヴィートのひとりごとを聞き流している。

 

「……あぁ、だけど……どうだろうなぁ」

 

 小さく呟く。いつだって思う。まだ、何かできることがあったんじゃないかと。

 未練たらしいと自分でもわかっている。

 だがそれでも思わずにいられないのだ。自分にできることは、まだあったはずじゃないのかと。

 

「……あの人は、動く気ないだろーな…いま」

 

 軽く視線をあげて、銀髪と距離をおいて立つ黒と赤が混ざった髪を揺らす彼を見る。

 先の様子を見ていると、彼が今動く気はない。それなら…

 

「あー…」

 

 自嘲気味に口角をあげて、ヴィートは腰の錬金鋼を握りしめながら、足を踏み出した。

 

「……さっき、言ったばっかりなのになー」

 

 自分の適所としては、裏方だと思っていたのに。

 でも動かないなら、行かないといけない。

 団長ではなくなっても、自分にとって、ハイアは。

 

「あー…もう…、恨みますよウォルターさん……!」

 

 悪態をつきながら、ヴィートはミュンファの後を追ってマイアスへと走りだした。

 

 


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