サヴァリスは少し高い屋根の上でレイフォンとハイアの戦場を見つめていた。
その隣に立ったウォルターは、サヴァリスに問う。
「状況は」
「うーん…、レイフォンが芳しくないかな。左肩に一撃、食らった。もっとも、僕が来る前のようだけれど。……これは思い過ごしかもしれないけど、ハイア・ライアの方の詰め方、なんだかキミに似てない?」
「ライアの詰め方?」
ウォルターは活剄で視力を強化し、マイアスの外縁部で斬撃を打ち合うハイアとレイフォンを見た。
(……似てるか?)
(うーん…、どうだろうね。構えを同じにしたのはあるだろうね。技術的にはまだまだ……だけど。あぁ、確かに戦局の運びはウォルターに似てるかも)
そう言われても、いまいちぴんとこない。
ウォルターはただ、その場にあった戦い方をするだけだ。別に意図して戦局を運ぶことがないわけではないが、基本的にはその場に合わせて動くことが多い。相手の出方にも対応しなければならない事もあって。
(たぶん、そろそろハイア・ライアの剄技使用率が下がってくるだろうね。その代わり、体術が増えそうだ)
(あぁ…確かに)
衝剄に回していた分の剄を活剄に回せば、その分機動力が上がる。レイフォンはいま手負いの状態だ。必要なのは忍耐力と、対応力か。
レイフォンに剄力では勝てない。ならば、すでに削いだ機動力を更に削ぎにかかるか、自身の機動力をあげるかをして、レイフォンと戦う気なのだろう。
幾度か手合わせをしてきているわけだし、ハイアも見よう見まね程度だが鋼拳を扱える。ウォルターが扱う体術の真似はよくしていたし、それを実戦で扱うということだろう。
「しかし、鋼拳がそれほどうまく扱えるとは思い難いが」
「あぁ、キミの鋼蹴拳は扱いが難しいからね。よく扱うと思うよ」
「それは慣れてないからだ。扱いなれれば使いやすいことこの上ない」
「へぇ。やっぱり套路のつなぎが滑らかだからかな? 技の数も多いしね」
「技の数は問題じゃない。……どうせ使うのなんてごく一部だ。ほとんどは派生型だしな。ひとつ扱えるようになれば……後はどれだけ熟練させるかだ。…その為に、百の技より一の技を尊ぶ」
そんなものかな、と言いながらサヴァリスは腕を組んだ。
「ルッケンスの部門も同じだろう。風烈剄なんて特にそれだろうし」
「あぁ、それはそうかもしれない。…けど…それはウォルターだから言えるんじゃないかな?」
「……お前もルッケンスの型を崩せば使える」
「ルッケンスの型を、ですか…。ふむ、検討してみましょう」
サヴァリスはそう言いながら、ウォルターへ向けていた視線をレイフォンとハイアの戦闘へ戻した。元々視線を動かしていなかったウォルターは、静かに呟く。
「……さて、どちらに優勢になるのか……」
そう言いながら黒鋼錬金鋼を引き抜き、銃を復元する。
その行動に怪訝そうな視線と声音でサヴァリスがウォルターに問うた。
「何かするのかい?」
「あいつらには何もしない。ただ……」
銃口をマイアスの一番高い尖塔へ向けた。その上ではためく布。そして、見慣れた金髪を揺らす姿。引き金をひく。
外力系衝剄を変化、槍弾・突破。
放たれた銃弾は高速で飛来し、目的のものへとあっという間に向かっていく。
「さて、後はあいつら次第か……」
錬金鋼を基礎状態に戻しながら、ウォルターはそう呟いた。
外力系衝剄の変化、焔蛇。
ハイアがレイフォンに向かって剄技を放った。蛇落としの変形。放たれた剄技はレイフォンの全身を呑み込む。全身から衝剄を放出し、その熱気を払う。
だが、身体の自由は奪われたまま。その一瞬を、ハイアがついた。
ハイアの構えは崩れていない。刀を翻し、上段から下段への切り下げ。それを受け流す形でレイフォンは身体を逸し、距離を取ろうと左足を退いた。だが、ハイアが右足を大きく滑らせた。レイフォンの眼前で赤橙の髪が踊る。大きく滑らされた右足はレイフォンの右足に絡み、さらなる後退を許さない。それどころか、お互いの刀の間合いすら取らせない。
ハイアが左手で刀の柄を握ったまま、右手を離した。右拳を作りそのまま右肘を突き出すと、滑らせる勢いのままレイフォンの腋窩上部へ肘を埋めた。
「ぐっ……!」
「まださ」
肘は埋めたまま、右拳を上へ跳ね上げ、レイフォンの額を打つ。身体が傾いだ。距離が開く。右手でも柄を掴み、左足を大きく踏み出して一閃。
「!」
咄嗟に衝剄を練り上げて剣撃の到達をずらす。レイフォンの手が刀を握り直す時間が出来た。後退した足を踏み出して、レイフォンも一閃。
外力系衝剄の変化、九乃。
4本に収束された剄の矢を放つ。ハイアがそれをすべて叩き落とした。構えが戻る。下からの切り上げ、それを刀で防ぎ、前へ。鍔迫り合いになる。
外力系衝剄を化錬変化、
考えていたことはお互い同じだった。
レイフォンとハイアの持つ刀の鍔元から炎の龍が具現する。ちりちりと炎が刀を舐め、互いの炎が喰い合う。
飛び退いて後退し、構えを戻す。いいや、ハイアは踏み出した。炎の中、衝剄を纏ってレイフォンへと踏み込む。勝利を急いでいるわけではない。単純に、間合い詰めにかかったのだ。
互いに放った剄技は不完全だった。ウォルターの扱う剄技。それというだけで難易度が跳ね上がる。だがハイアは体勢が崩れたことも気にせず、踏み込んでくる。ハイアの構えた刀が、煌めく剄を引き連れて斬線をえがく。
左上段からの逆袈裟斬り。
振りぬかれたハイアの刀が切っ先を閃かせ翻る。レイフォンは後方へさらに後退する。しかし、左肩がずきりと痛んだ。膝のちからが抜けそうになり、後退が遅れる。
―――――この程度の怪我、なんともないはずなのに
だが、そう思っているうちにもハイアの刀はレイフォンの胸を、腹を撫でる様に切っていく。
―――――どうして、こんな時に限って痛むんだ……!
振りぬかれた刀は鮮血を引き連れて陽光に煌めく。
衝剄の煌きと共に、ブザーが鳴り響いた。
遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。