身体がエア・フィルターを突き抜けた感覚は一瞬だ。汚染物質が身体を焼いた感覚も一瞬。
ハイアが先に地面に着地し、レイフォンはそれを追う形でマイアスのエア・フィルターを突き抜けた。
外縁部に着地した足に衝剄を収束させ、はじけさせる。旋剄に乗せた一撃に対して焔切りを放ち応戦する。ハイアは右足を軸にして身体を逸し、勢いのまま宙に足が浮いているレイフォンの体勢を崩させた。
「ちぃっ!」
レイフォンの身体が逸れて横へ流れた。流したその瞬間に刀を腰に寄せ抜刀の型を取る。小さく踏み込み、衝剄を爆発させる。
外力系衝剄を変化、
放たれた衝剄は斬線の形に沿って飛来し、レイフォンへと迫る。衝剄を前方へ放ちながら後退、更にもう一歩後退。空中で霧散していく衝剄を見ながら、レイフォンは眉根を寄せた。
―――――あれも、ウォルターの技だ
本来は斬線に沿って飛来した衝剄は空中で四散し、衝剄として周囲を破壊していく技だが、やはりハイアも技の扱いに慣れていないらしい。舌打ち混じりに眉を寄せている。
「……前と同じようにいくと思うなさ」
ハイアが身体を逸らした。レイフォンに対して刀を上段へ持ち上げ、柄を上に、剣先を下げる。急所を完全に外側に逸し、前に出した右足と左足の歩幅を開いた、体幹を低く、重くおいた型だ。
その型に、見覚えがあった。その型の姿が、重なるものがあった。
「……ウォルターの、構えか」
天剣授受者決定戦の時、ウォルターが見せた構え。幾度か見に行ったウォルターの試合で数度見せたその型。
彼独特の型を、ハイアはとった。それはつまり……
―――――そういうところでは、挑発してきてるってことか
口での挑発がない代わりに、動きで、技で、レイフォンを挑発してきている。
初めにウォルターの技を扱ったのがレイフォンとは言え、それに乗ってきたのはハイアだ。
鋼鉄錬金鋼に埋め込まれた紅玉錬金鋼がハイアの剄を受けて炎を刀に纏わせる。その炎の熱が空気を揺らがせ、ハイアの剄の流れを読ませない。その姿すらも歪ませる。
内力系活剄の変化、疾影。
「!」
ハイアが踏み込んできた。ずきりと痛んだ左肩に顔を歪めながら、レイフォンは応戦して刀を翻した。
「ウォルターさーん」
軽く扉をノックし、ヴィートは扉を開いた。
だらりとベッドに寝転がったまま、ヴィートが呼んだウォルターは視線だけでヴィートを捉える。
「……お前……ウェーバーか」
「お久しぶりでーす。お2人を開放します。わがままに付き合って頂いてありがとうございました」
「…決着は、まだついていないようだが?」
「えぇ。でも…」
にっこりと笑みを浮かべたまま、ヴィートはフェリを一瞥し、ウォルターへ視線を戻す。
「侮っているわけじゃないですけど、念威操者ですから。何とかしようと思えば出来ないことはないですからね~。錬金鋼は返せませんけど、お好きに」
「……ロス、先に行け」
フェリを促しながらウォルターは放浪バスから降りる。気づいた気配の方へ視線を向けると、ちょうど目が合った。
「……ルッケンス」
「あぁ、ちょっと前に来たんですよねー。…ところで、ウォルターさんはいいんですか、戻らなくて」
「オレには関係ない。あれはライアの私戦だろう。なら手をだすこともない。マイアスの方も小隊の動きは悪くない。力添えは必要あると判断すればする」
「ふぅん、そういうもんですかね?」
「オレは、な」
ウォルターは軽く腕を組み、濃密な剄のうねりの中で動くハイアとレイフォンを視界にいれたまま、ヴィートに言う。
「ところで。錬金鋼は返せないと言ったな」
「…えぇ、まぁ…。もう団長じゃないとはいえ、一応はうちのハイアちゃんの頼みなんで。……誰にも邪魔させるな、って」
「邪魔をする気はない。わかってるだろう」
「もっちろん。……でもほら、やっぱり色々ありますから~」
ヴィートはあくまで笑顔のままだ。ウォルターがそんなヴィートに鋭い双眸を向けた。
「オレの錬金鋼を返してもらおうか」
「…………それは…………」
「ツェルニの錬金鋼はいらない。銃の黒鋼錬金鋼だけ返せ」
静かな威圧感を放ちながら言うウォルターに、ヴィートは笑みを苦笑に変えた。
苦笑は浮かべたまま、おもむろに腰につけていた予備さし用の剣帯から黒鋼錬金鋼を引き抜き、ウォルターへ手渡す。
「そんなに怒らないでくださいよ」
「怒ってはない」
手に収まった黒鋼錬金鋼の感覚を確かめながら、ウォルターが空っぽの剣帯へ黒鋼錬金鋼を差し込む。
「そうですか? …俺の目には随分、怒ってる様に見えますけど…」
「……ウェーバー。それ以上くだらないことをほざくなら、お前のその口の銃を突っ込んで穴を開けてやってもいいンだぜ?」
「わぁわぁ。それは勘弁願いたいっ」
「じゃあ黙ってろ」
ウォルターは剣帯に収まった黒鋼錬金鋼を掴みながらそういい、踵を返す。
冷えきった雰囲気を纏うウォルターの背に、ヴィートは声をかけた。
「……何かありました?」
「そうだとしても……少なくともそれはお前の気にすることじゃない」
「…そーですか…。ま、もし言えるよーになったら言ってくださいよね」
ヴィートがひらひらと手を振った。
それを肩越しに見、ウォルターは無言のまま跳躍した。