ハイアとレイフォンがマイアスの外縁部の方へ跳んでいったのを確認したヴィートは、フェルマウスが言っていた作業を済ませることにした。
マイアスに滞在していた天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスの荷物を両腕で抱え、放浪バスの入り口近くへ運ぶ。団員たちは戦場が移動したことに安堵しているようで、どこか複雑な表情を浮かべていた。
「なーんだよ、晴れない顔だねぇ」
「ヴィート…お前相変わらずテンション変わらないな」
「だっておれだよ? 当然じゃん!」
「お前な、もう三十路近いだろ? 落ち着けよ」
「落ち着いてる落ち着いてる! てか三十路近いとか言わないでよー、そうだけど。……そんなこと言っても、ハイアちゃんに言ったじゃんか、ちゃーんと、さ」
同じ団員の男は、呆れたようにヴィートに言葉を返した。
だが、至って様子の変わらないテンションの高いヴィートは、どこか浮かれたような顔でハイア達の移動した戦場を見る。
「やっぱレイフォンくんの方が優勢かなー? でも、ハイアも片腕に怪我を負わせれたならまだいけそうだよね。あの辺りで退くとは到底思えないけど」
「お前は…そういえば、もう一人の天剣授受者の方は?」
「うん? ウォルターさん? 特に動く気ないみたいだよ」
ほっとしたように息を吐いた男に、ヴィートは眉根を寄せてひとつ文句を言おうとした。
しかし、不意に背後によってきた剄に気づき、振り返る。
「あっ」
「おや」
そこにいたのは、銀髪を揺らすグレンダンの天剣授受者、サヴァリスだった。
ヴィートは軽い調子で片手をあげ、サヴァリスに挨拶をするが、団員の方は退いていく。
それに若干苦笑しながらも、ヴィートはサヴァリスへ向き直る。
「サヴァリスさんだー! お久しぶりでーす」
「僕は殺剄をしていたっていうのに……キミは相変わらず察知能力高いね。……見どころあるよ、そこだけ」
「ちょっとー、ひーどーいー」
けらけらと笑いながらヴィートが言い返す。サヴァリスは相変わらずだなという顔でヴィートを見ていた。
「ところで……僕の荷物は届いているかい?」
「もちろん! そこの入り口にまとめてありますよー。…いやぁ、サヴァリスさんが来るなんてびっくりしましたよ。さっきフェルマウスから聞きました。廃貴族、ですか?」
「まぁ、ね。とりあえずそっちの役目は終わりだろう? 言ったとおり、陽動はしてくれているみたいだし」
「あぁ……それでハイアちゃんが言い出したんですね。まったく、うちのハイアちゃんはなんだかんだ言ってセンチメンタル・ボーイなんですから、もうちょっとメンタルに来ないものにしてくれてもいいんじゃないですかねー」
「僕が来たことを、レイフォンに悟られたくなかっただけだよ」
サヴァリスとの会話をしながらころころと表情を変えるヴィートに、サヴァリスは「変わってないね」と小さく呟いた。
ヴィートがサヴァリスと知り合いなのはウォルターとハイアが知り合ったつながりでだが、気取らないヴィートにこれはこれで面白いと思っている。
「そりゃあ変わりませんよ! ヴリスト・ウェーバー28歳! 生まれてこの方能天気さでは随一ですよー!」
「誰と比べてるの」
「そりゃあサヴァリ……おっとなんでもないでーす」
あはは、と笑ったヴィートにサヴァリスは肩を竦め、「それで」と少しだけ声音を鋭くした。
「ウォルターはここにいるのかな?」
表情は先程と変わっていないが、声に含まれた硬質さにヴィートは笑みをゆるめ、言葉を返す。
「えぇ、いますよ」
「ふぅん……ウォルターのことだし、わざと?」
「まぁ、お情けって感じじゃないでですかねー」
ヴィートはあっさりと言う。そのあっけらかんとしたヴィートの様子に、ほんの少しだけサヴァリスが眉根を寄せた。
「それで…レイフォンを引っ張ったわけ?」
「うちのハイアちゃんの案ですけど、ね。まぁ、本当はもう一人が本命でしたけど、保険だそうです」
「成程ね。……それにしても怪我をするなんて、どういう理由があろうと甘すぎる」
「うーん。まぁなんだかあの一瞬だけ様子が変でしたし、どういう理由かはいまいちよく分かりませんけどね~。とりあえず現状はまずまずって感じです」
そう言いながら、ヴィートは視線をハイアとレイフォンの方へ向けた。その視線を追いかけるようにして、サヴァリスも戦場へ目を向ける。
「じゃあ、レイフォンと、もう一人の方が団長のハイア・サリンバン・ライアかな?」
「あー……うーん、実はもう違うんですよね」
「もう違う、とは?」
「……今回の行動は団長としてはふさわしくないですし…、……本人もそう言ってましたからねぇ。……ってことで、いまはうちの念威操者が代理です」
「へぇ? 一番の古株はキミなのに?」
「いやぁー、俺は団長なんて器じゃないですよー。…俺はせいぜい裏方ですし、裏方が好きなんですよ。表舞台なんて派手すぎて眼がちかちかする」
フェルマウスとほぼ同期だが、ヴィートの方がやや早くサリンバン教導傭兵団にいる。そして、現在の古株と呼べる存在はフェルマウスとヴィートの2人だけ。
サヴァリスはヴィートの言い方に肩を竦めつつ、ハイアの動きを追った。
「追い出すにはもったいなさそうだけどね、彼」
「そりゃあそりゃあ。ハイアちゃんが聞いたら泣いて喜ぶね、きっと」
けらけらと再び笑ったヴィートに、サヴァリスは怪訝な視線を向ける。
「そうかな? 彼はウォルターを尊敬してたんじゃなかったっけ?」
「そうですよー。でもほら、ハイアちゃんがなりたいって言ってる天剣授受者だし、体術じゃあサヴァリスさんの方が上じゃないですか?」
「……いいや、そんなことはないよ。後にも先にも、ウォルターの技術と比べて自分の技術が優っていると思えたことはないから」
「あららー。……でも、負けてるつもりもないってことですよね、その言い方」
「それはもちろん」
ヴィートはサヴァリスの自信満々な言葉に笑みをこぼし、「そうだ」と手を打った。
「…あ、そろそろ開放してあげなくちゃ、ウォルターさん達」
「もう開放かい?」
「えぇ。あまり長く拘束してもしょうがないでしょう。それに、戦場は動きました。ウォルターさんいまやる気ないみたいですし、大丈夫でしょー」
「楽観的だね、キミは」
あはは、と笑いながら、念威端子の光を引き連れながら放浪バスへ入っていったヴィートの背から視線を逸し、サヴァリスの視界は戦場を捉えた。
今年はこの話が最後だと思われます。
皆様良いお年を!